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吉田ATPシステムプロジェクト中間評価報告書
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総括責任者 吉田 賢右【東京工業大学資源化学研究所 教授】
研究体制: ATP合成酵素グループ
V型ATPアーゼグループ
電子伝達系グループ
エネルギー変換システム制御系グループ
評価委員 ○金澤 浩 【大阪大学大学院理学研究科 教授】
 石渡 信一 【早稲田大学理工学部物理学科 教授】
 難波 啓一 【大阪大学大学院生命機能研究科 教授】
 Peter L. Pedersen 【Johns Hopkins University School of Medicine, Professor】
 Heinrich Strotmann 【Heinrich Heine University, Professor】
 ※○印は主査

 


T. 評価の概要
 生体内のエネルギー通貨であるATPは、ATP合成酵素によって産生される。本プロジェクトはこのATP合成酵素におけるエネルギーの転換の分子機構に関するものである。すなわち、ATPはミトコンドリア、葉緑体、細菌細胞膜などのエネルギー転換膜において、膜内外のH+やNa+などのイオンの電気化学的勾配を利用してATP合成酵素で産生される。またATP合成酵素は逆反応としてATPの加水分解の結果生ずる自由エネルギー変化を利用して、イオンを膜の内外に輸送し電気化学的勾配を形成する。このようにATP の有する化学結合エネルギーと電気化学的勾配エネルギーがATP合成酵素において相互に転換される。この機能に関わるATP合成酵素の分子構築と作動機構の解析の中から、本プロジェクトの総括責任者(以下、「総括」と略す。)である吉田と共同研究者等は、分子内に回転の機構が存在することを世界に先駆け実証した。本プロジェクトはこの独創的発見をスタート台にし、ATP合成酵素における化学エネルギー、回転力学エネルギー、電気化学的エネルギーの3つのエネルギー形態の相互の転換を分子レベルにおいて解明することを目的にしている(ATP synthase グループ)。また、これに付随して、ATP合成酵素(F型ATPase)と近い分子構築をもち生理的役割を異にするV-ATPaseについて分子機構の多様性と統一性の観点から、分子構築と作動機構の解明を目標にプロジェクトとして取り上げている(V-ATPaseグループ)。また、ATP合成と分解の調節機構に特徴のある光合成植物における thioredoxinによる酸化還元による制御に注目し、分子基盤の全貌解明を目指している(Regulation グループ)。さらに、ATP合成酵素とエネルギー転換膜において機能的に共役しH+イオンのポンプ機構を有する電子伝達鎖の作動機構の解明も、プロジェクトの課題に入れられている(Respiratory chain グループ)。
  本プロジェクト全体としては、プロジェクト発足後2年半の間にNature誌を始め有力科学雑誌に33編の高度な内容をもつ研究論文を発表し、明らかな成果を上げている。ATP synthaseサブグループは、ATP1分子の加水分解におけるγサブユニットの回転の素過程と3つのβサブユニットそれぞれの構造がどのように関係しているのか、ほぼその全貌を明らかにしている。また、εおよびc サブユニットの動的構造とATP加水分解・合成の素過程との関係についても予想外の新事実を発見し、ATP化学エネルギーから回転の力学的エネルギーへの転換機構解明において明らかな成果を上げている。今後H+流路とH+勾配形成の機構の解明に向けて F-ATPase 全体の結晶作成などを目標としており、その準備の上でも着実な進歩を遂げている。V-ATPaseグループも好熱菌を材料に分子構築の解明を原子レベルに及ぶまで着実な解明を進めており、F型との異同を明らかにしており、その成果も注目される。RegulationグループはCF1の調節機構について着実に意義のある成果を上げており、thioredoxin による制御の全貌を明らかにする挑戦的課題も軌道に乗りつつあるものと判断され、今後の成果が期待される。Respiratory chainグループは、困難な課題に積極的かつ意欲的に取り組んでいることが評価された。今後の成果が待たれる。
  評価委員会は、以上の事柄を総合的に検討した結果、吉田総括の独創的発見に端を発した本プロジェクトが、総括のはっきりとした見通しのもとにすでに大きな成果をあげているものと全員一致で結論した。とりわけATP synthaseグループの成果は世界に比類のないものであり、特筆すべき点である。従って、このERATOプロジェクトの意義は明確である。今後も、このプロジェクトはERATOプロジェクトとして支援を受けるに値するものと評価委員会は結論し、ここに報告する。
U. 中間評価の詳細
 
1.研究の目的
 生命は、遺伝情報に基づいて設計された特別な空間である細胞で繰り広げられる化学反応の総体である。この化学反応系にはエネルギーが必要である。細胞におけるエネルギーは、細胞外部から栄養として取り入れられた分子内の化学エネルギーがATP分子内の化学結合に転換保存され、種々の酵素反応や筋肉における機械的仕事のような様々な生物学的仕事に供される。細胞内にはまた別の形のエネルギーが存在する。すなわち、細胞の有する基本構造の一つである生体膜の内外に発生する電気化学的勾配エネルギーである。外部からとりいれられたエネルギーのATPへの転換は酸化的リン酸化と呼ばれ、ミトコンドリアや細菌細胞膜、植物の葉緑体など、エネルギー転換のための生体膜系で行われている。このエネルギー転換に関わる分子機構については、すでに50年以上の研究の歴史がある。その最大の成果としては、エネルギー転換膜における分子機構の中核にATP合成酵素(F1F0-ATPase)とH+輸送性の電子伝達系が存在することを見いだしたこと、また、電子伝達系とATP合成酵素は共役した反応系であることを見いだしたことが挙げられる。ATP合成酵素は、電子伝達系が形成するミトコンドリアや葉緑体のエネルギー転換膜の内外のH+の電気化学的勾配をエネルギー源として利用して、ADPとPiからATPを産生する。また、ATP合成酵素は逆反応としてATPの加水分解による自由エネルギー変化を利用してH+の電気化学的勾配を膜の内外に形成することができる。エネルギーの異なる2つの形態の間で転換がおこることは、すでに物理学的には自明である。しかし、細胞においてこのような転換がどのようにATP合成酵素分子内で達成されているのか大きな問題である。こうしたエネルギーの相互転換が起こることは、P. Mitchellによって1960年に記載され、1970年代にその妥当性が認知されて以来、生物学の最大の問題のひとつであった。
  この問題に答えるために、1980-1990年代に、ATP合成酵素においては遺伝子構造の解明に基づく構成蛋白質の一次構造情報に立脚し、H+の流れを担う分子や、ATPase の触媒部位を形成する分子の特定がなされた。電子伝達系においても電子移動とH+の膜内外の移動を分子レベルで明らかにする研究が行われた。1990年代中盤から、ATP合成酵素および電子伝達鎖の構成蛋白質は、電子伝達系を構成する複合体Iを残してすべて結晶構造解析にもとづいて原子構造が解明されるに至った。その結果、H+の分子内移動や電子の移動に関わる機能残基の蛋白質内の空間的配置が特定できるようになってきた。しかし、解明すべき当初の問題である2つのエネルギー形態の共役については、未だに完全には解明されていない。また、ATP 合成酵素のF1部分の原子構造解明から、分子内には3つの触媒部位が存在し、酵素化学動力学的観察から予測されていた3つの触媒部位間の協同性の実体が、βサブユニットに存在する3つの触媒部位と中央に位置するγサブユニットとの交互の接触にあることが予見された。すなわち、この予測に基づき、これまで前例のないγ分子の回転運動が予見された。1997年にこの予見は、本プロジェクトの吉田総括と共同研究者等により実証された。この画期的発見により、当初の2つのエネルギー形態の相互の転換の間には、分子の回転という新たな力学的エネギー形態が関与することが明らかにされた。すなわち、化学結合エネルギー、力学的エネルギー、電気化学的エネルギーの3つの形態間で相互のやりとりが起こり、これこそが当初のATP合成酵素におけるエネルギー転換の実体であることが、吉田総括等により解明された。その結果、現在ATP合成酵素を巡る次の課題として、この3つのエネルギー形態の相互転換がATP合成酵素複合体内でどのように達成されているのか、という新たな問題提起がなされている。
  本プロジェクトは、上記の歴史的背景から明らかなように、吉田総括等の極めて重要かつ独創的な発見に端を発している。従って、本プロジェクトの第一の課題は、以下の3点を明らかにすることにある。すなわち、(1)ATP 分子の化学結合エネルギーをγサブユニットの回転運動へ転換する機構と分子的基盤の解明、(2)γサブユニットと連結するcサブユニットとεサブユニットが形成する複合体が回転する際に、H+をベクトリアルに移動させる機構および分子基盤の解明、(3)H+流路の分子的実体の解明と、生ずる膜内外の電気化学的エネルギーへの転換の仕組みの解明である。この際、吉田総括は、生化学的材料として好適な好熱菌のATP合成酵素を用いている。一方、葉緑体のATP合成酵素は同様な構造と機能を有しているが、光合成において観察される細胞内の酸化還元状態を反映したATP 合成の機能制御機構を有している。このような制御機構は他の生物のATP合成酵素には認められない。またその制御の機構の実体は解明されていない。このような背景から、この問題は、本プロジェクトにおけるATP合成の細胞内での調節機構解明の観点から研究課題の中心の一つに入れられている。さらにこの調節の普遍的重要性を考慮して、光による細胞内酸化還元調節の全貌解明もプロジェクトの探求課題になっている。1980年代に発見されたV型ATPase は主として動物細胞や酵母で研究が進み、ATP の加水分解により細胞内の小胞にH+を送り込みpH維持に寄与することが明らかにされている。その分子構築やエネルギー転換の実体については、吉田総括がこれまで解明してきたF 型ATP合成酵素とどのような異同があるのかという点で極めて興味深い。本プロジェクトでは、生化学的解析に好適な好熱菌を材料にこの問題に迫ろうとしている。目指すところは、ATP合成酵素のエネルギー転換機構の普遍性と多様性の解明である。
  ATP合成酵素は、もともと電子伝達鎖の共役因子である。原子構造の解明が待たれる複合体Iを始めとして、すでに原子構造が明らかにされている複合体II, III, IVについても電子移動とこれと共役するH+ の膜内外の移動については不明な点が多く残されている。本プロジェクトでは、ATP合成酵素と緊密な関係があり、同様にプロトンポンプである電子伝達鎖構成員の作動機構の解明も目指している。
 
2.研究手法
 本プロジェクトでは、F、V型ATPaseを大量に精製し、さらに精製サブユニット蛋白質から機能酵素を再構成することが主要な方法論の一つである。このために遺伝子工学、蛋白質工学的手法が頻用されている。また、最も特徴的なのは、ATPaseの分子内での回転の1分子可視化である。当初の方法から様々な改良が加えられており、ビーズを結合し回転を可視化する方法は、回転に対する抵抗が低くなる利点がある。その結果、回転の素過程を解析する上で、計測精度に格段の向上が図られており、本プロジェクトグループが他の追随を許さない一因となっている。1分子の運動の可視化はこのほかにサブユニット間のリアルタイムでの可視化を目指してFRET法なども取り入れられている。構造解析では、X線結晶解析、NMR、また分子内の微視的構造変化を捉えるためにFTIRなどの物理的手法が取り入れられ成果が上がっている。これらの手法は吉田グループ内に留まらず、日本国内の多数の外部のグループとの永年の共同研究によるものが多い点が特徴である。この点については、吉田総括の積極性が高く評価できる。再構成については、H+勾配の人為的形成によりATP合成と回転の関係を解明するために、F1F0のリポソーム、または平面膜への組み込みが行われている。特筆すべきは、ATPase の回転を完全にコントロールする実験系が確立された事である。すなわち、回転軸のγサブユニットに磁気ビーズを結合し、外部磁場により回転を制御する系が、本プロジェクトと連携する岡崎国立共同研究機構の木下らのグループや東大の野地らのグループにより開発された。この系は、回転中の関連分子の状態を逐一記載する道につながると期待される。また、人為的回転は、単なる方法論にとどまらず、F-ATPaseを模したナノマシンの作出の第一歩とも考えられる。
  グループのオリジナルな開発手法である回転の可視化と並んで、本プロジェクトではもう一つの画期的な方法の開発が行われている。すなわち、光照射にともなう植物細胞内での酸化還元制御において中心的な役割を果たすthioredoxinの標的分子の網羅的探索法の確立である。
 
3.プロジェクトの実施場所・設備
 吉田総括の所属する東京工業大学の資源化学研究所および同大学構内の付属施設に、プロジェクトを構成する4つのサブグループの研究室がある。同一キャンパス内であり、研究の有機的連携が可能になっている、また、本プロジェクトの主要な1研究グループはロンドン大学にあり、国際的連携がなされている。もっとも特筆すべきことは、吉田総括が強調するように、本プロジェクトは日本国内の多数のグループとの緊密な連係がはかられている点である。東京大学、名古屋大学、大阪大学の物理化学的手法をもつグループとの連携は、本プロジェクトの科学的成果にとどまらず、それぞれのグループに所属する若手研究者や大学院学生の学問的成長にも好影響をもたらしていると考えられる。
  本プロジェクトの予算配分の最も大きな部分は博士研究員(Post-doctoral fellow)の雇用に充てられている。施設面の費用は、大型のDNA塩基配列決定装置、蛋白質精製に必須な超高速遠心器や自動クロマト装置、種々の高性能な顕微鏡など、必要かつ設置が妥当なものに当てられている。また、一部は、大学内の実験施設の借り上げに向けられている。
 
4.研究員
 本プロジェクト全体でこれまでのべ13名の研究員、8名の実験補助員、3名の事務要員の雇用が行われている。4つのグループのサイズと研究内容から判断して、妥当な人員と考えられる。
 
5.研究成果と評
 プロジェクト開始後3年目にあたる2004年10月の段階でNature, J. Biol. Chem., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Biochemistry, などを中心に総計33編の論文が出版されている。現在印刷中のものも多数あり、プロジェクトの中間状況としては、その研究成果内容は、出版雑誌の質と論文数から判断して極めて高いレベルにあると断言できる。
  研究は、4つのサブグループ、(1) ATP synthaseグループ、 (2) V-ATPaseグループ、 (3) Regulation グループ、(4) Respiratory chainグループからなっており、それぞれ固有の目的と成果を示しており、以下にその成果の概要と評価を記載する。
 
5.1 ATP Synthaseグループ(鈴木リーダー)
 5.1.1 研究目標と成果概要、成果達成に関する評価
 本プロジェクトは、吉田総括の永年のF型ATPaseの構造と機能に関する研究の成果、とりわけ1997年のF-ATPaseがモーター機能を果たす分子であることの発見を端緒に始まった。その中心課題は、詳細な生体超分子モーターとしての特性の記載に関するものである。成果は以下の3点に分かれているが、独立な主要な発見だけでも22項目に及んでいる。
 A 成果の概要
 成果 (1) 回転の素過程に関する成果。(2) サブユニット分子の配置とそれぞれの原子レベルに及ぶ構造と機能の相関に関する成果。(3) 回転を磁場により制御する実験系の確立とその成果。
 (1) 代表的な回転の機構に関する成果として、一分子のF-ATPase の可視化を詳細に行い、触媒機構変異を組み合わせることで回転の素過程を示すことに成功している。それによれば、回転の120度の素過程はさらに80度と40度分の移動過程にわけられること、またこの2つの早い回転の間にcatalytic dwellとよぶ回転の止まる状態が存在することが明らかにされている。さらに、この回転の素過程が、定常的な加水分解において加水分解および合成のどの素過程と対応するのかに焦点を当てて解析がなされている。加水分解はcatalytic dwell の間におこることが明らかにされている。すべてのβサブユニット は、120度の回転に関与する。また、3つのβにおけるヌクレオチドの結合状態が明らかにされている。それによれば、1分子のATPの加水分解にかかわる3つのβの状態が示されており、2つのβでは触媒部位とDELSEED loop が閉じた状態になっている。このような2つのβが閉じた状態は、合成反応には存在しないことが提案されている。このような回転と加水分解の機構、さらには合成反応とも関係づける成果は、本プロジェクトの中でもっとも独創的であり、価値の高い成果であろう。
  (2) 回転と加水分解の作動機構の記載については極めて詳細なレベルに達しているが、F1のεサブユニット、F0のa,b,cサブユニットの構造の解明と作動機構の分子原子構造レベルでの理解はそれほど進んではいない。
  しかし、本プロジェクトではそうした部分にも積極的な解析が加えられている。cサブユニットが10ユニットでリングを形成し機能することが明瞭に示された。また、NMRを用いた解析から、大腸菌で報告されたような、cサブユニットのアスパラギン酸残基のプロトン化によるαへリックスの回転は、本プロジェクトでは観測されないとの成果が示されている。これまでのFillingameらによる仮説に大きな疑問が提出されたことになり、今後の本プロジェクトの中でも注目すべき点である。もっとも、注目すべき成果はεサブユニットに関するものである。ATPの合成と分解という逆反応において、εのアミノ末端のαへリックスは大きくαβ複合体上部へ伸展することが示されている。しかも、この伸展と屈曲の分子構造転換が、新規に見いだされたεの有するATP結合能と相関するという驚くべき発見がなされている。このATP結合の親和性がmMオーダーと、細胞内のATP濃度に対応する低いものであることは興味深い。 一方、aサブユニットの原子構造は本プロジェクト内で努力が傾けられているにも関わらず未解決である。
  (3) 人工的システムの構築:F-ATPaseの分子機構の解明到達点の指標の一つは、人工素材によるF-ATPaseの再現ではなかろうか。それは、まったく新規な工学的マシンの創出につながるであろう。その意味で、分子機構の構造に立脚した完全な解明を待たずとも、F型ATPaseがとる分子機構の人為的模倣は意味があるといえよう。木下・野地グループと共同で行っているマグネットを使った回転の人為的創出と、それによる加水分解および合成の試験管内での再現は大きな意味があろう。また、このシステムにより、回転の途中段階の回転子とステーターの状態がみごとに制御できるようになったといえる。
 B 成果達成に関する評価
 当初の本プロジェクトの目的として、1分子の作動状態の可視化、F-ATPase 分子の構造の全体像の把握などが挙げられている。この目的に向かって確実な前進がなされ、大きな成果が上がっている。とりわけ、F部分の回転をビーズを用いて可視化したシステムは、本プロジェクトグループおよびその連携グループが世界で唯一のものであり、その成果は極めて優れたものである。一方、εやF0のa, b, cサブユニットの構造と作動機構に関する成果は、他にも成果を上げているグループがあり、際だったものとの評価はできないかもしれない。しかし、εがATP結合能を有するダイナミックな構造変換分子とする部分は、これまでの知見を遙かにこえる新たな発見として高い評価が与えられる。F0部分については、本プロジェクトをさらに進める中で、これまでの比較的大まかな成果の域を脱し、際だった精密さを有した成果が期待できよう。これに向かって着実な進歩がこのプロジェクトには期待できる。現時点では、 最終的な評価は保留すべきであろう。現在が本プロジェクトの予定期間の中間段階であることを考慮すれば、3年間の成果として比類のないものといえよう。
 5.1.2 成果の意義と今後の発展の可能性評価
 現段階でのプロジェクトの達成度は、5.1.1の項目に記した通りであり、プロジェクトの3つの要素はそれぞれ別の達成段階にあると思われる。(1) 回転の可視化と触媒機構に関する部分は極めて高い当初の目的の達成がなされたと判断される。(2) F1F0の分子構築の未解明部分、とりわけF0部分については、進捗はあるが今後の課題であろう。今後の予定として膜中のF0部分を含めた結晶構造の解明は極めて重要であろう。すでに多くの試みが本プロジェクトで行われている。この試み自体高く評価できる。(3) 人為的F1F0 モデル系構築の第一歩として、磁場を用いた回転子の人工回転系の確立は緒についたところであるが、回転の素過程の解析手段として、また人工機械への応用の観点からきわめて価値の高い成果である。
  このプロジェクトの論文発表状況は極めて優れたものである。研究者の雇用状況と成果の上げ方についても申し分ない。
  現在、F型の分子構築と作動機構の解明については、F0を中心に残された課題は多い。しかし、このプロジェクトの成果による知見の集積から、これまでの知見を整理し、F型におけるエネルギー転換の機構について問題点を再構築する時点に達したように思われる。すなわち、F型ATPaseにおける分子作動機構のどこが生物学全体の中でユニークなコンセプトとなりうるのか、成果に基づいて問題を再整理すべきではなかろうか。本プロジェクトの先端性ゆえに課せられた課題であると思われる。
 
5.2 V-ATPase グループ(横山リーダー)
 5.2.1 研究目標と成果概要、成果達成に関する評価
 本プロジェクトでは、好熱菌(Thermus thermophilus)の V-ATPaseを材料に、(1) すべての構成サブユニットの同定、(2) V-ATPase複合体全体としてF型と同様な回転分子機構を内包しているか否かを解明すること、(3) 各構成サブユニットの固有の作動機構における役割の解明、の3点を主目的として研究を展開している。とりわけ重要な課題は、F型との構造と作動機構の異同を論ずることであった。
  このような目標に対して以下に記した大きな成果が得られている。
 A 成果の概要
 (1) 構成サブユニットの全体像は明確に示されるに至っている。研究の出発点として不可欠な、単離したサブユニットからの再構成も行われており、当初目標のサブユニットの機能的役割を明らかにする手だてができている。
 (2) その結果、同定されたサブユニット複合体全体の回転が可視化されている。また、サブユニットの回転子(D,F,C)と固定子(A,B, E.G, I)への帰属が(1)、(2)の成果に基づいてなされている。
 (3) 回転子を構成するサブユニットの様相がF型とは一見異なることから、それぞれの原子構造の解明と機能の同定に力が注がれている。CサブユニットはV型に特異的であることが構造的に示されている。FサブユニットはF型ATPaseのεサブユニットに相当するとの作業仮説が当初たてられたが、必ずしも完全には同じではないことが示されている。構造的には細菌べん毛の回転制御に関わるCheYと相同な配列をもつという、極めて興味深い結果が得られている。この点から、F型との異同を論ずるだけでなく、生体回転モーターの特性全般に問題が新たに展開しそうな局面を本グループは創出している。
 B 成果達成に関する評価
 V-ATPaseは、酵母や動物細胞でも研究は進んでいる。また、F型ATPaseとの異同を論ずることが当初の目的なら、明らかに先行するF型ATPase研究に比べて研究の困難度は相対的に低いであろう。しかし、当初の好熱菌V-ATPaseがおかれた状況を考えるとき、本研究グループは極めて高いレベルで当初の目的を達成していると考えられる。さらに、本研究で明らかにされたように、F型とは明らかな相違点がいくつも見出されており、研究成果は高く評価できる。さらに、V-型の独自性とべん毛回転モーターとの接点の可能性を見いだすなど、今後の発展に新たな芽を見いだしていることも評価できる。
 5.2.2 成果の意義と今後の発展の可能性評価
 V型ATPaseの構造と作動機構の解明を目指す本プロジェクトの最終目標は、おそらくF型ATPaseと同様に、その一つは人為的な完全モデルシステムの再現ということになろう。その関連から、V型がF型とは異なり、ストーク部分(C、Fサブユニット)にユニークな構造および機能的な特性を持つことを示したことは、本プロジェクトの今後の意義を新規に既定したもので、研究の進捗を示す大きな成果である。またF型同様V-ATPase複合体全体の結晶化と構造解析に向けて着実な進歩がある。この点も高く評価できる。
 
5.3 Regulationグループ(久堀リーダー)
 5.3.1 研究目標と成果概要、成果達成に関する評価
 本グループの研究課題は、久堀リーダーの永年のCF1F0研究の成果に基づき展開がなされている。当初の目標は、光合成植物細胞を対象に、thioredoxinによる酸化還元による細胞内機構の制御の全体像の解明となっている。とりわけ、リーダーの当初の最重要課題は、本プロジェクトの前段階で発見したCF1のγサブユニット内の二つのCys残基間s-s結合の形成・破壊による、CF1-ATPaseの光合成下での調節機構の分子レベルでの実体の解明である。これが第一の目標である。この問題提起を本プロジェクトではさらに敷衍し、s-s結合の酸化・還元による制御の全体像を最終的に明らかにすることを、第2の、またプロジェクトの終局的な目標に繰り込んでいる。こうした当初の目標に対して成果は以下の様である。
 A 成果の概要
 (1) 当初から注目した2つのCys残基の酸化・還元によるγサブユニットの回転調節に加えて、これらの残基に隣接する酸性残基の酸化・還元調節における寄与を、回転と相関させ明らかにしている。回転の抑制は、具体的には回転速度ではなくポーズ時間の頻度の上昇であることが示されており、極めて興味深い。また、γの酸化・還元制御はγとεサブユニットのカルボキシ端のαへリックスの共存により成立することが示されている。また、この調節は加水分解には摘要されるものの、合成機構には別の要素が必要であることが示されている。
 (2) 本プロジェクトでは、本グループのオリジナルな実験系を用いた成果にみるべきものがある。すなわち、thioredoxinの必須チオールを欠如した蛋白質を用いた親和性クロマトグラフィーにより、thioredoxinの標的蛋白質の系統的探索がなされている。プロジェクト開始後の成果として、Photosystem I の構成蛋白質が新たに見いだされている。
 (3) 植物V型ATPaseのDサブユニットにthioredoxinの標的となるCys残基を新規に見いだしており、今後の発展が期待される。また、シアノバクテリアのF-ATPaseを、光による酸化・還元制御系の新たな材料とする意欲的な展開が進んでいる。
 B 成果達成に関する評価
 本ATP systemプロジェクトの全体の目標が、ATP合成と分解のエネルギー転換システムについての根元的解明とするなら、その制御に関する知見は極めて重要な課題である。本プロジェクトは、その意味でその重要性に関しては疑う余地はない。しかし、本グループの当初設定目標に対する達成度に関しては、FやV型ATPaseに比べればそれほど高いとはいえない。一方で問題のユニークさを考えるとき、予想される困難はFやV型ATPaseプロジェクトよりも高いものと考えられる。現在までのところ、CF1 におけるγの酸化・還元制御は好熱菌のサブユニットのキメラ体を用いて示されたのみで、γの分子上端部 (CおよびN末端部位)とγのcys-cys結合による制御部位との構造変化上の関連については解明されていない。また、εとγとの関係も同様にキメラ体で行われており、その全体像の解明にはCF1の完全再構成系が必要となるが、成功していない。しかし、本プロジェクトはシアノバクテリアの系に問題解決のための端緒をすでに見いだしている。今後の発展が待たれる。
  酸化・還元による細胞内調節機構の解明、とりわけthioredoxinによる制御は生物学全体における大問題であり、本プロジェクトはその点で端緒を開くものと期待される。しかし、本来のATP system のプロジェクトの目標に照らしたとき、(1)の課題への一層の注力が優先するようにも思われる。一方、F型を離れるが、V-ATPaseの酸化・還元制御の可能性を見いだした成果は、ATP systemプロジェクト全体の問題提起との整合性という点からその重要性は極めて高いと考えられ、今後の発展が待たれる。
 5.3.2 成果の意義と今後の発展の可能性評価
 先にのべたように、本ATP systemプロジェクトの最終目標がATPaseに関する作動機構の完璧な解明であり、その人為的モデル系を構築することが証左であるとすれば、制御は不可欠な要素である。
  CF1ATPase に認められる酸化・還元による制御の研究の歴史は長い。その中で、久堀リーダー等による本プロジェクトにおける成果は、回転分子機構との関係を明示した点で高い評価が与えられ、将来のモデル系に制御系を加えることを現実のものにした点で、工学的観点からも期待がもたれる。
  しかし、本プロジェクトで標榜する細胞内光制御の酸化・還元システムの全体像を明らかにするとした目標設定については、限られた期限の中では問題設定に若干の疑問が感じられる。V-ATPase やPhotosystem Iで発見した新規の酸化・還元標的に、研究目標を限定すべきかもしれない。今後の発展を期待したい。
 
5.4 Respiratory chainグループ(茂木リーダー)
 5.4.1 研究目標と成果概要、成果達成に関する評価
 ATP systemプロジェクトの中で、上記の3つのプロジェクトはATPaseを中心課題に据えている。F型ATPaseは本来ATP合成における共役因子という名前で研究が開始された。ここでいう共役の相手は電子伝達系である。したがってATP systemの作動機構を完璧に理解するためには、生物学的観点からは本来の共役系である電子伝達鎖の理解も不可欠であろう。本プロジェクトでは、
  (1) すでに原子構造が明らかになっている複合体IVに相当する大腸菌のCytochromebo-type ubiquinol oxidaseに特に注目し、茂木リーダーのこれまでのこの分野における多くの実績に基づいて、詳細な電子移動とH+輸送の作動原理を明らかにすることを目標にしている。
  (2) 電子伝達系において中心的な役割を果たすヘムの生合成について、Terminal Oxidaseに注目して理解を目指している。Terminal oxidaseであるCytbdについては原子構造が明らかではなく、構造と作動機構の関連について本プロジェクトで解析されている。
  (3) 光合成システムにおける電子伝達の仕組みの解明を目指している。
 A 成果の概要
 Cytboにおける電子伝達とH+ポンプ機能に必至な残基が系統的に解明されている。とりわけTyr-288とHis-284間での共有結合の成立が、H+ポンプ機構に必須であることが示されている。また、Cytbo の基質であるユビキノールの結合部位が基質アナログを使って明らかにされ ようとしている。CytboにおけるH+の流れを把握するために、pH変化を局所的に検出するプローブ5-IAF が導入されている。
 B 成果達成に関する評価
 当初の目標は電子伝達鎖における電子伝達とH+輸送の作動機構の詳細な解明である。この目標に対し、大腸菌のCytboにおける必須残基の解明に着実な進歩がみられる。共同研究により有機合成、物理化学的方法論が有効に取り入れられている点で、将来の作動機構解明にむけて積極的な姿勢がつたわる。今後の発展が待たれる。提起された問題の難しさを考慮すれば着実な進歩は評価できるが、光合成系における電子伝達系での問題提起や、ヘムの生合成に関する問題提起は、ATP systemプロジェクト全体における必要性と時間内の問題解決という点で若干の疑問が残る。
 5.4.2 成果の意義と今後の発展の可能性評価
 上記の3プロジェクトに比べて、まだ明確な成果が出ていない状況と見受けられる。今後の進展が期待できる成果は上がっているが、プロジェクトの焦点が若干散漫な印象は否めない。残りの期間では焦点を絞るべきかもしれない。
V. プロジェクトの総合的評価
 3年という期間を考えれば極めて高い成果が上がっている。人員の構成、その他費用の配分なども妥当である。4つのサブプロジェクトのうち、ATP synthaseについては評価委員全員が極めて高い評価を下した。現在世界的にも突出した独創性のある成果を得ており、今後ATP synthase複合体の結晶構造が解明され、H+移動の機構が明らかにできれば、比類ない成果となることは明らかである。V-ATPaseグループにも高い評価が下された。極めて着実に意義のある成果を上げており、今後の発展が大いに期待できることも高く評価された。RegulationグループもCF1の調節機構について着実に意義のある成果を上げており、thioredoxin による制御の全貌を明らかにする挑戦的課題も軌道に乗りつつあるものと判断され、今後の成果が期待される。Respiratory chainグループは、困難な課題に積極的に取り組んでいることが評価された。今後の成果が待たれる。
  吉田総括のプロジェクト全体に対する配慮は明らかであり、他のグループとの連携による本プロジェクトの活性化と先行きの見通しについても着実なものが感じられる。本プロジェクトの推進にあたって各グループリーダーの努力は明らかであったが、とりわけF-ATPaseとV-ATPaseグループリーダーの努力に評価委員の高い評価が寄せられた。


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