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井上光不斉反応プロジェクト事後評価報告書
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総括責任者 井上佳久(大阪大学大学院工学研究科 教授)
研究体制: 絶対不斉合成グループ 研究員 内藤幸人 他5名
不斉光増感グループ 研究員 石田 斉 他7名
超分子光化学グループ 研究員 中村朝夫 他7名
評価委員 徳丸克己  筑波大学 名誉教授
甲斐 學  ダイセル化学工業(株)常任顧問
z合憲三  東京理科大学 教授
Rau, Hermann  Hohenheim大学 教授

 

はじめに
 本研究は光の作用によるキラリティ(不斉)の創出 (Photochirogenesis) 、さらに不斉の増殖と伝播を目標とするもので、本事後評価において総括責任者の井上教授の説明を聞くだけでなく、9月に開催されたプロジェクト終了シンポジウムおよびそれに引き続いて開催された第1回不斉光化学国際シンポジウムにおいて同教授をはじめグループリーダーの諸氏からの研究報告とともに諸外国におけるこの分野の研究者の報告を聞き、本研究が当初の予想を上回るほどの成果を挙げていることを認めた。

1. 研究の内容
 光の照射によるキラリティー創出の試みは古いものの、その程度は極めて低いものにとどまっていたが、本研究はその程度を初めて実用に近いレベルにまで引き上げるのに成功した。研究は、(1)絶対光不斉合成、(2)不斉光増感、(3)超分子光化学の3分野について進められた。

 第1に、物質的不斉源が不要である円偏光による絶対不斉合成に関しては、生命の起源にかかわる反応としてもかねてから関心が高かったが、本研究では、分子のキラルな光学特性に基づいて、世界に先駆けてシンクロトロン挿入光源のヘリカルアンジュレーターからの真空紫外領域の円偏光を用いた (E)-シクロオクテンの絶対不斉合成に成功している。本結果は、地球上における生命の発生の経路に関する実験的検証を与えるものとして、極めて高い国際的な評価を得ている。さらに、各種の波長の円偏光による絶対不斉合成は 4-シクロオクテノン、ノルボルナジエンークワドリシクラン系、またロイシン等のアミノ酸についても進められた。とくに、アミノ酸の光反応は、強酸性においてのみ進行することから、その機構を解明した。これらの不斉合成系における鏡像体過剰率と反応率との相関に関する理論式を誘導し、上の一連の反応の進行がこの式にしたがうことを明示している。さらに、紫外線領域の2光子の励起、とくに近共鳴2光子励起による絶対不斉合成は、新しい手法として特筆される。

 第2に、キラルな増感剤を用いるシクロオクテンやシクロヘプテンの1分子的不斉光異性化を経由する不斉合成に関しては、生成物の光学収率を50%以上さらに100%にすら到達させる新しい増感剤の開発に成功した。しかもこれらの系において、生成物のキラリティーの温度あるいは圧力による反転現象を発見し、これが従来熱反応で信じられてきた常識とは異なり、エンタルピーではなくエントロピーによりもっぱら支配されることに基づくことを明らかにした。この発見は、この種の反応が分子認識等分子間の弱い相互作用がかかわる多くの現象の理解に展開し得ることを示し、新しい「エントロピー化学」の幕を開くものである。また、1, 1-ジフェニルプロペンへのアルコールの光極性付加反応においても、キラルな増感剤により、2分子反応系としては現在世界で最高値の立体区別反応を達成した。

 第3に、超分子系を反応場とする不斉の創出に関しては、シクロデキストリン、さらに DNA を用いて分子キラリティーの伝播を明らかにした。

 新しい手法に関しては、先に述べたヘリカルアンジュレーターからの真空紫外領域の波長可変、偏光可変の円偏光の利用とともに、たとえば、世界の最高水準の精度に達した超低ドリフト・低ノイズ・高感度の改良型円二色分光計と高分離キラルクロマトグラフの組み合わせによる微小な分子キラリティーの検出が特筆される。

2. 研究成果の状況
   上記の研究成果の殆どはすでに多くの国際誌に発表され、しばしば引用され、またこれらの研究に基づき、総括責任者の井上教授らは招待論文 [Chemical Review (1998), Chemical Communications (1999) の feature article, Pure and Applied Chemistry (2001) 等]、双書への執筆 ["Advances in Supramolecular Chemistry" (1997), "Organic Molecular Photochemistry" (1999) 等] や IUPAC Symposium on Photochemistry (2000) はじめ多くの国際会議の講演に招待されている。因みに、発表論文114報、総説等15編、書籍6編である。

 また同教授がプロジェクト終了シンポジウムに引き続いて開催した第1回不斉光化学国際シンポジウムには関連のあるトップクラスの研究者が各国から参集し、国内外からの参加者が280名にも達したことは、開催者の高い研究水準と、この分野への高い関心を反映したものである。
 また、特許に関しては、5件が国際出願、また19件が日本出願されており、中でもキラリティセンサーとしてのポルフィリン二量体を用いるキラル化合物の絶対配置決定試薬はすでに商品化されている。

3. 研究成果の科学技術への貢献
 本研究の成果は、高い光学収率をもたらす絶対不斉合成への一つの途を提示するとともに、不斉光化学の研究の国際的交流を実現し、また円偏光による地球上における生命の発生の経路に関する論議を具体化したもので、さらにエントロピー化学の分野の創出に貢献している。  すなわち、円偏光による絶対不斉合成については、極めて高い異方性因子をもつ光異性化を行うキラル化合物を合成し、また各種の絶対不斉反応の解析に適用できる理論式を導入し、この式の有用性を立証している。この理論式は今後絶対不斉合成過程の解析に有用な役割を演ずるであろう。また絶対不斉合成反応系を用いた分子キラリティに基づく新規円偏光記録材料を提案し、特許出願している。  キラルな増感剤を用いる不斉合成に関しても、生成物の光学収率を従来の10%あるいはそれ以下から50%以上さらに100%にすら飛躍させる新しい増感剤の開発に成功している。しかもこれらの系において発見した生成物のキラリティの温度による逆転現象は、これらの反応がもっぱらエントロピーにより支配されることに基づくことを明らかにし、新しい「エントロピー化学」の幕を開いた。さらに、このような反応が温度のみでなく、圧力、溶媒等の効果に基づく、生成物キラリティの多元的制御の概念を提出したことも、今後の展開の方向性を示すものとして重要である。  超分子不斉光化学に関しても、あるポルフィリン二量体をキラリティセンサーとするアルコール、アミン等のキラル化合物の絶対配置決定試薬がすでに商品化されている。

4. 波及効果
 本研究は、かねてから議論されてきた円偏光のキラリティ創出に対する顕著な効果を実証し、科学の多くの分野におけるキラリティの本質に関する議論における貴重な道標となるものである。また本プロジェクトにおいて国内の大学や企業からのみでなく、欧米等海外からも多くの研究者が活発な研究に参加した。とくに海外からの参加は、国際誌上での求人広告ではなく、総括責任者と日頃交流のある海外の有力な研究室からが少なくなく、これは総括責任者の上質の国際的ネットワークを示すものとして、高く評価できる。

5. その他の特記事項
 近年特定のキラリティをもつ化合物の不斉合成は、野依教授らの2001年のノーベル化学賞の受賞をまつまでもなく、極めて高い関心が払われている領域であるが、一般に熱的反応では、特定のキラリティをもつ物質的不斉源の存在を必要としている。しかし、本研究における円偏光による絶対不斉合成は物質的不斉源を必要とせず、円偏光が不斉の起源となり得ることを示した点で、さらにその適用範囲を拡大できれば、その科学的技術的インパクトは図り知れないほど大きい。
 上に述べたような本研究の進展は、総括責任者である井上教授の卓越した個性と広い視野ならびに共同研究者らの高い熱意と実績によりはじめて達成されたものである。本研究が、これに続いてエントロピー化学としての国際共同研究として、今後の科学技術の一つの新しい流れを作る研究という視点から、高い展望に基づいて大きな発展を遂げることを期待する次第である。
 最後に事業運営の改善への提言として二、三の課題について述べることにしたい。一言で言えば、公の資金を有効活用するためには、競争の原理や評価の原則を、研究者間のみでなく、特許事務所をはじめ、さまざまな部署に拡げるべきことを改めて提言したい。
 すなわち、研究成果として極めて重要な特許の申請に関しては、本プロジェクトでは、特許の取り扱いが当初に指定された東京の特許事務所から距離的に近い大阪の特許事務所への変更が承認されたあとで、作業が円滑に進行した様子である。また、事業団が研究成果を基にしてより国際的に競争しつつ多くの特許の権利を確保し、それによる収入を本当に図ろうとするならば、担当者を企業の特許部なみに習熟させることが不可欠で、これを現行の制度と実質的にどのように摺り合わせていくかが課題であろう。ぜひ納税者の期待に添うべく、国際的にしぶとく権利を主張しつつ、国益の増強を目指して、仕事を進めることを期待したい。
 さらに、 ERATO 全般に関する課題としては、研究をより効率的に立ち上げるためには、現行の10月よりも遡って、4月に一応のスタートを可能にした方が、研究場所のみでなく、研究者等人に関しても、より円滑な立ち上げを可能にするものでなかろうか。また、研究場所に関しても、 ERATOの意義が充分に認知されている今日、この研究の独立性を保ちつつ、大学内のオープンラボを利用する価値はかなり高いものと思われる。これは、結局は研究総括の実質的な時間の問題も含めて、研究の促進に有意義であろう。

This page updated on November 5, 2002
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