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井上過冷金属プロジェクト事後評価報告書
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総括責任者 井上明久 (東北大学金属材料研究所 所長・教授)
研究体制: 過冷金属構造グループ 研究員 遠藤卓嗣 他7名
過冷金属変態グループ 研究員 才田淳治 他3名
過冷金属制御グループ 研究員 西山信行 他10名
評価委員 金山幸雄  YKK(株) 常務・研究開発本部長
新宮秀夫  京都大学 名誉教授;京都エネルギー環境研究協会 代表
日野谷重春  住友金属工業(株)総合技術研究所 研究主幹

 

1. 研究の内容
1.1. 研究の独自性
 本プロジェクトの独自性は、金属液体の大過冷、それに伴うアモルファス化(研究分野によってはガラス化と呼ばれる)を、金属元素の組合せ、組成比を工夫することにより、従来一般に行われてきた通常の鋳造法により実現し、従来に無い新しい材料の作成を目指す点にあった。 そのような物質が出来れば、従来一般に認識されているガラス材料とは極端に異なるイメージである金属材料に、ガラス材料と同様の原子レベルでの不規則構造を持たせ得るばかりでなく、そのような金属材料が、広い合金種で見出せるとすれば、それは、人類が歴史始まって以来利用して来た金属材料、すなわち結晶質金属とは異なる、金属元素のみからなるガラスという全く新しい固体物質であり得る。期待される基本的性質としては、従来の金属と同様の電気伝導性、強度、光沢を有しながら、ガラス特有の流動性(超塑性)、結晶粒界の欠如による組織の均一性、固化に伴う体積変化の無いこと、などであり、全く従来に知られていない物質として、材料の新世紀を拓くことが可能であるとの期待が持たれる。

1.2. 未踏課題への挑戦
 金属、合金は従来、通常の鋳造作業に於いては、高々摂氏数度の過冷却を伴って凝固するものであり、そのような場合には必ず結晶質物質としての固体が得られる。このプロジェクトではこのような金属特有と思われてきた、小さい過冷却を示す特徴を根本的に見直して、酸化物ガラスに匹敵する大過冷却を実現する事に挑戦している。更にそのような従来に無い大過冷却とそれに伴うガラス化が実現出来ることに対する、系統的な科学的解析にもチャレンジしており、そのようなガラス化を引き起こす要因として、1)合金元素が3成分以上であること、2)原子寸法差の大きいこと、3)混合熱が負で大きい事、の経験則の根拠を明らかにすることを試みている。そして、その結果として得られた、定量的な、ガラス化傾向を示す元素の組み合わせの推定式が実用的に利用しうることを実験的に証明することに挑戦している。更に、得られたアモルファス合金のナノメートル領域での構造を、電子顕微鏡観察、電子線回折、などにより詳細に検討し、更に、マクロな熱力学的性質を定量的に決定するなど、総合的に、得られた新材料の物性、構造を決定して、材料科学の新分野を確立することにも目的を設定している。

2. 研究成果の状況
2.1. 特筆すべき成果
 2.1.1. 材料科学分野の基礎的成果
 A. 金属ガラスの基本構造:原子的なレベルでの構造に2種あることを確定した。その一つは三角プリズム型に原子の配列した構造であり、もう一つは、20面体構造、即ち準結晶の構造類似の原子配列をとるものである。
 B. 力学的特異性:ヤング率と引っ張り強度の比が、従来の金属材料と画然と異なる事実を発見した。即ち超低ヤング率金属材料を創製した。
 C. 液体と結晶固体との自由エネルギー差を、融点の絶対温度(Tm)の半分(0.5Tm)にいたる広い温度範囲で実測した。

 2.1.2. 応用につながる成果
 A. 軟磁性:従来のアモルファス金属と同様の優れた軟磁性特性を持つバルクの材料を製造できることを実証した。
 B. 振動非減衰性:高強度、低ヤング率に伴う、極めて弾性に富む材料、即ち振動の減衰の極端に小さい画期的な新材料を開発した。
 C. 超微細な転写の可能性:液体の固化に際する体積収縮が少ない為、型に入れて固化する時、型の微細模様をナノメートル寸法にまで極めて正確に転写する性質を見いだした。更にこの材料の持つ、極めて優れた耐磨耗性、耐食性は、超微細模様の転写材料としての可能性を大きくしている。

2.2. 金属ガラスの構造と相変態の特異性
 実験室X線源を用いたTotal RDF解析法や放射光を利用したEnvironmental RDF解析法を駆使して金属ガラスの原子配列を解析した。Fe-Co-RE-B (RE = Nd, Sm, Tb, Dy) 系金属ガラスでは、(Fe, Co)-B 三角プリズムのランダムネットワークにRE原子が挿入された構造になっていること、Fe-M-B (M = Cr, W, Ta, Nb, Hf, Ta) 系金属ガラスでは、M原子を介在して辺共有して繋がったランダムネットワーク構造であることを見出した。また、M原子によって金属液体の安定性が異なるのは、M-Fe, M-Bペアの結合力と、Fe原子とM原子の半径差による三角プリズム・ランダムネットワークの安定性と関連することを明らかとした。
 さらに、Fe-M-B (M = W, Ta, Nb) 金属ガラスの結晶化過程において準安定相として(Fe, M)23B6相等を見出した。この (Fe, M)23B6 と三角プリズム・ランダムネットワーク構造とで、原子配列に大きな差があるので、結晶化には広範囲な原子配列の組み替えが必要となることが、金属液体の異常安定性の一因であることを指摘した。
 また、Zr-Al-Cu-NM (NM = Pd, Pt) 系金属ガラスでは、液体急冷温度TLが低いほど、ナノ結晶の析出温度が低くなり、局所および中距離構造解析の結果、Zr-NM原子ペアの不均一ゆらぎがナノ結晶に対する核となっていることを示唆した。この結果は、高温液体状態での構造が温度に依存すること、これを制御することでガラス状態の構造、特性を制御できる可能性を示唆するものである。
 Zr-Ni-NM, Zr-Cu-NM, Zr-NM (NM = Pd, Pt) 系では、準安定相として20面体準結晶相が析出する。構造解析の結果、ガラス状態で既に20面体クラスターが出来ており、準結晶相変態にともない20面体クラスター内の原子配列が変化することを明らかにした。
 このような一連の構造解析の結果、過冷液体の安定性が、液体状態での中・長距離クラスターの形成が、結晶化にともなう再原子配列を抑制することに起因するものであることが明らかとなった。また、このような液体状態での中・長距離構造の形成は、多元合金であること、原子サイズに大きな差があること、原子間の結合が強いことと言う経験則によく一致している。

2.3. 過冷金属変態
 結晶化にともなう析出相の結晶構造は、過冷液体の局所構造に由来するものであると考え、結晶化過程での構造変化を詳細に解析した。この試みは、前述の局所構造解析を補完するもので、複雑な多元合金の局所構造を類推する上で、有効な手段であることを明らかにした。
 例えば、Zr65Al7.5Ni10Cu17.5合金のCuを1at%のAg, Pd, Au, Ptの貴金属で置換させると、通常の非平衡相であるfcc-Zr2Niの他に、正20面体準結晶相が析出する。この二つの非平衡相は20面体クラスターに由来する構造であり、過冷液体状態に20面体クラスター構造が存在することを強く示唆するものである。このような考えから、Zr65Al7.5Ni10Cu16.5Pd1ガラス合金を高分解能電子顕微鏡で詳細に観察した結果、ガラス母相に20面体クラスターが存在することを世界で初めて示した。
 一連の観察結果から、過冷液体の安定性は、20面体クラスターのような広範囲で均一かつ稠密充填状態が形成されているために結晶化を起こすための原子間の移動が著しく抑制されるためであることが明らかにされた。

2.4. 過冷金属の安定化制御と新材料創製
 ガラス状態から結晶化を抑制するには、結晶化の核となる不純物量を極力低下させる必要がある。例えば、Pd-Cu-Ni-P合金では、B2O3によるフラックス処理によって結晶化が抑制され、世界で最も大きな金属ガラス塊を得ている。また、共晶組成からのズレもガラス形成能と関連し、ズレが大きいと形成能が低下する。
 Fe系過冷金属には軟磁性特性があり、比較的早い冷却速度を要する場合、アトマイズで得た粒状粉末をガラス点以上で成形固化することで任意の形状に加工できることを示した。また、Mg系合金は軽量かつ高強度であり、弾性率が小さいことから、バネ、振動部品への応用が期待される。

2.5. 成果の発表、特許出願
 本プロジェクト期間中に、投稿論文が198編、出願特許が39件にも達し、十分な成果を上げていると言える。

3. 研究成果の科学技術への貢献
 本プロジェクトは、過冷金属液体の安定性機構を明らかにし、安定性を制御することと、これによって新合金を創製することを目的に進められ、以下のように金属ガラスにとどまらず、材料科学全般にも共通する優れた成果を残した。

3.1. 過冷金属安定化機構の解明
 過冷金属液体の安定性に関する経験則、1)3成分以上の合金である、2)12%以上の原子寸法差を有する、3)負の混合熱を示す、が20面体構造のような広範囲で均一かつ稠密充填状態が形成されているために結晶化を起こすための原子間の移動が著しく抑制されるためであることが明らかとなった。この結果は、新合金探索をはじめとする過冷却液体金属の研究をさらに促進させるばかりでなく、構造解析で示した手法は、液体状態の解析手法として応用されるものと期待される。

3.2. 材料特性と応用分野
 金属ガラスは、金属でありながらガラス細工のような加工が出来るため、超平滑加工や超精密加工が可能であり、光学部品、電子部品およびマイクロマシンへの応用が期待される。また、強度は高いが弾性率が低いため、バネ材料、振動材料としても応用が考えられる。本材料の弾性率が骨の弾性率との差が小さく、生体材料としての応用性もあり、興味深い。さらに、ガラス状態から晶出するナノ結晶を利用した軟磁性材料への展開も指向されるなど、今後、各種分野への応用展開が期待される。

3.3. 液体構造の理解の深化
 過冷却液体は、極めて高い安定性を持っているため、液体から結晶化への構造変化が動的に追跡できる。この結果、高温液体状態での構造が、温度によって変化することが明らかとなった。この事実は、単に金属ガラスの理解にとどまらず、シリコン等の半導体結晶成長にも有益な知見であり、今後の波及が期待される。

4. 波及効果
 人類が金属を使用し始めて数千年が経過しているが、この間に使用されてきた金属材料はすべて原子が規則的に配列した結晶質のものである。しかし、1960年に金属液体状態から106 K/sと言う極めて高速に冷却すると、原子が液体状態のようなランダムな構造を維持したまま凝固し、非晶質(アモルファス)状態が保持されることが見出された。アモルファスは結晶質材料のような結晶粒界を含まず均質であるため、耐食性や軟磁性特性に優れるため精力的に研究が進められた。しかし、極めて高い冷却速度を必要とするため、箔状あるいは粒子状の材料しか製造することが出来ず、工業的な応用も限られていた。しかし、その後、1988年から1990年にかけて、今までの常識が打ち破られ、100種類以上の合金系で緩冷却でもアモルファスとなるバルク状のアモルファス金属が見出された。アモルファス金属がバルク状態で製造可能になれば、その用途も広がる。本プロジェクトでは、このような情勢の中でスタートし、過冷液体金属となってバルクアモルファスが生成する経験則を科学的に明らかにすることで、新合金を探索・創製することを目的にスタートした。
 過冷金属合金は、ガラス転移点以上でニュートン粘性体となり、ガラスのような加工が可能となる。表面平滑性と合わせ、光学部品や電子部品あるいはマイクロマシン部品等の応用展開が期待される。さらに、高強度・低弾性率を利用したバネ、振動部品への応用および軟磁性材料への応用も期待されている。また、弾性率が骨の弾性率との差が小さいため、生体材料としても期待されている。
 さらに、液体構造と結晶化の解析の過程で得られた実験手法と知見は、材料の凝固、結晶成長の基本に係わるものであり、半導体、超伝導体の単結晶成長やタンパク結晶成長への波及も期待される。
 本プロジェクトが5年の間に大きな成果を上げられたのは総括責任者能力や統括力に負うところが大であるが、研究者の能力・熱意によるところも大きいと考える。このような側面は直接窺うことは出来ないわけであるが、ある研究グループの成果が他の研究グループに影響を与え、理解を深めている様子が、研究成果の中に窺い知ることが出来る。特に、若手研究者にとって、人および研究資源に恵まれた環境の中で研究できたことは、研究能力の向上に大きく寄与したものと思われる。また、研究者は企業を含む多方面から集まった集団であり、今回得た知己は今後の研究の大きな財産となるものと考える。

5. その他の特記事項
 本プロジェクトでは、過冷却液体金属について、主に過冷液体の安定性の解明について注力され、材料特性の評価については不十分であったように思う。プロジェクトの性格上やむを得ないが、今後、本材料が工業生産され、活用されるには、本材料がもつ特性を評価し、あるものについては応用事例としてデモンストレーションをする必要がある。特に、本材料がもつ平滑性や、精密鋳造性、高転写性は光学部品や、電子部品あるいはマイクロマシン部品への応用が期待されるので、その特性を見える形で示すことが重要である。
 また、特性の面から新しい合金を探索することも必要となる。最近は、材料が開発から実用化されるまで時間がかかる、あるいは材料機能に見合うコストが厳しく評価されるため、実用化に至らないことも多々ある。本プロジェクトの過冷金属は今までにない特性を持っているため、隠れた応用もあるはずであり、今後は実用化を目指したフェーズでのプロジェクトの取り組みが必要であると考える。韓国では、ERATOに似た8年間のプロジェクトをスタートしていること、中国でも国家の重点研究課題の一つとしてプロジェクト化するようであり、わが国で生まれたシーズが開花するよう継続的な取り組みが必要である。本プロジェクトの関係者のさらなる活躍を期待したい。

This page updated on August 1, 2003
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