レポート

サイエンスアゴラ2016
ダイバーシティ推進室出展企画 ワークショップ
違和感が世界を変える-科学におけるマイノリティのススメ 開催レポート

  • 11月5日13:30~15:30
  • 日本科学未来館 7階第一会議室

 科学の始まりは全て「当たり前への疑問」から始まっている-つまり、「当たり前への疑問」を抱く視点を持っているであろう「マイノリティ」をキーワードにワークショップを開催した。今回はマイノリティを「多数派・主流派との違いを自覚でき、現状の当たり前に居心地の悪さを感じる人」と定義し、これに合致する参加者を募集するなど、従来とは違う切り口のワークショップとなった。岡山大学大学院狩野光伸教授の全体ファシリテーションのもと、日本IBM浅川智恵子IBMフェローとJST吉川弘之特別顧問の基調講演ののち、参加者による討議を行った。

 14才の時に失明、後天的に障がいを持つことになった浅川さんだが、「目が見えなくてもこれを何かのきっかけにして自分にしかできない人生を拓いてゆきたい」と盲学校への進学を決めたという。これを彼女は「自分自身が違和感を受け入れることで人生が拓けた」と表現する。点字の本が限られていること、一人で移動できないことなど、失明により今まで意識せずに出来ていたことが出来なくなったが、これを受け入れることが後にIBMで開発したHP読み上げソフト「ホームページリーダー」などのイノベーションに繋がり、彼女の研究成果となった。いわゆる健常者から見れば目が見えないことは欠落と取られがちであるが、実は技術利用により視力を持たずとも色々なことが可能になっている。一人で調理を行い、スポーツを楽しむ姿、また、味覚や嗅覚が非常に優れているという例や速聴能力が非常に高い(彼らは通常の2~3倍の速さの音読を理解する)という例が動画で紹介され、当事者以外には思いもよらなかった人間の能力の可能性が示された。その上で、浅川さんはこう説く。障がい者、LGBT、老人等をはじめ考え方や感じ方含む様々なマイノリティの力を活用し、ダイバーシティの壁を取り除くこと、そしてインクルーシブかつ公平に競い合えることで様々なスキルを活用出来ることになる。そしてそれができない集団はマイノリティのみならず、マジョリティを含めた様々な力を本当に活用することは出来ない」と。最後は朗らかに”Diversity is your advantage.”と締めくくった。

 JST顧問吉川弘之さんは「設計学はマイノリティ」と題し、研究者と社会のあり方、ご自身が歩まれてきた一般設計学の提唱に至る試行錯誤と思索、その後の展開について、ご自身の描かれたイラストを交えて時にはユーモアを交えながら「マイノリティ」としての道のりを振り返った。
 吉川さんの提唱した「設計学」とは、研究開発の成果が社会に実装されるまでのギャップを埋めるためのもので、そのプロセスには多様なディシプリン(専門分野)の集合知が欠かせない。もちろんそれは従来のマジョリティである、自分の専門の中で論文を書き学術雑誌に発表する分野別の専門家集団たちを否定するものではなく、他の分野と社会全体に対してアプローチを行う分野を超えた科学者たちとどちらも不可欠であると説いた。こうした「分野を超えた科学者たち」は一見するとマイノリティであるが、彼らの持つ多様で偏りのない視点と集合知が専門家集団の科学者たちの発見を更に生産性の高いものに出来るとし、知識の共有、多様な集合知の重要性を訴えてきた。こうした考えには国際社会からも具体的なアプローチが始まっており、2015年に掲げられたSDGsの目標17項目はまさに設計学がより重要な役割を果たすことになるとして、マイノリティの力が大きく発揮されるであろう設計学の存在感に大きな期待を寄せた。

 今回は急遽予定を変更し、講演後に質疑応答の場面を設けた。質疑には、健常者の速聴の可能性から実際に弱視の方の経験談、また、小学校六年生の素朴ながらも本質的な疑問も飛び出し、HP読み上げソフトに関する新しいイノベーションのアイデアや、今後の日本の大学の学部間の連携の重要性の再確認など、実りある時間となった。

 その後のグループ討議も各テーブルで非常に活発な議論が沸き起こり、

  • ① 大人になってからマイノリティマジョリティと分けられるよりも、もっと小さい頃から多様な考えがあることを知ることが大事。
  • ② 場や社会が変わればマイノリティ(とされるもの)も変わる。マイノリティは多様。一歩出て共有することが大事。
  • ③ マイノリティということで逆境に立ち向かってきた強さを持っている。
  • ④ 今後もこうした枠組みの集まりを拡大してゆくべき 

等、非常に前向きに「マイノリティ」を捉えた意見が続出した。それと共に改めて「マイノリティ」とされるものが社会・環境・年代やコミュニティ、そして主観により実に多彩であることが、討議の中で明らかになったという意見も多く見られた。

「マイノリティ」という言葉を従来とは違う独自の定義で展開した今回のワークショップは、アンケートで7割弱(68.2%)が「期待以上に参考になった」と回答、また、「前に進む内容だった」「多様性を考えるきっかけになった」「融合の大切さを知った」など一様に「自身の持つマイノリティ要素」を前向きに捉え直す反応が集まった。終了後も多くの参加者が歓談する輪が残り、マイノリティ同士の対話から始まる新しい融合の可能性を感じさせる会となった。