世界を変える1秒の誕生。私たちはどこにいても同じ速さで時間が過ぎていると思い込んでいます。ところが、アインシュタインの相対性理論によれば、時間の進み方は、時計の置かれた高さや運動によって少しずつ違っているのです。この違いはあまりにも小さくて、普段使っている時計では計測することはできません。だから、この現象をSFの世界の話と思う人も多いでしょう。しかし、このERATO香取創造時空間プロジェクトで開発を目指している「光格子時計」があれば、この非日常的な現象を目でみることができるのです。

1 普遍な1秒への挑戦

古代から人類は正確に時(とき)を計ろうとたゆまぬ努力を続けてきました。紀元前3500年頃のエジプトでは石で作った背の高いモニュメント(オベリスク)を建て、その陰の動きで時を知ろうとしました。16世紀にガリレオ・ガリレイは振り子が一定の周期で振れることを発見しました。この原理を応用した振り子時計によって、人類は自然に頼らずに時を刻む技術を手に入れました。こうした時計技術は、大航海時代や産業革命を支えることになります。現代は、水晶発振器(クオーツ)や原子を用いた時計が私たちの社会を支えています。私たちのプロジェクトでは、このように人類が育んできた時計の技術を飛躍的に向上させることを目指します。

国際的に定義される1秒とは

かつての1秒の長さの定義は、地球の自転や公転などに基づいた天文学的な定義によるものでした。しかし、変わらないと思われていた地球の動きは、実際には徐々に変動していて、時間の定義には適していないことがわかりました。そこで、現在では原子の振動現象を利用して1秒を定義するようになりました。

高精度な原子時計

原子や分子には、固有の振動数の光や電波を吸収し放射する性質があります。セシウム原子の場合には、マイクロ波と呼ばれる周波数の電波が吸収されます。セシウム原子時計では、この電波の振動を9,192,631,770回数えたときを1秒と定義しました。これが現在の秒の定義となっています。

セシウム原子時計の精度の限界

このセシウム原子時計でも、3000万年に1秒の誤差を生じます。これは、セシウム原子の熱運動や、他の原子との相互作用が原因で、原子が吸収するマイクロ波の振動数が変化してしまうためです。この精度を超える原子時計を作るには、新しいアイディアが必要です。

普遍な1秒への挑戦
新しい原理の原子時計「光格子時計」

2 新しい原理の原子時計「光格子時計」

2001年、ERATO香取創造時空間プロジェクトの研究総括は、最先端のレーザー技術を駆使して、セシウム原子時計を遙かに凌ぐ新しい原子時計「光格子時計」を発案しました。この「光格子時計」では、極低温に冷却し(レーザーで作った)光の格子に捕まえた、およそ100万個の原子が吸収する光の周波数を測定し、正確な1秒を決めます。この「光格子時計」は、理論的には宇宙の年齢(137億年)経っても、1秒の以下の誤差しか生じません。セシウム原子時計をはるかに凌駕する時間計測が可能になります。

究極の精度を達成するための原子冷却法と魔法波長の発見

超高精度の時計を実現するためには、原子を静止させる必要があります。原子が動けばドップラー効果により時計の誤差になってしまうからです。光格子時計では、原子の動きを凍結させる2つの技術を利用します。

(1) 極限まで原子を冷やすレーザー技術

原子の熱運動を極限まで小さくするために、レーザーを用いて原子の運動エネルギーを絶対0度(摂氏?273.15℃)に近い温度まで冷却する技術を開発しました。狭線幅レーザー冷却法と呼ばれています。

(2)魔法波長

光格子時計では、レーザー光の干渉でできる光の格子に、原子を閉じ込めます。しかし、一般には、その代償として、原子のエネルギーが空間的に変化して、原子時計の性能が低下します。香取は、特定の波長のレーザー光を使って原子を閉じ込めると、原子が吸収する光の振動数は、閉じ込めによる影響を受けないことを発見しました。この波長は「魔法波長」と呼ばれています。

ERATO香取創造時空間プロジェクトでは、これらのアイディアに加え、最先端のレーザー技術と、量子計測の技術を総動員して、究極の光格子時計の実現に挑みます。

3 光格子時計が世界を変える

場所によって時間の進み方は少しずつ異なります。これは、地球の重力によって空間が歪んでいることが原因です。究極の光格子時計が実現すると、いままで私たちが意識することのなかった空間の歪みが、時間の進み方の違いとして、リアルタイムで読み出せるようになります。例えば、地上でわずか1cm時計を高く置くだけで、重力によって時計の進み方が速くなることが観測できます。この技術を利用すれば、地底に眠る資源の探索や、刻々変化する地殻変動を検知することができるでしょう。私たちが時間を共有するための道具として考えてきた時計は、重力によって曲がった空間を照らし出すプローブとしての新しい役割を担っていくことになるのです。

そしてもうひとつ。「光格子時計」は、次世代原子時計の有力候補「秒の二次表現」の一つとして採択されています。このプロジェクトで開発しようとしている時計は、一秒の定義を変えるかも知れません。

光格子時計が世界を変える

本プロジェクトは以下の機関と協働で実施しています。