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楠見膜組織能プロジェクト事後評価報告書
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総括責任者 楠見 明弘(名古屋大学大学院理学研究科 教授)
研究体制: 分子間相互作用グループ 研究員 Ritchie Kenneth 他7名
膜骨格グループ 研究員 池 博司 他8名
細胞間相互作用グループ 研究員 鈴木 健一 他4名
評価委員 阿久津 秀雄 大阪大学蛋白質研究所 教授
大隅 良典 岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所 教授
川喜田 正夫 工学院大学 教授
Satyajit Mayor National Center for Biological Sciences, India, Associate Professor
Susan K. Pierce National Institutes of Health, USA, Chief

 

1. 研究の内容
 本プロジェクトは生体膜のダイナミックな構造の解析において世界をリードする成果を上げつつある。その最も大きな駆動力は金コロイドを用いることにより25μsという高い時間分解能の単粒子トラッキング(SPT)を可能にした測定技術の開発である。この高い時間分解能へのこだわりが独創性の源泉となっている。この他の追随を許さない時間分解能が全く新しい世界をわれわれに見せてくれる。この単粒子トラッキングは空間分解能や膜への人為的影響に問題があるが、より空間分解能が高く、膜への影響が少ない蛍光プローブを用いた単蛍光分子ビデオイメージング(SFVI)を併用することにより、データの信頼性を上げ、解析範囲を広げることに成功している。中間評価の時点では、上記の方法論の開発が研究の中心であったが、その後これらの方法を細胞レベルの生物学的重要問題に適用して、今までの常識に挑戦する成果をあげつつある。
 膜タンパク質と膜脂質が生体膜上で同じようなドメイン内に制限された運動をしているという事実は予想外のものであり、以前から本プロジェクトが提唱していたフェンスモデルにピケットモデルが加わった。前者は膜の裏打ちタンパク質に原因を求め、後者はそれと相互作用した膜貫通タンパク質に原因を求めているが、これらを統一した膜秩序モデルとして一層の理解を深めることになるであろう。蛍光標識脂質を利用した神経細胞膜のコンパートメンテイションの研究は本プロジェクトで開発された方法が応用されたものとして重要な成果である。また、これらの研究プロジェクトにおいては高分解能の電子顕微鏡技術の導入が有効に働いている。今後、急速凍結や凍結剥離法を用いて膜骨格に結合する細胞膜タンパク質の像が示されることが期待される。
 ラフトのダイナミックな構造とそこにおける情報変換についての研究もこの方法論でなければ明らかにできないユニークでインパクトの大きい結果を出している。生化学的な研究で考えられてきた大きくて安定したラフト構造とは全く異なる小さく不安定な動的構造モデルを提案しており、今後のラフト研究に大きな影響を与えると考えられる。しかし、このモデルが生化学者全体に受け入れられている状況ではなく、生化学者を納得させる研究を展開していくことが重要であろう。細胞膜における情報変換のデジタル仮説は今後重要性を持つようになる課題であると思われるが、まだ緒に着いたばかりであり、今後の研究の発展が期待される。
 上記の本プロジェクト研究成果はいずれも未踏の課題への挑戦の中から生まれたものであるということができる。たとえば、膜脂質の面内拡散速度が自由拡散から想定される速度より著しく遅いことは25年来の課題であったがその現象の物理的基礎は時間分解能25μsにおける1分子運動解析法という新しい高度の技術の開発をまってはじめて可能になったものである。生細胞の膜タンパク質、膜脂質の1分子の運動を実時間で観察する試みは世界的にみてもきわめて斬新なものであり、それを実現し、シグナル伝達分子の相互作用を実測することによってこの分野の研究に新しい切り口を与えた貢献は評価に値する。
 これらの研究を進めていく上で、本プロジェクトの若手研究者、技術補佐員の積極的な貢献が重要な役割を果たしていると考えられる。海外から参加した研究員も含めて、比較的若い有能な研究員を多数結集し、効率的な研究体制を作ることに成功した。成果報告会においても、多数の若い研究員が自由な発想に基づく魅力的な研究報告を行った。技術員の水準も高く、プロジェクトの総括責任者を中心にして理論的解析、1分子測定系の開発、微細形態観察、細胞応答、細胞制御の解析等の広い領域にわたる課題を効率よく追究するためのバランスのとれた人材構成と人材育成が研究成果に結びついたということができる。
 既に述べたように、本プロジェクトの主要な成果は生細胞における一分子観察のための独創的方法論の開発を装置・材料の開発から行ったことによって初めて可能となったと思われる。これらの手法、装置は世界をリードするものである。このようにしてセットアップされた1分子観察用の全反射顕微鏡装置、光ピンセット、微細構造観察用顕微鏡装置、微弱蛍光解析装置その他の精密光学機器類およびそれらに付随する画像解析装置などが独自のラインアップでプロジェクトの研究目的に沿って有効に活用されたことが研究成果報告からも十分に窺うことができる。

2. 研究成果の状況
 本プロジェクトでは、分子間相互作用グループによって、生細胞における分子間相互作用を1分子レベルで解析するための種々の手法が開発された。特に、種々の蛍光標識1分子観察法、および、金コロイド標識1分子追跡法をそれぞれ確立して膜タンパク質、膜脂質の運動性に関して両者が同様な結果を与えることを証明した。さらに、これらの手法を用いた広汎な研究により、膜骨格で規定される区画構造が膜内面の分子のみならず、膜外面の脂質分子に対しても強い運動制限を及ぼすという注目すべき事実を示し、そのような挙動を説明する物理的機構として、anchored protein picket modelを提出した。このグループはまた、GFP融合タンパク質1分子の実時間可視化に成功し、この手法を用いたFRET測定により、膜内におけるGFP標識タンパク質の会合体形成を実時間で検出することに成功した。
 分子間相互作用グループで開発された研究手法はただちに膜骨格機能グループおよび細胞間相互作用グループに引き継がれ、タンパク質相互作用およびシグナル伝達機構の解析に適用された。プロジェクト内部における密接な連携はこのグループの特徴の一つであり、この点も高く評価される。
 膜骨格機能グループは、GFP融合E-カドヘリンの1分子実時間観測により、その一部が会合体を形成しており、会合体形成によってその運動性が劇的に低下することをin situで明らかにし、oligomerization-induced trapping modelを提出した。このグループからはまた、光ピンセットによる細胞膜上のリン脂質の運動の1分子観察・操作による研究に基づいて、ニューロンの極性維持のために細胞膜上に形成される拡散障壁がanchored protein picket modelによって理解できることを示す知見ももたらされている。生物界には、tight-junctionをはじめとして、連続的な脂質二重層上に強固な拡散障壁が形成されている例が多数認められる。protein fence and picket modelは、このような拡散障壁構造の形成においてより一般的な概念へと発展する可能性がある。本プロジェクトの枠内では達成されなかったが、このような障壁の可塑性とその制御は生物学的にも大きな意味を持つ問題であり、今後の検討課題として残されている。
 細胞間相互作用グループでは、細胞膜の情報処理システムとしての機能を、細胞膜周辺におけるシグナル伝達因子の相互作用の解析を中心にして研究を進めた。リガンドの結合に伴う受容体のoligomerization-induced trappingがシグナル受容部位の空間情報の保持に寄与しているという仮説は興味深いものがあるが、そのこと自体の生物学的意義とも併せて、なお、今後に大きな課題として一層の検証が進められる必要があろう。
 このグループの成果としては、ラフトとCD59の相互作用の解析および1分子FRETを利用したH-Ras−Rafシグナル伝達の解析を挙げることができる。両者に共通する観察として、1分子レベルでみると、活性化状態のシグナル伝達分子間相互作用が0.5-0.7 secという比較的短時間しか継続しないという知見が得られている。この結果は、シグナル伝達過程において、細胞を生理的な活性化状態に導くためのシグナル強度がどのような過程を経て蓄積されるかという問題との関連において、今後大きな意味を持つ可能性を秘めた興味ある知見であるということができる。しかし、本来統計的な数値としてのみ観測される生化学的解析のデータと1分子観察の結果をどのようにして結びつけて理解するのが適当であるかと言うことに関しては、世界的にみても十分に検討されているとは言い難いのが現状である。むしろ、本プロジェクトの研究成果そのものがそのような問題を真剣に考究することの必要性を強く提起したということもできるであろう。
 本プロジェクトの研究期間内に13件の原著論文が公表された。その数は多いとはいえないが、いずれもレベルの高い学術雑誌に掲載されたもので、価値が高い。原著論文が少ない主要な原因は本プロジェクトの成果には今までの常識的コンセプトに挑戦するものが多く、レフリーにも受け入れられにくい事情もある。例えば、測定法一つとっても、25 sという時間分解能は普通の装置で達成することが不可能で、他の場所では追試による確認ができないというようなことが起こっているようである。一般に新しいコンセプトが受け入れられるのには時間がかかるが、レフリーおよび多くの研究者を納得させるようなデータを示すことが重要で、引き続きそのような努力を強めることが望まれる。しかし、フェンスモデルは既に広く受け入れられており、ラフトのかなり斬新なコンセプトについても、大きなインパクトを持って受け止められているので、今後論文発表においても、急速な進展が期待できるものと考えられる。そのほか、8篇の英文総説や51件の国際学会における招待講演をはじめ、国内外の学会において多数の研究発表を行い、積極的に研究成果の普及を図っている。
 本研究の過程で3件の特許が出願されているが、その将来性は不透明である。しかし、本研究は、細胞の機能を支える基本的な要素の実体とその動作特性の解明を本来の目的とするものであり、実用性と結びつく成果を性急に求めることはむしろその健全な発展を妨げることになる恐れが大きい。本研究の評価にあたっては、学術的な貢献度を第一義に考えるべきである。

3. 研究成果の科学技術への貢献
 本プロジェクトはその独創的な方法により、生体膜のダイナミックな構造について幾つかの新しいコンセプトを提案した。すなわち、膜骨格タンパク質によって膜表面が区画化されていることを示すmembrane skeleton fence model、および、その発展として、membrane skeleton fenceと膜貫通タンパク質の相互作用によって膜の外側表面の脂質の運動が同じサイズに区画化されていることを示すanchored protein picket modelの概念である。脂質二重層の中で自由に運動することができると考えられていた脂質分子のような低分子の運動が、膜骨格タンパク質によって強く制限されていることが示されたことは、生体膜の動的性質を理解する上で新しい知見であり、大きな意味を持つ発見である。この発見は今後、膜骨格タンパク質による区画化の生物学的意味、および、膜骨格タンパク質による骨格構造の動態とその制御などの問題への関心を大きく刺激することになるであろう。本プロジェクトではさらに、oligomerization-induced trapping modelやシグナル伝達分子を介するシグナルの伝達過程が本質的にdigitalであるというdigital signal deconvolution hypothesis等の注目すべきコンセプトを提案しているが、これらの概念の当否やその意義については今後の研究による評価を待つ必要があると考えられる。
 また、ここで開発された方法は確実に新しい科学技術分野の創出へと繋がると考えられる。このような方法が認知されていけば、この分野が一つの学問分野として確立され、研究者が世界中に広がって行くであろう。それに伴い、測定装置等、本プロジェクトで開発された技術が新製品の開発へとつながり、産業界を刺激していくものと考えられる。また、この分野は将来的には医薬への応用も考えられる。

4. 波及効果
 本研究は第一義的には、細胞膜の基本的な構築と物性に関するきわめて基礎的な研究である。しかし、細胞表面は細胞がその環境との間で情報の交換を行い、それによって増殖、分化応答その他の挙動を自己決定する際の情報起点となる重要な場を形成している。この種のシグナル伝達過程は、免疫応答や、がんその他各種の疾病のメカニズムとも深く関わっている。本研究の中でもSCF-Ras-Raf系、CD59シグナル伝達系など、一部は既に実施されているが、これらの問題をさらに深く追究するとともに、この手法を種々のシステムに普及していくことができれば、シグナル伝達の問題に新たな展開がもたらされる可能性もある。
 また、別の側面から見ると、本プロジェクトは日本企業の水準の高さに支えられて発展してきた側面が大きい。研究者からの研究課題から来る強い具体的な要請があって始めて技術的にもブレイクスルーが生まれる。このような成功例が多数生まれることの意義は大きい。
 このプロジェクトでは総括責任者のリーダーシップのもとで、多くの若手研究者が集中して研究活動を行い、充実した成果を挙げる中で力をつけ、大きく成長した跡がうかがえる。成果報告会における発表も、内容、プレゼンテーションともに優れたものであった。その意味で、人材育成の点でもかなりの成果が得られたといえる。

5. その他の特記事項
 分子生物学が全盛で、しかも依然として多数の論文発表を要求されるという一般的な風潮の中で、このプロジェクトに関わっている若手研究者が、時間の掛かる研究課題に熱心に取り組む姿勢を継続してきた点はリーダーシップとして高く評価される。今後このプロジェクトに関わった若手研究者が、世界中に広がって独自の新しい課題を世界中で展開されることが望まれる。ただ、実験手法が独自のものであるとともに、高額の測定機器を要する研究分野であることもあり、これらのスタッフが同じ手法の研究を外部で継続することは必ずしも容易ではない。今後、どのようなかたちでプロジェクト外へ発展的に広がって行くかという点は国際的にも、また若手の育成という視点からも重要な課題であろう。
 本プロジェクトは発足以来、シンポジウム"Membrane Forum"の中心となって国際的な知的交流の場をオーガナイズしてきた。これはプロジェクトの成果とは直接関係しないかもしれないが、生体膜関連領域の交流と活性化に貢献するものであった。
 本プロジェクトの最終評価は外国人2名を含む5名の評価委員の討議と書面評価で行った。この討議を通して、本プロジェクトの評価が国際的に高いものであることが確認された。共通して指摘された弱点は原著論文数が少ないことであり、論文としての学界の認知を得ることが当面の最大の課題であるという点である。

This page updated on April 27, 2004

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