サイエンスアゴラ2016 開幕・閉幕セッション 開催報告

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  • 開幕セッション
    つくろう、科学とともにある社会

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English

開催概要

  • 日時:2016年11月3日(木・祝)13:30~17:00(アフタートーク17:00-17:30)
  • 会場:東京国際交流館 3階 国際交流会議場
  • 企画提供:科学技術振興機構

詳細

登壇者

<第一部>

  • 濵口 道成 科学技術振興機構(JST) 理事長
  • ラッシュ・D・ホルト 米国科学振興協会(AAAS) CEO
  • 南場 智子 株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA) 取締役会長
  • 橘 慶一郎 復興庁 復興副大臣
  • 進藤 秀夫 内閣府 大臣官房審議官(科学技術・イノベーション担当)
  • 神代 浩 文部科学省 科学技術・学術政策局科学技術・学術総括官
  • 須藤 亮 日本経済団体連合会 未来産業・技術委員会 企画部会長/株式会社東芝 技術シニアフェロー
  • 相原 博昭 日本学術会議 第三部部長

<第二部>

  • 大浦 葉子 福島県立福島高等学校 3年
  • 遠藤 瞭 福島県立ふたば未来学園高等学校 1年
  • 中武 聖 熊本県立宇土高等学校 2年
  • アシル・アハメッド 九州大学大学院システム情報科学研究院 准教授
  • 藤田 壮 国立環境研究所 社会環境システム研究センター センター長
  • 南 砂 読売新聞東京本社 取締役調査研究本部長
  • 橋本 和仁 内閣府 総合科学技術・イノベーション会議 非常勤議員
  • 橘 慶一郎 復興庁 復興副大臣
  • 大鹿 行宏 復興庁 審議官(フロア臨席)

概要

11年目を迎えたサイエンスアゴラの目指すビジョンを示す本セッションでは、第一部で、AAAS CEOラッシュ・D・ホルト氏とDeNA 取締役会長 南場智子氏による基調講演が行われ、来賓による挨拶の後、濵口理事長より開会宣言が告げられました。つづく第二部では、「復興後の未来に向かって―高校生と考える震災復興5年」と題し、先の大震災で経験し、学んできたことや、残された課題について考える場として、高校生を主役に、研究者やジャーナリストとともにパネル討論が行われました。高校生の発言を受け止めながら、科学技術をめぐるコミュニティのあり方、災害時の緊急情報の共有方法や科学と社会の関わり方、被災を乗り越え自分たちはこれから何をすれば良いのかなど、未来に向けた議論が行われました。

内容

●<第一部>基調講演と開幕宣言

開幕にあたり、JST 理事長の濵口氏より、主催者を代表して挨拶がありました。「アゴラとはギリシア語で広場を意味し、サイエンスアゴラは、年代やセクター、国境を越え、私たちがこれからどういう世界をつくっていくのか、どういう時代をどう生きていくのか、今どのような問題に直面しているかを、科学というキーワードを使って考え、対話する広場です」と説明。「社会を前進させるためには科学が必要であり、イノベーションには幅広い多様な人びとのアイデアが求められ、サイエンスアゴラの役割が11年前に比べてますます重要になっているのではないでしょうか」と述べました。またセッション後半で行われるパネル討論について、「被災した高校生が科学に対してどういう思いを抱き、自分の将来に何を期待しているのか、深い体験に基づく意識で科学技術を見つめている彼ら彼女らの思いを共有したい」と語り、震災を経験して科学技術に対する信頼が大きく揺らいだ日本の現実も踏まえ、科学技術の発展をより幅広い人たちの幸福にどのようにつなげるかの観点が非常に重要であることを指摘。2015年9月の国連サミットで採択された国際目標である「持続可能な開発目標(SDGs)」にも言及し、「現代の課題の多くは国境を越えて起きている問題であり、単独の国では解決不能な事態に入ってきています。その中で、科学者や科学技術に関わる者が、どのように生きていくべきかをもっと深く議論し、その成果を日常の行動や日々の実践の中へどう溶かし込むのか、それを考える上でも、サイエンスアゴラは重要なイベントです」と挨拶を締めくくりました。


画像:講演者
濵口道成氏


基調講演の二人が注目した科学研究と社会の間の課題

AAAS CEOのホルト氏は、教育者、科学者、政策立案者という自らが辿った経験をもとに、「Building relationships between science and society」というタイトルで講演を行いました。サイエンスアゴラは希少なイベントであり、重要かつ必要な場であると評価した上で、科学と社会の関係について、主に二つの観点で話がありました。

初めに、「科学と社会のギャップ」について言及がなされ、イタリアのラクイラ地震(2009年)をめぐる科学者に対する訴訟事件や、日本での震災後の科学への信頼低下などを例に、「一般市民と科学者との意識には隔たりが広がっており、一般の人は科学が重要であることは分かっていても、自分には関わりがないものと考えています。一方で、『科学者の側も自身の研究の説明を充分に尽くしてはいない』と考える人が多いのではないでしょうか」と述べました。また、自らが率いるAAASの活動について、「科学への信頼の源になろうと努めており、科学教育、科学・工学に関する国際協力、科学及び技術の政策に関わる多様な計画の提言も行っています。科学者と一般の人たちとのコミュニケーションを促進し、科学に関する知識を深められるようなコミュニケーションに努めています」と語りました。

次に、「科学的方法の有効性」について、「科学とは、問いを発し、エビデンス(証拠)をもとに答え、理解を深める行為であり、透明性があり、誰にでも検証できる開かれた取り組みである」とし、「それゆえ信頼できるのです」と強調しました。一方で、「科学者は研究に没頭しすぎて社会に対する説明が不十分になることもあります。一般の人びとももっと科学者に対して、『あなたの解決しようとしている問いとは何か? その研究のエビデンスとは何か? 人びとにとってなぜその研究が重要なのか?』を尋ねるべきです」と述べ、「エビデンスに基づくという科学の姿勢は、公共政策の全てに必要であり、その科学的思考法は誰にでも習得できるものです」と付け加えました。また、「日本の科学技術基本計画を、研究機関に研究費を配分するだけのものに終わらせてはなりません。この計画を社会・経済の発展に役立てるためには、一般の人びとが、科学を自分たちのものとして考え、エビデンスに基づく理解は自分たちの義務であり、特権でもあると考えられるようにしなければならないでしょう」と述べ、講演を締めくくりました。

→関連記事
Science Portal「社会・経済発展のために人々が“科学は自分たちのもの”と考えられる世界を」
http://scienceportal.jst.go.jp/columns/highlight/20161111_01.html


画像:講演者
ラッシュ・D・ホルト氏


DeNA 取締役会長 南場氏は、「『産学連携』...言うは易し...」というタイトルで、個人の体験をもとに、科学の成果を事業化する際のさまざまな困難とやりがいを語りました。南場氏が科学に関心を持ったのは、家族の突然の病気がきっかけだったそうです。「なぜ自分は家族を病気にしてしまったのだろう」という言葉が浮かび、病気の原因や治療法を自ら調べるうちに、「日本の医療を“シックケアからヘルスケアに転換”する必要性」を感じたと言います。そしてヘルスケアを進めるためには、「自分のカラダの設計図(遺伝子)を知った上で、自らが主人公となり、意思決定のできる社会をつくることが大事」であると考え、遺伝子検査サービスの事業を展開したと、その経緯を語りました。

実際の産学連携の取り組みでは、研究成果を社会に還元してこそ真の研究であると考える研究者と出会い、協力を得て事業の立ち上げに邁進しますが、その過程で産学連携に立ちはだかるいくつもの障壁にぶつかった体験が語られました。“営利主義”への根強い拒絶反応や異なる“手順”による相互不信で本当に心が折れそうになる逆風の中、数々の困難を乗り越えられた成功のカギは、ビジョンの共有、周囲の言動に動じない研究者の強い姿勢やブリッジ役を担える人材の存在、そして大学と企業によるチームの相互理解だったと語り、「産学連携とよく言われますが、形だけではなく、お互いに信頼し合いリスペクトし合うことが大切です。私たちは通信技術やAIを使って社会を変革するチェンジエージェントでありたいと考えています。今回の経験を糧に、今後も研究者と協力しながら事業にして取り組んでいきたい」と意欲を語りました。


画像:講演者
南場智子氏


画像:講演者
基調講演を受けた対話の様子。「仕事をする上で大切にしていることは?」との濵口氏の質問に、南場氏は、「目指す頂を明確に決め、一つ一つの意思決定が本当にその目指す頂に向かっているかどうか確認すること、私がくよくよしてしまうタイプだからこそ、チームのために、一度下した意思決定はそれが良かったと言えるようにがんばることも大事にしています」と答え、ホルト氏は、「AAASの使命は世界中の科学・工学・イノベーションをすべての人の便益のために前進させること。科学に対する信頼の低下を止め、より良い社会のために科学と社会をつなごうと日々取り組んでいます」と、両者の思いが交わされました。


第一部の最後に、復興庁 復興副大臣の橘氏、内閣府 大臣官房審議官(科学技術・イノベーション担当)の進藤氏、文部科学省 科学技術・学術政策局科学技術・学術総括官の神代氏、日本経済団体連合会 未来産業・技術委員会 企画部会長/株式会社東芝 技術シニアフェローの須藤氏、日本学術会議 第三部部長の相原氏がそれぞれ登壇し、各々が見ている科学と社会の課題と、サイエンスアゴラへの期待の言葉を述べました。その後、濵口氏が開会を宣言。サイエンスアゴラ2016が幕を開けました。

●<第二部>高校生と研究者、ジャーナリストの対話

第二部では、東日本大震災、熊本地震で被災した高校生3人が登壇し、研究者、ジャーナリストが加わり、震災から何を学び、残された課題は何かを語るパネル討論が行われました。はじめに、登壇者のショートプレゼンテーションが行われた後、モデレーターの橋本氏が「今日の主役は高校生です。タイトルの通り、高校生の話を受け止めながらみなさんと一緒にストーリーを作っていきましょう」と呼びかけ、討論が始まりました。


画像:講演者
司会の橋本和仁氏(左)と高校生。
左より大浦葉子さん、遠藤 瞭さん、中武 聖さん


被災の体験から語られた災害に伴う情報インフラのあり方

「シンとした静けさの中で、突然の揺れに襲われた」と、熊本地震の体験をリアルに語ったのは、岩手と熊本で二度も大きな震災を経験した高校2年生の中武さんでした。熊本地震が起きたのは夜の9時。ちょうど勉強中で、緊急地震速報を受け取れぬまま強い揺れを感じたと語り、その恐怖から、「テレビやラジオをつけていなくても地震速報を受け取れる方法があると良いと思います」と発言しました。情報通信技術を研究するアハメッド氏は、災害時は、電気などの生活基盤の前提が崩れてしまうと説明、「時には最先端技術よりも、途上国で使われている警報(サイレン)が役立つこともある」と、災害時の情報インフラのあり方を示唆しました。中武さんは、「自分がスマートフォンを持ったのは最近のことで、家族も情報弱者でした。サイレンは原始的だけど画期的、技術は組み合わせが重要ですね」と、経験したからこその感想を口にしました。

小規模分散型のエネルギー拠点開発を福島県で進めている藤田氏は、ショートプレゼンテーションで、情報技術は着実に進化したが、使えない人が生まれている現実を踏まえ、「もう一度情報というものを捉え直し、個人任せの財産ではなく、道路や橋と同様に社会インフラとして強化を図る部分は強化するなど、社会イノベーションによって整えていく対応が必要でしょう」と語りました。その内容に関係し、福島県大熊町で被災した高校1年生の遠藤さんは、「大熊町では、未だふるさとに戻れない住民のコミュニケーションを促すためにWi-Fi とタブレットを配布していますが、年配の方が使えているのか疑問です」と、最新技術と情報弱者の接点の難しさを指摘しました。

さらに、遠藤さんは2011年3月12日、震災の翌日に大熊町から避難したことを思い起こし、「ほとんどの人は、なぜ逃げるのか分からない中での避難でした」と当時を振り返りました。当時小学生だった遠藤さんも、「原発で働く父となぜ一緒に避難できないのか分からず、とても不安で、科学技術との間に大きな距離を感じた」といいます。行動の判断基準となる情報の重要性を体験し、「“知っていること”と“知らないこと”の違い」と、さらには「残された課題を“知ろうとすること”の大切さ」に注目し、「原発、廃炉についての情報は、一般の人にとってむしろ知らない方が不安にならないのかもしれませんが、大熊町の住民からすると、情報が分からないと、東電などに示された案にただ首を縦に振ることしかできない状況に陥ってしまうので、積極的に知ろうとしていくことが必要ではないかと思います」と語りました。


パネルディスカッションの様子
パネルディスカッションの様子。右側の3人は、右より、南 砂氏、藤田 壮氏、アシル・アハメッド氏


科学技術の恩恵を平等に享受できない格差を減らすために

福島県浜通りで被災した高校3年生の大浦さんは、地元の医療が充分に行き届いていない現実を紹介し、「これからますます高齢者のための医療が大切になると思います。将来は故郷で、どこに住んでいても誰に対しても平等な医療を実現したい」と語りました。長年日本の医療現場を新聞記者として取材してきた南氏は、「平等な医療は日本の医療の大きな課題です。地域の偏在と、診療科目の偏在という問題があり、東北の地震は、もともと医療資源が乏しい地域に起こってしまいました。津波では、緊急医療援助隊はなすすべもなく、津波が去った後の被災地では、命をつなぐための医療が奪われました。20世紀の後半、日本の医療の最先端の現場では、ひたすら高度医療技術を追ってきて、地域医療を少し忘れ去っていた部分があります。高度に進歩した医療技術が地域医療にも波及していきますので、どちらか一方だけでよいということはありません。このように、高校生に地域医療に注目していただくのは本当に嬉しいですし、これからも被災地から医療を担う方がたくさん出てきてほしいです」とエールを送りました。

その後、フロアの濵口氏から高校生に対して、「10年後にあなたたちは何をし、どこで何をやっているのだろうか。それを実現するためには今何が必要だろうか」という問いが投げかけられました。大浦さんはその問いを受け、「地元の病院で医師として働きたい、地元の復興のために地元の担い手となりたいです。また、医療の地域格差をなくすために、地域の病院にも最先端の医療を導入してほしいと思っています」と語りました。遠藤さんは、将来は原子力工学を学び、放射性廃棄物の減量化の研究をしたいと語り、廃炉作業の現場で働く人びとの姿から、「若者がそれを担っていけば作業が進展していくと思う」と意気込みを述べました。また、中武さんは、将来は災害時などで人の役に立つ医療分野で働くことを望んでおり、「理系文系を分けずに総合的に見る力をこれから自分の中で鍛えていきたいとすごく思います」と語りました。未来の夢を語る高校生3人の姿に対して、司会の橋本氏は、2050年を生きる高校生たちの生の声の価値について「その情報を、行政、あるいは教育の中に入れていく必要があります。まさに対話が必要だということを改めて感じました」と語りました。

パネル討論後のショートコメントでは、復興副大臣橘氏が、「高校生のみなさんの将来に対するしっかりとした意見やふるさとへの想いは、この地域は続いていくだろうかと思っている人々にとって、何より心強いものでしょう。私はみなさんの10年後の姿が大変楽しみです。これからもぜひ頑張っていただきたいと思います」と感謝と期待の言葉を述べ、パネル討論は幕を閉じました。


画像:講演者
橘慶一郎氏


画像:講演者
開幕セッション終了後に行われたアフタートークの様子。一般参加者も加わり自由な対話が行われた。ホルト氏を囲んだ輪では、「自分の家族以外の人や、専門の人に経験を語る機会を通じて、もやもやした思いを形にできた気がします」と本セッションを振り返る高校生の中武さんに、ホルト氏が、「震災を経験し、その話をするのは大変だったと思うが、経験を共有してくださったことをとてもありがたく思っている」とお礼の言葉をかける場面もあり、終始和やかな対話が続きました。


【ライターのひとこと】
第一部、第二部を通して、科学と社会の間には多くの課題があることが明らかになったセッションでした。第一部の基調講演では、科学と社会の接点に横たわる問題点が浮き彫りになりました。ホルト氏が指摘した、科学者と一般市民の隔たり、科学的思考の重要性、そして南場氏が指摘した産業界と科学界の意識と作法のギャップ。これらの壁をいかに乗り越えていくかが社会と科学の新しい関係を築く上でカギであることが共有されました。第二部のパネル討論では、震災という非常事態が取り上げられましたが、非常事態であるからこそ普段見えない問題が明確になったという印象を受けました。大震災から学んだこと、残された課題の議論から、災害という緊急事態において私たちの生活の基盤である情報や医療などの社会インフラの危うさが再認識されました。最先端を追うだけでなく、さまざまな立場の人、多様な地域、多くの状況を想定し、全体的な視野で総合的に考えていくことの重要性が認識されました。今回挙がった課題を特定の問題とせずに取り組むことで、新しい価値観に基づく社会と科学の関係性を築けるものと感じました。


文責:大西 将徳(科学コミュニケーター)


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Science Portal「海外から見た日本の“震災復興5年”と被災地の若者が描く未来社会」
http://scienceportal.jst.go.jp/reports/other/20161116_01.html

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