染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト

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研究総括 染谷 隆夫

研究総括 染谷 隆夫
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究期間:2011年10月~2017年3月
特別重点期間:2017年4月~2018年3月
グラント番号:JPMJER1105

 

エレクトロニクスは、シリコンデバイスを微細化して機械の演算速度と記憶容量を改善することで、現在の高度情報化社会の基盤を築いてきました。しかし、「より速く」のみを目指した技術開発はすでに限界に達しつつあり、世界の開発競争は「エレクトロニクスと環境との調和・生体との調和」を目指した次のフェーズへと急速に移行しています。本プロジェクトでは、柔らかく、かつ生体との適合が期待できる有機材料に着目し、生体とエレクトロニクスを強く調和させ融合するバイオ有機デバイスの開発の実現を目指します。生体に適合した有機材料による特殊なインクを開発し”塗る”ことで、特に神経細胞に接する生体プローブを実現します。また、この”柔らかい”生体プローブを作製するための回路パターン印刷技術、そして神経細胞から出る電気信号、化学信号を何百万個となる生体プローブで受信し、リアルタイムで神経細胞間でのネットワークを可視化する読み出し集積回路の開発を進めていきます。これらの技術開発を通じて、細胞間のネットワークを可視化できる生体内への埋め込みが可能なフレキシブルデバイスの開発につながることが期待されます。

 

fig1

 

研究成果

テーマ:超薄型フレキシブル有機デバイスの開発

人間の組織や体表面に貼り付けることによって、生体の運動と干渉せずに生体情報を計測できるシステムの実現に取り組みました。

厚さが1マイクロメートル程度の極薄の高分子フィルムに有機デバイスを形成することで、超薄型であるにもかかわらず、驚くほど丈夫なフレキシブル有機デバイスを実現することに成功しました。作製した、世界最軽量で最薄の柔らかい有機トランジスター集積回路は、フィルムを折り曲げて曲率半径5マイクロメートルまでつぶしても、電気的性能を維持し、機械的にも壊れません。この有機トランジスター集積回路を使って、柔らかいタッチセンサーシステムの試作に成功しました。

fig2

世界最軽量で最薄の柔らかい有機トランジスター集積回路からなるセンサーシートとタッチセンサーシステムの構成

 

さらに、水や酸素の透過率の低い保護膜を極薄の高分子基板上に形成する技術を用いて、大気中で安定な有機LEDを作製し、肌に直接貼りつけられるディスプレイや、有機光検出器と集積化した血中酸素濃計を実現しました。また、圧力を感知する素材にナノファイバーを使って、センサーの厚みを2マイクロメートルまで薄くすることで、曲げても性質が変化しないフレキシブル圧力センサーの作製に世界で初めて成功しました。

fig3

大気で安定動作する超柔軟有機LEDのディスプレイ(左)と血中酸素濃計(中)、
柔らかな曲面上に装着できる圧力センサー(右)

 

フィルムを基材としたデバイスを肌に直接装着すると、皮膚の発汗機能が妨げられ、炎症反応をおこしてしまいます。この課題に対して、プロジェクトでは、通気性と伸縮性を兼ね備え、長期間身に着けても装着時の負荷を伴わない皮膚呼吸が可能な皮膚貼り付け型ナノメッシュセンサーの開発に成功しました。ナノサイズのファイバーからなるナノメッシュシートに作製したセンサーは、皮膚の指紋の極微細な凹凸に沿って従来にない高い追従性で形成できることが示されました。また、1週間貼り続けても明らかな炎症反応を起こさないことが明確になりました。

fig4

指の指紋の凹凸に沿って貼り付けられるナノメッシュ電極

 

このように、デバイスを極薄の高分子フィルムやナノメッシュに形成することで、「無装着感」が実現され、インパーセプティブル・エレクトロニクスという新しい概念を示しました。これらの技術により、医療や介護の現場で患者に負担なく生体情報を計測することや、スポーツ選手の運動に影響を与えずに自然な運動を行う中で、モーションや生体情報を正確に計測し解析できるようになると期待されます。

  1. Martin Kaltenbrunner, Tsuyoshi Sekitani, Jonathan Reeder, Tomoyuki Yokota, Kazunori Kuribara, Takeyoshi Tokuhara, Michael Drack, Reinhard Schwoediauer, Ingrid Graz, Simona Bauer-Gogonea, Siegfried Bauer, and Takao Someya, "An ultra-lightweight design for imperceptible plastic electronics", Nature, 2013, Vol. 499, pp. 458-463. [DOI: 10.1038/nature12314]
  2. Sungwon Lee, Amir Reuveny, Jonathan Reeder, Sunghoon Lee, Hanbit Jin, Qihan Liu, Tomoyuki Yokota, Tsuyoshi Sekitani, Takashi Isoyama, Yusuke Abe, Zhigang Suo, and Takao Someya, "A transparent bending-insensitive pressure sensor", Nature Nanotechnology, vol. 11, pp.472-478 (2016). [DOI: 10.1038/nnano.2015.324]
  3. Tomoyuki Yokota, Peter Zalar, Martin Kaltenbrunner, Hiroaki Jinno, Naoji Matsuhisa, Hiroki Kitanosako, Yutaro Tachibana, Wakako Yukita, Mari Koizumi, and Takao Someya, "Ultraflexible Organic Photonic Skin", Science Advances, Vol. 2, No. 4, e1501856 (2016). [DOI: 10.1126/sciadv.1501856]
  4. Akihito Miyamoto, Sungwon Lee, Nawalage Florence Cooray, Sunghoon Lee, Mami Mori, Naoji Matsuhisa, Hanbit Jin, Leona Yoda, Tomoyuki Yokota, Akira Itoh, Masaki Sekino, Hiroshi Kawasaki, Tamotsu Ebihara, Masayuki Amagai, and Takao Someya, "Inflammation-free, gas-permeable, lightweight, stretchable on-skin electronics with nanomeshes", Nature Nanotechnology 12, 907-913 (2017). [DOI: 10.1038/NNANO.2017.125]

 

テーマ:インプランタブルな生体計測システムとその部材の開発

プロジェクトでは、体内に埋め込んで(インプラント)、電気的あるいは化学的な生体情報を取得する計測システムと、そこで使われる、生体と適合する有機材料からなる部材の開発に取り組みました。

体内に埋め込み微弱な生体活動電位の計測を実現するため、前項で述べた極薄高分子フィルムに高性能な有機トランジスター増幅回路を集積化しました。また、生体と直接接触して生体活動電位を取得する電極部分には、ポリロタキサンと呼ばれるヒドロゲルに単層カーボンナノチューブを均一に混ぜた生体適合性ゲル電極部材を開発しました。この新しいゲル部材は、生体適合性、柔軟性、導電性に優れ、細胞毒性試験ならびに生体への長期埋め込み試験を実施したところ、4週間の生体内埋め込み試験において、従来の生体内埋め込み型電子デバイスに使われている金属電極と比べて、炎症反応が極めて小さい材料であることが確認されました。ゲル部材と極薄増幅回路の2つの技術を組み合わせることによって、生体適合性に優れたシート型生体電位センサーを実現することができました。

心臓に貼り付けて微弱な心電信号を増幅する体内埋め込み型の有機増幅回路は、使い捨てセンサーとして手術の現場を支援する次世代医療デバイスとして期待されます。

fig5

生体適合性を持つ柔らかいシート型生体信号増幅回路

 

電気的な生体情報だけでなく、化学的な生体情報を検出するセンサー部材の開発にも取り組みました。生体内で様々な機能を果たしている細胞外のカルシウムイオンの濃度変化を可視化するため、蛍光カルシウムセンサーを開発しました。生体内で細胞外カルシウム濃度に応答するタンパク質の連続構造をヒントに、類似の構造を有するポリアクリル酸に注目し、このポリアクリル酸に特殊な色素を取り付けたポリマーを合成しました。開発したカルシウムセンサー材料は、細胞外で起こる高濃度のカルシウム濃度変化の検出に適したセンサーとして機能することを見出しました。このゲル状のセンサーは様々な形状に成形加工でき、安価で大量生産も可能であることから、今後、情報伝達物質として注目されている細胞外カルシウムの機能解明に関する研究だけでなく、食品や環境中のカルシウムイオン濃度検査などへの応用も期待されます。

fig6

(a) 今回開発したカルシウムセンサーのカルシウム検出メカニズムの模式図.
(b)センサーが検出可能な濃度領域の模式図.
(c)カルシウム検出時の本カルシウムイオンセンサーの写真.

 

  1. Tsuyoshi Sekitani, Tomoyuki Yokota, Kazunori Kuribara, Martin Kaltenbrunner, Takanori Fukushima, Yusuke Inoue, Masaki Sekino, Takashi Isoyama, Yusuke Abe, Hiroshi Onodera, and Takao Someya, "Ultraflexible organic amplifier with biocompatible gel composite", Nature Communications 7, Article number: 11425 (2016). [DOI: 10.1038/ncomms11425]
  2. Fumitaka Ishiwari, Hanako Hasebe, Satoko Matsumura, Fatin Hajjaj, Noriko Horii-Hayashi, Mayumi Nishi, Takao Someya, and Takanori Fukushima, "Bioinspired design of a polymergel sensor for the realization ofextracellular Ca2+ imaging", Scientific Reports, Vol. 6, No. 24275 (2016). [DOI: 10.1038/srep24275]

 

テーマ:ウェアラブルE-textile生体計測システムとその部材の開発

プロジェクトでは、無装着感・非侵襲の生体情報計測システムを実現する研究開発の一環として、プロジェクトの中盤からテキスタイル型デバイスとその関連部材の開発に注力しました。その重要な成果として、導電機能を持つ新型のインクを開発し、1回プリントするだけという驚異的に簡単なプロセスで、元の長さの5倍の長さに伸ばしても 935 S/cm という世界最高の導電率を示す伸縮性導体の開発に成功しました。

この伸縮性導体は、ペースト状の材料を印刷することによって、ゴムやテキスタイルなど伸縮する素材の上に自由に配線パターンを形成することができます。この導電性インクを使って、通常の半導体プロセス技術では形成することが難しい繊維素材の上に伸縮性の配線や電極をプリントすることで、テキスタイル型の筋電センサーを実現しました。布地の表と裏に1回ずつプリントするだけで、筋電用の電極、配線、ビアのすべてを形成することができます。

印刷できる伸縮性導体は、高い伸縮性が要求されるスポーツウェア型のウェアラブルデバイスや人間よりも高い伸縮性を必要とするロボットの人工皮膚を実現する上で必要不可な要素技術です。スポーツウェアやロボットの関節に、簡単に高伸縮性センサーを形成できるようになり、今後ヘルスケアや人工触覚などさまざまな応用が期待されます。

fig7

布地の表と裏に1回ずつ伸縮性導体プリントして作製した生体情報(筋電)センサー

 

fig8

伸縮性導体の組成と材料の構造模式図(左)。
手袋の指先に実装されたセンサーで指先の圧力の強さを計測できる(右)。

 

  1. Naoji Matsuhisa, Martin Kaltenbrunner, Tomoyuki Yokota, Hiroaki Jinno, Kazunori Kuribara, Tsuyoshi Sekitani, and Takao Someya, "Printable elastic conductors with a high conductivity for electronic textile applications", Nature Communications 6, Article number 7461 (2015). [DOI: 10.1038/ncomms8461]
  2. Naoji Matsuhisa, Daishi Inoue, Peter Zalar, Hanbit Jin, Yorishige Matsuba, Akira Itoh, Tomoyuki Yokota, Daisuke Hashizume, and Takao Someya, "Printable Elastic Conductors by in situ Formation of Silver Nanoparticles from Silver Flakes", Nature Materials, Vol. 16, pp. 834-840 (2017). [DOI: 10.1038/NMAT4904]

 

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