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御子柴細胞制御プロジェクト事後評価報告書
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総括責任者 御子柴克彦(東京大学医科学研究所 教授、理化学研究所脳科学総合研究センターグループディレクター)
研究体制: 機能分子・膜動態グループ 研究員 竹居光太郎 他3名
Ca2+動態・生理機能グループ 研究員 加藤邦夫 他4名
細胞機能分子制御グループ 研究員 鈴木 昇 他1名
評価委員 宇井理生(東京都臨床医学総合研究所 所長)
津本忠治(大阪大学大学院バイオメディカル教育センター 教授)
宮崎俊一(東京女子医科大学医学部 教授

 上記評価者3名が別々に作成した評価書を、科学技術振興事業団 (以下事業団) からの依頼によって宇井が取りまとめる。すなわち、3名に記号A, B, C をランダムに割り当て、以下に再録するという形式で取りまとめた。これは中間評価と同じ形式である。なお、この評価報告書は評価の対象となった研究成果に関する知識なしにその評価の正当性を判断することは、何人にとっても不可能である。我々の評価報告書自体がプロジェクト同様に、心ある研究者の正当な評価の対象となることは充分自覚している。
 ERATO システムの問題点については中間評価、事後評価のための会合の都度、ならびにその前後に事業団 ERATO 関係者に意見を述べた。ERATO 事業の今後の発展にこれらの意見が充分反映されるよう期待して止まない。本プロジェクトの総括研究者の次のプロジェクトは既に国際共同研究に採択されたという。その新プロジェクトで日本側に配分される額は 5 年間で約 10 億円と公表されている。我々のこの評価の結果としてこのような大型プロジェクトが新しくスタートしたことを心より慶賀するものである。

 

評価者 A
1. 研究の内容
 本プロジェクトは,カルシウムイオン(Ca2+)の細胞内貯蔵小器官である小胞体から細胞質へのCa2+遊離を媒介するイノシトール3リン酸レセプター/Ca2+遊離チャネル(以下IP3R)という1つの機能蛋白質を基本的な中心課題に据えている独特のプロジェクトである。IP3Rは恐らく殆どの細胞種に存在し,且つCa2+は多くの重要な細胞機能発現に関わる細胞内二次メッセンジャーであるので、本プロジェクトの対象は多岐に展開する特徴を備えている。即ち、IP3Rそのものの分子的機能解析から初まって、IP3Rの機能的特徴と細胞内分布に基づいたCa2+増加の時空間的動態およびCa2+が関わる細胞内情報伝達機構の解析へと連なり、そのシグナルによる細胞機能発現の研究は、胚発生や脳機能といった未知の事象を含む未来的研究への足がかりへと展開する。本プロジェクトにおいては、下記に示す多岐の研究が精力的になされた。それらの研究に対しては、優秀な研究員を配置するとともに、遺伝子操作や遺伝子変異動物作成の先端技術、分子機能や現象解析のための新鋭装置が用いられた。
1.1. IP3Rの分子間相互作用
 IP3Rとそれに結合する物質間の結合・解離反応を表面プラズモン共鳴センサー(BIA-core system)を用いてリアルタイムで解析する方法が確立された。作成したアミノ酸変異IP3RのIP3親和性の検定、微量なIP3R結合性蛋白質(実際にはCa2+/カルモデュリン、FK506結合蛋白質)の同定などに利用された。またyeast two-hybrid systemを用いてIP3R結合性carbonic anhydrase related proteinの遺伝子が見いだされた。
  1.2 IP3R分子の修飾と利用
 IP3R分子のIP3結合部位付近のドメインを単離し、DNA上でアミノ酸配列を修飾することによってIP3に対する高親和性の”コアレセプター”が作成された。この分子の細胞内投与により刺激に対して産生されたIP3を結合吸収し(IP3スポンジと称される)、IP3誘発性Ca2+遊離を抑制する試みがなされた。IP3動態と機能の指示物質として利用できればその効果は大きい。
1.3. IP3Rの神経成長における役割
 鶏卵胚後根神経節神経細胞の成長円錐における神経突起の伸長に対し、局所的に標的分子を不活性化するレーザー不活性化法(CALI)を用いて1型IP3Rを不活性化することにより神経伸長が停止することを見いだした。また3型IP3Rは伸長方向の制御に関わることを示唆する結果を得ている。しかしCa2+増加と神経突起伸長との対応を可視的に実証するには至っていない。Ca2+の下流のシグナルとしてカルシニューリンとカルモデュリンキナーゼIIの突起伸長促進あるいは抑制作用が観察されている。さらにcAMP、NOの関与が検索された。この研究はScienceに発表された。今後さらに継続・推進させることが望まれる。
1.4. IP3Rの免疫細胞の増殖、細胞死の信号伝達における役割
 T細胞のレセプター刺激から細胞増殖に至る情報伝達系にCa2+が介在するが、1型IP3R欠損マウスでも増殖機能は正常に稼働することから、他のIP3Rサブタイプも共同して働くことが示唆された。またIP3Rが,DNA断片化を特徴とする細胞死 “アポトーシス” において、情報伝達系の重要因子caspase-3の基質になって限定分解されることを見いだした。この研究が今後これらの領域で進展するかどうかわからない。
1.5. IP3Rの中枢神経シナプス可塑性における役割
 1型IP3Rノックアウトマウスを用いた実験から、1型IP3Rを介するCa2+遊離による細胞内Ca2+濃度上昇が小脳プリキンエ細胞におけるシナプス伝達の長期抑圧(LTD)の形成に対して抑制的に関与するという結果を得た。海馬錐体細胞においては、長期増強(LTP)に対しては抑制的に、LTDに対しては促進的に関与するという結果を示した。この結果の解釈は難しい。グルタミン酸受容体を介するCa2+流入がシナプス可塑性に深く関わるとされており、Ca2+遊離は細胞内の局所(マイクロドメイン)レベルでの動態あるいはタイミングなど、Ca2+の時空間的作用に対する詳細な解析が必要になると思われる。なお細胞内Ca2+濃度上昇を脳スライス標本を用いて通常のCa2+画像解析の他に二光子励起レーザー顕微鏡が利用された。
1.6. IP3Rの初期発生における役割
 アフリカツメガエルの卵細胞形成・成熟過程におけるIP3Rの発現・構造変化が観察された。原索動物ホヤ卵の受精において、IP3Rを介する反復性のCa2+遊離による細胞内Ca2+オシレーションが卵活性化(減数分裂の再開)を誘発することが示された。また受精後のアフリカツメガエル卵細胞で、IP3Rを介するCa2+遊離が卵割の際の分裂溝の形成を誘導すること、卵の収縮様形態変化(胚発生の予定運命域決定のための細胞質再構築に関わるかも知れない)を誘発することが示された。これらの各テーマはよく纏められ論文発表されている。
  1.7. IP3Rの初期胚腹側化における役割
 アフリカツメガエル胚においてIP3-Ca2+シグナルが胚の腹側化シグナルを伝達することを、IP3Rの機能阻害モノクロナル抗体注入によって明らかにした。非常に興味深い知見である。IP3-Ca2+の上流シグナルとしてG蛋白質のGsあるいはGi/oのβγサブユニットの活性化が含まれること、下流シグナルとしてcalcineurin A subunit/nuclear factor of activating T-cell (XCn-XNFAT) が示唆される実験結果を得ている。
1.8. 遺伝子欠損マウスの作出によるCa2+チャネルの機能解析
 種々のCa2+チャネルノックアウトマウスを作成して、それらの機能的役割を調べる試みがなされた。特に膜電位依存性P/Q型Ca2+チャネルの小脳失調における役割、3型リアノジン受容体/Ca2+遊離チャネルのLTP形成における役割が解析された。実験は可能だが、クリアカットな結果が出にくい難点がある。
1.9. 組織特異性遺伝子欠損のためのトランスジェニックマウスラインの確立
 2つのloxPで挟んだ特定遺伝子領域を欠損させる組み替え酵素 “Cre” を発現させるトランスジェニックマウスの作成が試みられている。ある遺伝子が種々の組織で発現している場合、その遺伝子の中枢神経での機能を選択的に調べようという試みであり挑戦的研究である。
1.10. 細胞内Ca2+動態を生体中で可視化できるマウスの開発
 Ca2+検出用蛍光プローブ蛋白 “cameleon” を発現するマウスを作成して、生理的状態での生体内Ca2+動態を長時間、精密且つ広範囲に調べようという試みがなされている。
 
 上記のとおり本プロジェクトはIP3R/Ca2+をキーワードとして、関連する細胞機能・生体現象の分子メカニズムを明らかにすることを目指して発足したプロジェクトである。プロジェクト実施により、チームの精力的な研究によってIP3R/Ca2+が多岐にわたる事象に関わっていることが明らかにされ、多くの成果が発表されたことは大いに評価に値する。プロジェクト終了の時点で、成果の多くは「IP3Rがこういう事象に関連している」という段階である。本プロジェクトでの成果を基に、個々の事象のメカニズムが更に深く追及されることが望ましい。本研究には思いつきや偶然の発見に依存する部分があり、研究が予想外の新しい展開を誘導する可能性を秘めている反面、単発的に終ってしまうテーマもあるように思われる。またIP3Rが関連するとされた組織・器官レベルでの事象はいずれも総合的なメカニズムを内包し、特に胚発生の軸決定やさらには脳の記憶については、IP3-Ca2+シグナルはその一因に過ぎず、メカニズム解明には本格的な取り組みが必要であろう。他方、分子レベル、細胞レベルでの更なる緻密な解析を進展させることは即可能であり、各研究員が新たな研究機関で個々の事象を地道に研究を発展させることが重要である。
2. 研究成果の状況
 すでに19編の原著論文が一流国際誌に発表されている。研究が精力的に効率よくなされ、論文査読で評価されたことを示している。このうち初期発生関連の論文が10編と過半数を占めており、着実な成果を上げている。神経可塑性関連が3編である。その他の課題については、IP3Rの機能制御、IP3R/結合性蛋白間の相互作用の方法論、IP3Rと神経突起伸長、IP3Rと免疫細胞における情報伝達、IP3Rとアポトーシス、IP3Rと失調・けいれんに関する論文が各1編であり、第二報が待たれる。上記1.9. と1.10. の技術はまだ論文発表に至っていないが今後も継続してもらいたい。
 学会発表はすでに51回の発表を行っている。このうち28回は国際学会であり、海外での発表が非常に多く、国際的な情報提供を充分行っていることを示している。これはERATOプロジェクトの出張費によって可能であったものと思われ、ERATOプロジェクトの利点のひとつであろう。また11編の総説が出されており領域外の研究者や若手研究者への情報提供活動がよくなされたことを示している。
3. 研究成果の科学技術への貢献
 CALI は、機能蛋白質に対する蛍光標識抗体を結合させておき、レーザー光照射で蛋白分子の構造変化を誘導してその機能を不活性化する方法で、拡大利用されうる新技術である。BIA-core systemによる蛋白結合・解離速度測定、二光子励起レーザー顕微鏡による組織深部断層顕微鏡像の観察などが行われた。このプロジェクトの多くの実験は、もともと物理的計測よりは化学的技法に依拠したものであるため、科学技術・大型機器・産業への応用という観点からは多少の隔たりがある。このプロジェクトの貢献は、分子生物学的な遺伝子操作や分子遺伝学的な変異動物の作出を駆使したソフト面での研究技法にあり、単一化された分子の機能を追及する方向性を具現している点にある。これは即ち新しい科学技術の流れ、ポストゲノムの指針を示している。
4. その他の波及効果
 一般に研究プロジェクトには集中収斂型と核心発散型があると考えられる。本プロジェクトはIP3R/Ca2+から発して後者の型をとっているといえよう。これは総括責任者の研究姿勢に依拠するものでありERATOが標榜する「人中心」の方針に合致したものと捉えられよう。本プロジェクトにより多く細胞機能との関連・新技術の導入が示され、総括責任者自身が国内外のシンポジウム等でいろいろな分野の研究者、若手研究者,市民への講演を通じて、これらに対する関心を惹きつける貢献を果たした。本プロジェクトは多くの生命科学研究分野にヒントを与えたことが大きな評価点であろう。
 プロジェクトにはいろいろな分野からの多くの研究員が携わりヘテロな集団であった。プロジェクト途中で他研究機関にプロモートされた人も多く、交代して人的な流動がもたらされた。プロジェクトリーダーは核心発散型でプロジェクトをオーガナイズすることでよいが、携わった各若手研究員が自分の担当した研究テーマを今後継続して発展させていくことが期待される。それが本プロジェクトを生かし、後年の評価になるであろう。
5. プロジェクト研究運営の問題点
 ERATOプロジェクトには5年という期限がある。実験セットの立ち上げに最低1年を要し、またとりまとめにも1年を要すると考えられる。より充実した研究を行うためには、立ち上げととりまとめを含めて7年が妥当と考える。ERATOのプロジェクトは大学等の既成の研究機関外に研究室を設けることになっている。これは大変なことに違いない。ERATOプロジェクト専用のオープンラボを設けて研究にあたるのがより便利で効率的であると考える。このなかには遺伝子変異動物の作出・飼育の施設も含まれる。



評価者 B
1. 研究の内容
 本プロジェクトは細胞の生理機能にとって極めて重要な細胞内カルシウムの働きを従来、多くの研究がなされてきた細胞外からの流入よりは細胞内小胞体からの放出に重点を置き、特にその放出に関与するイノシトール1,4,5-P3受容体(イノシトール3リン酸受容体、IP3受容体)に着目し、その機能的役割を明らかにしようとするものである。この受容体は神経細胞のみならず種々の細胞で重要な役割を担っていることから、遺伝子発現、細胞接着などの他、免疫反応、内分泌、神経伝達など多種多様の生理機能に関与している。本プロジェクトではこのような多様な研究対象の中から、1)滑面小胞体を中心とした細胞内膜系や機能分子、さらには神経細胞の突起伸長に関わる分子の動態、2)細胞の分裂・分化、さらには個体の形態形成における役割、及び3)神経機能の可塑性における役割、等に焦点を当てて研究が遂行された。
2. 研究成果の状況
2.1. 機能分子・膜動態に関する研究
 この研究で特にユニークと思われるものは、培養神経細胞の特定の限局した部位で特定の蛋白質の機能をブロックできるというchromophore assisted laser inactivation (CALI) 法の、適用によってIP3受容体が神経突起の伸長にどのように働いているかを明らかにしようとした点である。その結果、1型と3型の役割の違い等が明らかにされ、この知見は、さらに薬理学的実験によっても裏打ちされた。
 IP3受容体の細胞内での動態に関するプロジェクトはgreen fluorescence protein (GFP) を遺伝子工学的に発現させる方法の適用によって微小管に沿った経路で細胞体から神経突起先端に向かう順行性の動きとその逆の逆行性の動きがあることを明らかにした。
2.2. 細胞の分裂・分化、さらには個体の形態形成における役割に関する研究
 受精卵及び卵割における細胞内遊離カルシウムの役割を調べ、IP3受容体が卵表層の収縮運動や卵割に重要な役割を果たすことを見出した。また、アフリカツメガエルの初期胚の背腹軸形成においてIP3-Ca2+シグナル伝達系が腹側のシグナルを担う可能性を調べる研究を行い、G蛋白質の内Gsが関与していることを見出した。
2.3. 神経機能の可塑性に関する研究
 この研究では主に、シナプス長期増強や長期抑圧におけるカルシウムとIP3受容体の役割が調べられた。海馬でみられるシナプス長期増強や長期抑圧は記憶の基礎過程とみなされ現在そのメカニズムに関する研究が多くの研究室でなされている。本プロジェクトでは、IP3受容体欠損マウス等を使用しIP3受容体の役割の解明を目的として研究を行った。その結果、特に1型のIP3受容体は異シナプス性 (heterosynaptic) の長期抑圧に関与すること、細胞内カルシウム貯蔵庫からのカルシウム放出を起こす他の受容体であるリアノジン受容体は同シナプス性 (homosynaptic) の長期抑圧に関与することを見出した。この知見はシナプス可塑性におけるIP3受容体の役割及びリアノジン受容体との機能の違いを明らかにしたものであり神経科学に対する重要な貢献と考えられる。一方、シナプス長期増強におけるIP3受容体の役割の解明も試みられた。その結果、長期増強は野生型よりかえって大きくなっている事を発見した。この結果は、NMDA受容体等を介して細胞外から流入するカルシウムは長期増強を誘発するよう働くがIP3受容体からのカルシウム放出はそれを抑えるよう働くという事を示唆している。
2.4. まとめ
 全体としては、当プロジェクトは、それまでのIP3受容体研究の実績の上にいくつかの新しい方法を適用することによって順調に進展し、さらに、シナプス長期抑圧におけるIP3受容体の役割解明のように当初の研究構想以上に画期的な進展がみられた部分もある。その意味で、当プロジェクトは成功裡に終了したと思われる。
3. 研究成果の科学技術への貢献
3.1. 機能分子・膜動態に関する研究
 この研究において実用化されたCALI法は、当面の目標である成長円錐の伸張機構の解明のみならず、標的細胞の認識機構の研究にも有効な手段となると思われる。さらに、種々の蛋白質の生理機能を生きた細胞で調べることができるために、神経科学のみならず細胞生物学や発生生物学研究における革新的な手法となることも期待できる。一方、GFP を遺伝子工学的に特定の蛋白質に発現させる手法の開発は、IP3受容体の小胞体膜上での動きと細胞骨格蛋白質との相互作用の解析から、IP3受容体の機能の解明に関して新しい局面を拓く可能性がある。
3.2. 細胞の分裂・分化、さらには個体の形態形成における役割に関する研究
 受精卵および卵割におけるIP3受容体の役割に関する研究は、本グループが世界の先導的展開を担っており、受精卵および卵割の新しい分子機構が解明されることが期待される。また、細胞周期と対応する遊離オシレーションや卵割時の分裂溝に沿うCa2+波の研究を、今後は生物学的意義の解明にまで高めることが期待される。
3.3. シナプス可塑性に関する研究
 海馬のシナプス長期抑圧には異シナプス性抑圧と同シナプス性抑圧があることが従来知られていたが、それぞれの型のシナプス抑圧にIP3受容体とリアノジン受容体が関与していることを見出した本プロジェクトの知見は、長期抑圧の誘発機構、さらには各型の長期抑圧の機能的意義に関して、従来の仮説の変更をせまるものである。



評価者 C
 本評価書はプロジェクト評価委員会の席において配布された研究資料に基づいて作製した。併せて行われた総括責任者の口頭発表 (約2時間)の内容で配布資料と異なる部分は、予備的知見或いは単なるスペキュレーションと見做して評価の対象とはしない。平成12年9月12日に公開で行われた当プロジェクトシンポジウムの講演要旨集 (欠席した本評価者に事後郵送されたもの) で実験結果を詳細に紹介している部分は参考にした。なお、平成10年度に行われた中間評価 (サイトビジット) の報告書が関連することはいうまでもない。
1. 研究の内容
 本研究は統括責任者の独創的発見に端を発する。すなわち、遺伝的に小脳失調の症状を呈するマウスの小脳に P400 と名付けた巨大蛋白質が欠失していることを発見した総括責任者は、1989-1900 年にこの P400 の精製と cDNA クローニングに成功し、この蛋白質がイノシトール(1,4,5) P3 (IP3) によって開口する ER の Ca2+ チャネルそのものであることを証明した。この蛋白質には現在 IP3 受容体 (以下 IP3R) の呼称が与えられているが、本研究はこの独自の成果を出発点とする独創的なものである。研究は次の 3 つのサブグループによって行われている。
1.1. 機能分子膜動態グループ(以下グループT)
新規な手法「クロモホア介助レーザー不活化法 (以下 CALI)」を培養細胞に適用し、IP3R を不活性化して、その細胞機能の異常から、IP3R の役割を検討した。また BIA-core、yeast two-hybrid 両システムを用いて IP3R に結合する蛋白質を検索した。
  1.2. Ca2+動態・生理機能研究グループ(以下グループU)
 細胞レベルまたは組織レベルで細胞内 Ca2+濃度を変化させ、その影響を可視化、および電気生理学的手段で検討する。また IP3R に対する活性阻害性抗体を用いて初期胚の形態形成における IP3R の役割を調べた。
1.3. 細胞機能制御グループ(以下グループV)
 IP3R (サブタイプ) の遺伝子欠失マウスを作製し、そのマウスより得られた中枢神経系の細胞を用いて、異常の実態を検索した。
2. 研究成果の状況
2.1. グループT
(1)  鶏卵胚のDRGの軸索誘導におけるIP3Rの役割について、種々の阻害薬を用いて検討している。阻害薬を用いる実験は、(a) 阻害薬の濃度を段階的に変化させ (b) 実際にその阻害薬がある濃度で目的の阻害作用を発揮しているか、同じ細胞標品、或いは同じ実験条件下で検討することが、この種の実験の基本である。いかなる阻害薬も適量を超えれば非特異的作用を示す。この基本操作抜きでは説得力ある結果は得られない。以下の実験シリーズでも阻害薬の使用が同様にやや安易に行われている印象である。CALI という新しい技法の適用は評価できる。成果は Science 誌に公表されているが、技法の新しさを評価されたのであろう。同じ実験系において細胞内Ca2+動態の解析に成功していない現状では、この成果の今後の発展の見通しは不明である。
(2)  Ca2+ はカルモジュリンを活性化する。従って、カルモジュリン依存性酵素、すなわち可溶性グアニル酸シクラーゼ、カルシニューリン、NO 合成酵素がCa2+ シグナルの下流に存在しうることは広く知られた事実である。現段階で得られた結果はこの公知の事実に新たに特異的な知見(例えば神経細胞におけるこの三者の相対的重要性など)を加えたものとは思えない。また、後に検討されるようにカルモジュリン自体がIP3Rを阻害し、またカルシニューリンはIP3R活性を調節しうるので単純に「下流分子」と見做せるのであろうか。
(3)  アンキリンは細胞膜のCAM のL1 ファミリーと細胞内の(例えば)スペクトリンを結ぶアンカー蛋白質である。また、アンキリンがIP3Rと会合することは1995年にすでに報告され (例えば、J. Biol. Chem. 270: 7257 (1995))またアンキリンB遺伝子のノックアウトマウスでCa2+ ホメオスタシスに異常が見られることはBennet 一派が報告している(J. Cell Biol. 147: 995 (1999))。しかし、本実験シリーズではアンキリンとL1の会合のみがこのような視点抜きで論議されており、本プロジェクトの主題と一致しない。
(4)  FITC-デキストランは1979年以来高分子トレーサーとして頻用されている。ここでは、同時に添加した蛋白質の細胞内導入の間接的指標として有用である可能性を検討しており、本プロジェクトの主題と離れるが、一つの技法の創出としての波及効果は評価されよう。
(5)  BIA-coreシステムを用い、IP3R1 (の結合部位)のアゴニストとの結合の解離定数を求めたのは、重要な基本的知見を提供したものとして有益な成果である。日本で発見された微生物第2次代謝産物アデノホスチンがIP3 自体よりもはるかに高い親和性で結合したことは、予想通りとはいえ、興味深い。また、結合蛋白質のアミノ酸配列を高感度で決定するため、BIA-coreとESI-TOF-Massを連結したのはまことに有用な試みである。プロジェクト終了後も、多くの研究グループが協同研究の形式でこの技法を利用できるよう、事業団はこの装置と専属オペレーターの広い活用をシステム化するべきである。このシステムの応用として、FKBPとIP3Rとの会合部位のアミノ酸配列を決定したとのことである。この両分子の会合に関してはSnyder一派が既に1997年にIP3Rの1400-1401のLeu-Proの特異的関与を報告(J. Biol. Chem. 272: 27582 ('97) )し、この会合体にさらにカルシニューリン (またはCキナーゼ)が会合してIP3Rの活性をリン酸化/脱リン酸化によって調節するという興味深い可能性を論じている。この先駆的知見(予見)との関連は言及されるべきであり、カルシニューリンは単に下流のシグナル物質ではなくIP3Rの調節因子としての重要な役割を想定して研究を進めるべきであったのかも知れない。
(6)  yeast two-hybrid 法でCARP群がIP3Rに会合することを見出したのは興味深い。上述のFKBPとの結合部位と一致するのであろうか。
(7)  カルモジュリンがIP3Rと会合することは、古く1991年に総括責任者自身によって報告されている。そのカルモジュリンの作用が10年近くたって見出されたのは慶賀すべきことである。同様の結果は他のグループから本年報告された(Biochem. J. 345: 357 ('00))。Ca2+ 濃度に対するベル型の応答がこのカルモジュリンの効果の結果であるという成績も優れている。
(8)  Tリンパ球におけるIP3R1の欠失は免疫異常の表現型を示さなかった。IP3R2,3の関与 (または代替) を示すものであろう。しかし本プロジェクトは神経系が中心テーマであって、総括責任者の専門外の免疫系にまでテーマを広げることは必ずしも賛成できない。
(9)  アポトーシスはカスパーゼカスケードの下流のDNA分解酵素 (CAD) や多種のストレス応答性MAPキナーゼ系、さらにミトコンドリアのBcl-2ファミリーなどの関与の結果であり、IP3Rのカスパーゼ3による分解はアポトーシス誘起のメカニズムではなく、単なる結果である可能性がある。J. Biol. Chem. に公表されたデーターは無細胞系のものは優れているが、無傷細胞系ではIP3Rの分解とアポトーシスの程度との相関が観察されていない。例えば、カスパーゼ阻害薬はIP3Rの分解を抑えると同時にアポトーシスを抑制するのであろうか。アポトーシスは中枢神経系にとっても極めて重要な現象である。アポトーシスが容易に起こるために繁用されるT細胞(Jurkat cell)を使用するよりは神経細胞を用いる方が、本プロジェクトでは相応しいように思う。
2.2. グループU
(1)  神経の可塑性、すなわち長期増強 (LTP)、長期抑圧 (LTD) の研究-IP3Rが関与するいわゆるPI レスポンス/Ca2+動員システムは中枢神経独自のものではない。およそありとあらゆる細胞に普遍的に存在する。IP3Rの全遺伝子が完全に破壊されたマウスは胎生初期に死亡するはずである。事実、本プロジェクトにおいても初期胚における体軸形成にIP3Rが必須の役割を果たすことが証明されている。本研究で用いられているIP3R欠失マウスの小脳、海馬に於ける神経可塑性の研究成果の解釈は、一部未破壊、または他のサブタイプによる代替、さらに他の臓器の機能異常の二次的効果、などの関与を無視できない。主に採用されている電気生理学的解析のデーターの質に関しては、専門を同じくする他の評価委員の判断に任せるが、再現性ある結果が得られているかどうか、若干の心配なしとしない。グループ3の研究成果の中にCre-LoxP システムを用いた遺伝子コンディショナルノックアウトの技術の適用の試みが紹介されているが、この技術による中枢神経系特異的ノックアウト成熟マウスを用いて同種の実験が再施行されることを期待する。
 いずれにしても、小脳のLTD におけるIP3Rの重要性を示すデーターが提示された。海馬におけるLTPは、IP3Rの欠失によっておそらくNMDA受容体活性の抑制を通じて、逆に抑制されるか、またはCA1領域では特に著しい影響はもたらさない。G蛋白質共役型グルタミン酸受容体の活性化を通じて可塑性を惹起するCA3領域ではIP3Rの重要性が見出された。これはこの種の受容体刺激がもたらすROC (receptor-operated Ca2+ influx) にIP3Rが介在することから順当な知見であろう。
 リアノジン受容体欠損マウスに関しても検討されている。この受容体を介するCa2+動員の発見者は、この受容体は生理的に必須の役割を果たしていないという先駆的見解をもっていた。従って、この受容体の欠損マウスが生存することは予想されたところである。
(2)  GABAA受容体はCl-チャネルを内蔵する抑制性受容体であり、IP3Rとの直接の相互作用の欠如は予想されるところである。一方、GABAB受容体はG蛋白質(中枢神経系ではG0 )を介してIP3Rに直結し、Ca2+ 動員に続くCa2+ 流入を起こすため、IP3Rの欠損によってGABAB受容体の活性が見掛け上抑制されるのは当然で、特のこの二つの受容体の間の相互作用を示すものではないと思われる。
(3)  阻害薬を利用してカルシニューリンの役割を示す実験を行ったが、この種の実験から得られる結果の解釈には(グループTの(1)で指摘したように) 慎重な姿勢が要求される。
(4)  初期胚におけるカルシウムシグナルの役割に関しては、関連する既報との相違点、この実験によって得られた新知見を強調して、独自性を明瞭に記述することが望ましい。
(5)  抑制性モノクローン抗体と恒常性活性型Gqα の変異体を用い、Ca2+ 動員の (抑制の) 程度と初期胚形成の異常の程度との相関を示す説得力あるデーターが提示されており、優れた成果である。
(6)  IP3/Ca2+ 系が体軸決定において腹側化シグナルであるという結論を受けてIP3Rの上流と下流のシグナルを同定しようとしたものである。しかしながら現状では得られた結果は極めて混乱しており、評価の対象とするのもはばかられる。二三の問題点を指摘するにとどめたい。@IP3の上流がβまたはγタイプのPLC(ホスホリパーゼC)であることは周知の事実である。PLCβはGqまたはGi/oを介する受容体刺激によって活性化される。Gsαの関与は知られていない。Gsαがどのようにして上流であり得るのか。AG蛋白質βサブユニットという表現は誤り。このサブユニットは単独では存在しない。アデニル酸シクラーゼには現在10種ほどのサブユニットが知られているが、Aというサブタイプは聞いたことがない。BGs, GqはGi/o に比べて極めて微量にしか存在しない。生理的に作用するGβγはすべてGi/oに由来する。Gs, Gq 由来のGβγの作用で知られているのはGRKへの会合のみである。CβARKという表現は古すぎる。または特定の研究者の用語である。Gβγと会合するのは6種存在するGRK (G-protein-coupled receptor kinase) であって、βARKはその一つのサブタイプである。DGsと共役するβアドレナリン受容体がGqを介してCa2+を動員するのは少なくとも「教科書的事実」に反する。どのように説明するのか。E恒常的活性型Gqαの「感受性低下作用」とGβγの関与は明らかに矛盾する。どのように説明するのか。
 同じレベルで実験が行われているのであろうから、下流シグナルとしてのカルシニューリン/NF-AT系の関与は「強い示唆」ではなく単なる想像の域を出ないのではないか。カルシニューリンのIP3R調節因子としての可能性については既に指摘した。
2.3. グループV
 IP3Rや興奮性細胞のすべてに存在するはずの電位依存性カルシウムチャネルの遺伝子ノックアウトは、既述のように(Cre-LoxPの技法を用いて)「コンディショナルに」行われるべきであって、その実現は間近いものと思われる。カルシウムプローブcameleonの細胞内導入も期待される。いずれも今後の展開を期待したい。
3. 研究成果の科学技術への貢献およびその他の波及効果
 本プロジェクトは極めて総花的に散発的に新しい実験結果を求め、テーマが次々と拡大する方向に進行し、一つの主題を深め新しい概念を作り出すことにはほとんど無関心だったように見える。従って、豊富な研究資金を用いて開発された高価な装置、それを用いた新技法がいずれ他の研究グループによって活用されることによって類縁分野に貢献することを期待したい。同じく研究資金の活用によって人材の流動化に貢献したという波及効果は認められる。若い研究者が育成されたかどうかは、もう少し長い目で見る必要があろう。いずれにしても、本プロジェクトを遂行した総括責任者の超人的なエネルギーに心から敬意を表する。

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