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山元行動進化プロジェクト事後評価報告書
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評価委員 大島靖美(九州大学大学院 教授)
鍋島陽一(京都大学大学院 教授)
堀田凱樹(国立遺伝学研究所 所長)

 

1. 研究の内容
 動物の行動は遺伝情報に基づいて組み立てられている脳神経回路の「出力」である。その内容は多くの場合に合理的・合目的的であり、生命の生存維持や種の保存に役立つものである。これは進化の過程で、「適者生存」の原理によってより良い行動パターンを実現できる遺伝情報をもつ者が子孫を繁栄させた結果と考えられる。したがって、脳機能や動物行動を遺伝子レベルから進化的な観点を重視しつつ解析することは本質的で理にかなった研究方法である。このアプローチはとくに遺伝子の関与が直接的である「動物の本能行動」の解析に有効であることは、1960年代末から始まったショウジョウバエや線虫の研究で示された。むろん行動には学習や記憶のように生後の経験によって修飾される可塑的な側面もあり、遺伝子から行動を解析することに疑念をもつ研究者もある。しかし、学習等の機構も進化の過程で獲得されてきたものであることを考えれば「脳の可塑性も遺伝子で決められている」と考えられるから、その部分まで遺伝解析の対象となることも既に実証済みである。
 このような研究の流れは1970-1980年代に大いに発展したが、その過程で発見された神経系関連遺伝子の研究を分子レベルで行う動向が主力となり、90年代になると行動そのものの遺伝解析はやや下火となり、「神経分子生物学」全盛の時代となり現在に至っている。その中でこの山元行動進化プロジェクトは、もう一度原点に戻って遺伝学・分子生物学の蓄積があるショウジョウバエをとりあげ、とくに求婚行動などの本能行動の突然変異を多数分離して解析しようというものである。しかし80年代と異なるのは、トランスポゾンを利用したエンハンサートラップを利用し、効率的にクローニングや分子レベルの解析を行うように実験計画を立てたことと、分子生物学技術を応用して神経回路の可視化を行って脳内回路解析を行う手法を取り入れたこと、さらにハワイ産のショウジョウバエという異種のショウジョウバエの研究を組み合わせることによって行動の進化過程を研究するというあたらしいアプローチを行った。このようなまとまった研究がある程度以上の規模で行えたのはERATOのシステムならではのことである。
 以下に研究全体をこの3つの研究方向にわけてその内容を概観してみる。
1.1. 求婚行動変異体の同定とその原因遺伝子の解析
 この研究は70年代からS. Benzer, Y. Hotta, J. Hall らによって行われたのとほぼ同様の戦略を、トランスポゾンP因子挿入突然変異誘発法という新しい手法を取り入れて行ったものである。その結果、6個の遺伝子を新たに同定し、その分子解析を行った。かつての研究が、突然変異誘発薬剤を用いて点突然変異を発生させる手法であったのと比べると、新しい挿入突然変異誘発法はその後のクローニングや遺伝子構造の解析が迅速に行え、短期間に高い成果があげられたと言える。とくに多くのあたらしい遺伝子について、突然変異体への正常遺伝子の遺伝子導入によるレスキュー実験を行っており、原因遺伝子の同定に成功したことを直接的に証明する努力が行われたことはその努力を高く評価したい。
 上記の意味でこの研究方向は現在の行動遺伝学の主流である「神経系遺伝子の分子生物学」としては十分な成果を収めたものと思われるが、本来の目標であった「行動の解析」はまだ緒についた段階と言える。実際、行動と遺伝子の間はタンパク質と遺伝子の関係のような直接的なものではなく、神経系の発生分化と神経回路形成という複雑な過程が介在しているので、個々の遺伝子解析だけではその全貌に迫るのは難しい。この点は山元プロジェクトの責任というよりは、脳神経遺伝学の現状であるともいえよう。この種のプロジェクトを少し違う側面から繰返し実施して、本能行動の神経回路の全体像とその遺伝子支配を明らかにする地道な努力がさらに必要である。
  1.2. 脳内ニュ−ロンの同定と神経回路マップの作成
 上記の困難を克服する一つの有力なアプローチは動物行動の入力・統合・出力の神経回路を明らかにし、その形成過程や進化過程を遺伝子レベルから解析することである。本プロジェクトの第二の柱はこの研究方向であった。第一の柱が比較的クラシックなアプローチであったのに対して、本研究は現代の最先端を行くものであり、この柱をたてた事は本プロジェクトの先進性を物語っている。本研究では、ショウジョウバエの得意技であるエンハンサートラップ法で導入する遺伝子を巧みにデザインすることにより、脳内に多数あるニュ−ロンのうち特定のかぎられた数のサブセットのみを、細胞体から軸索まで全体を可視化しようとするものである。特に行動情報の統合に重要だと思われているキノコ体ニュ−ロンの一部についてその神経回路を明らかにした業績は高く評価できる。この研究は国際学会においても高く評価されている。
1.3. ハワイ産ショウジョウバエ固有種の行動関連遺伝子と脳の性分化
 この第三の柱は本プロジェクトにきわめてユニークなものである。ハワイのショウジョウバエはわれわれが通常の遺伝学実験に用いているキイロショウジョウバエとは異なる独自の固有な進化過程をたどったものである。それを用いた遺伝学実験はきわめて難しいが、キイロショウジョウバエで明らかにした遺伝子がハワイショウジョウバエでどのように進化しているかを分子生物学的に解析することができる。その解析により、ハワイにおけるショウジョウバエ群の進化の過程を明らかにできた成果は高く評価できる。とくに隔離環境下での進化過程を明らかにするにあたって、神経系や求婚行動などに関係する多数の基本的な核遺伝子のホモロジーをもとにした研究は少なく、本研究の独自性がいかんなく発揮されている。
 この研究を行うには、外国に「基地」をおいて共同研究することが必要である。いかにして実質的に国外の研究に研究費を与えるかの試金石であったのではないかと思う。このような海外での研究の重要性は十分に認識されているが、「国費」を海外に持ち出す実行上の困難面から文部省科研費でも苦労の多いところである。ERATOがこのようなプロジェクトを可能としたことに敬意を表したい。
2. 研究成果の状況
 研究成果は既に20編以上の原著論文としてまとめられており、さらに発表が続くと思われる。その他に多数の総説・著書・学会発表が行われており、この期間の成果としては十分に高い。何人かの外国人研究者にも訊ねてみたところ、特に第二の柱の研究成果はもっともホットなテーマであることもあって、多くの研究者がその内容まで知っていて賞賛の意見が多かった。
 また総括責任者を中心として一般市民への啓蒙活動も活発に行われた。特に「性行動の遺伝学」というテーマは市民の関心を高く引くもので、その科学的内容だけでなく、科学全般への興味を喚起する役割をはたしたと考える。
3. 研究成果の科学技術への貢献
 この種の研究は直ちに応用に結びつくというものではないが、本能行動・性行動などの遺伝子支配の一端を明らかにしたことは、ゲノム時代の研究の方向に一定の示唆を与えたものである。まだこの研究で発見された遺伝子研究の今後の発展を評価するには早すぎるが、今後さらにこのような研究を蓄積することによって、ヒトの行動や精神活動の理解、神経疾患の診断や治療に結びついていく可能性もある。また行動の基盤に皆が予想する以上に遺伝子の関与があることを明らかにしたことは、今後の精神科学の研究方向についても示唆を与えている。
 一方で、同性愛などの実験結果を安易にヒトの行動の理解に当てはめることには十分に慎重である必要がある。ショウジョウバエの性はあまり内分泌系の支配を受けないで細胞の遺伝子によって決定されるが、ヒトの性は核の遺伝子だけではなく、胎内および生後のホルモン環境の影響を強くうけるからである。一般啓蒙にあたってはこの点にも十分な「教育的配慮」を望みたい。
4. その他の波及効果
 本プロジェクトは上記のように大きく分けて3つの柱を融合的にすすめた点に特徴がある。それらは個々に個別研究として十分に良く計画されていて成果もあがっているが、それらを有機的に結んだ研究の組み立て方はきわめてユニークである。細かく見ればその達成度にはある程度の凸凹があることは否めないが、それぞれの個別研究だけではないまとまりがある点は成功したものと思う。当初は、ショウジョウバエ研究者仲間では、こうした研究の組み立て方はややちぐはぐではないかという危惧を感じたのも事実であるが、事後になって考えてみると、個々の柱の長所と弱点がよくカバーしあって、一つのまとまりのある研究プロジェクトとなっていることに感心させられた。ERATOのような大規模研究では単に個別研究を水増ししたような形よりも、このプロジェクトのようにあたらしい切り口で研究グループを構成することの意味を示していると思う。今後のプロジェクトを立てる場合の一つのひな型となるのではないだろうか。


This page updated on August 6, 2001
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