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科学と社会の関係深化のために

インタビュー | 05
子供たちに、理科ではなく科学を伝えるには?

佐々木 清
福島県環境創造センター交流棟「コミュタン福島」教育ディレクター

イメージビジュアル
中学での授業のひとコマより。自作の除染モデル実験を行い、生徒と共に除染効果を考えた

福島県の中学校で長年教諭を務めてきた佐々木 清さんは、東京電力福島第一原子力発電所事故が発生した2011年を「放射線教育元年」と名付け、以来、「放射線教育で科学を学ぶ」ための授業のあり方を探ってきた。環境をモニタリングし、科学的に分析し、科学的に判断する、また、科学史や他の教科の視点を持って考える。そうした授業の集大成として16年春からは、7月に開設予定の福島県環境創造センターで、放射線教育のカリキュラム作りに励んでいる。そんな佐々木さんに、研究者の見ている科学の世界を子供たちにどうつなげばよいのか伺ってみた。

先生が子供たちと専門家を結ぶ橋になる

 ふだん私は福島の中学校で、理科の教員をしています。しかし、科学と社会の関わりまでは、正直、触れてこられなかったという反省があります。理科を日常生活に結びつけられなかったという反省です。

 都会には科学館があって、土日に行くことができますよね。最先端科学技術に触れる機会や科学者と語り合えるような場がたくさんあってうらやましいです。でも田舎にはそういう場が非常に少なくて、科学と社会が結びつきにくい。学校では、理科を教えることができても、科学をもとにして作られたテクノロジーについては、教えることができないのです。

 私が勤務していたのは郡山市の中学校でしたが、子供たちの放射線に対する関心はすごく低いと言われていました。専門家をお呼びして1時間半お話を伺っても、子供たちの関心は10分も持ちません。そこで、以前、東海村の日本原子力研究開発機構の方をお呼びしたときに、あらかじめ1つのお願いをしてみました。「お持ちの知識を伝えることも大事ですが、子供たちのリクエストに合わせたお話をしていただけないだろうか」というお願いです。

 子供たちからのリクエストは色々でした。すると本当にもったいない話なのですが、それらのリクエストに応えるために、1時間の学習会に5人もの専門家が来てくださったのです。このとき私は、全てをゲストにお任せするのではなく、先生は、子供たちの聞きたいことを橋渡しして伝える存在でなければならないと思いました。

 学習会の終了後、子供たちにお礼状の代わりに質問を書いてもらい、ゲストにファックスを送りました。子供たちのゲストに対する質問は120項目にものぼったのですが、先方ではそれを丁寧に分類して、1カ月後、なんと1つ1つの質問について、全て答えて返してくださったのです。それをきっかけにして、子供たちの放射線に対する勉強の仕方が変わりました。インターネットなどを使って“本当に”自分で調べるようになったのです。

 いただいた回答の中には専門的なものもありました。ですが、僕はそれで良いと思っています。たとえ難しくても、専門家や科学者に質問することで、科学的な興味関心が高まります。その意義は大きい。子供たちも、「現在の研究では、ここまで分かっている」と見えてくれば、「じゃあ、その後は僕がやろうかな」となるかもしれません。

 そんなふうに、先生が子供たちの意見を集約し、科学者などの専門家がその質問に答えてくれる仕組みが、他にももっとあると嬉しいですね。専門家が忙しければ、そのお弟子さんに応えていただいてもいいかもしれません。

隣と溶け合うコミュニケーション

 日本は縦割り社会の国です。専門家は教育者ではありませんし、教育者は専門家ではありません。専門家の世界も縦割り社会が強く、他の分野と話ができないのが現状ではないでしょうか。しかし、それでは科学のコミュニケーションは進展しません。

 韓国・ソウルの市長は、市民運動の元リーダーなのですが、大衆に向けて、今の政権に対する市民の考えを国の政策に反映させたいと語りました。日本では、そのように意志を表示し、多くの人びとの意向をひとつに統合していくことがしにくいと感じます。でも、もしかしたら、原発事故の問題にしても、例えば学校の理科の先生と社会の先生、あるいは理系の科学者と社会学者など、縦割りになっている人たちが結びついて一生懸命にやれば、国の政策が変わるかもしれません。

 原発事故に遭った地元の方々が望んでいるのは、「解決」というより、「自分たちの話を聞いて欲しい」ということです。専門家と県民の隔たりをなくし、「腹を割って何回も意見を交換したい」と言っています。その願いを受け入れ、切り替えていかないと、信頼関係は築けないのではないでしょうか。専門家の方々が、国民に分かってもらえるようにPR(public relations)をして欲しい。子供たちはその姿を見て憧れ、きっと一所懸命に勉強すると思います。

 教員が専門的な分野に一歩踏み込み、専門家も教育の現場にもう一歩近づく。そうすれば「交わり」ができます。交わりができるようになれば、面白い展開になりそうです。一緒にやることで、何か問題が起こったときに解決に向けて力を合わせることができます。子供たちも、教員の中にはこういう人たちがいて、知識はこういうことにつながっていると分かれば、夢が広がるのではないでしょうか。

「知識を教える」のではなく「興味に応える」

 僕は中学で、教科書で扱わない発展内容の授業を、1学期に1~2回ぐらい行ってきました。教科書では「知識」を教えますが、子供は知識を覚えても、それ以上発展しません。これらの授業では、子供たちにあらかじめ何について知りたいのかの要望を聞くことにしていました。「僕たち、これが知りたいよ、困っているよ」というリクエストに対して「じゃあ、取り上げるよ」と応えると、子供たちも期待しますし、先生も裏切れなくなります。子供たちが挙げた課題で授業を構成して進めると、子供たちが乗ってきて、僕以上に調べ始めます。

 実際の放射線授業では、1年目は、子供たちが「目の前の空間線量率が高い」と気にしていたので、それを授業の切り口にしました。2年目は、「除染活動」に焦点を当て、どこで除染の成果が上がっているのかを説明するために、子供たちに分かりやすいモデルを作って教えました。そして3年目は、「放射線による人体への影響」を取り扱い、特に健康面について、養護の先生と一緒に教えました。

 こちらがいくら熱くなって専門的な知識を羅列しても、子供たちは寝てしまいます。だから僕が教えたいことは半分に控えて子供たちの質問に応じるのです。教育の原点は、子供の課題を把握し、教えた知識と融合させながら課題解決していくことではないでしょうか。とはいえ実際は、どこでも受験対策で時間的余裕がなくて、手が回らないのが現状です。そんな中で僕は、「放射線教育だからこそできる」と考えました。

 2013年に福島第一原子力発電所の汚染水漏えい問題がありました。そのとき大人たちは汚水の原因を追求しました。自分もそうでした。ところが子供たちは、「原因の追及よりも、その事故が起こらないように安全性の技術を高めて欲しい」と言ったんです。子供たちの言葉は直球です。その言葉は僕を振り出しに戻してくれました。もしも、このときの放射線教育の経験がなかったならば、僕は最後まで自分のペースで授業を組み立てていたことでしょう。

 大人は1週間後までのことを一生懸命考えていますが、1カ月後、1年後の目標や夢はだんだん崩れていってしまいます。考え続ける時間がないですからね。それに対して子供たちは、忘れかけた目標や夢を蘇らせてくれます。「日本学生科学賞」中央審査会に行く機会がありましたが、そこでの中学生や高校生の発表や主張を聞くと、とても楽しくなります。

 インターネットで、子供たちの興味や主張をどんどん発信できる場があるといいと思います。立派な先生や科学者よりも、同級生がなぜあんなことを考えているのかということが、中学生にとって、すごいエネルギーになるのです。そういう場と機会が増えれば、子供たちがさらに輝いてくるのではないでしょうか。

授業に実験を取り入れる意義

 理科は知識だけでいいけれど、科学はテクノロジーがないと科学とは言えないと僕は受けとめています。頭のいい子の中に、実験をやりたがらない子がいます。彼らは実験しなくてもテストで100点を取ってしまいます。実験すると、手先が器用でない子は実験操作で悩んでしまうのですが、僕は悩ませてちょうど良いと思います。

 実験をしながら、「ここでは理科でなくて科学を教えるからね」と、子供たちによく話しました。「理科は知識だけでいいかもしれないけれど、科学は実験で実証しないと科学ではないからね。実験できるような技術(テクノロジー)を持たなくてはいけない」と。そして実験レポートをきちっと書かせました。

 悩みながらのテクノロジーでなければ、例えばいくらコンピュータがあっても次に発展させることができません。実験をして、自分で悩み、そして成功した喜びを経験してもらうのです。その結果、科学技術が大切になってきます。このようにして「科学を味わい楽しんで欲しい」、それが僕の夢です。

 現在のような理科教育になっている原因は、入試の影響です。入試に向けて教科書の内容だけに収まってしまっているので、理科だけでも間に合います。もしも入試問題に、理科の知識をもとに日常生活における現実の科学の問題を出題するようになれば、子供たちや先生方、そして保護者の皆さんも変わるはずです。

 今までの理科の授業では、相手を説得して納得してもらう必要もないと思います。しかし実験を通して子供たちは、「隣の子より高い点数をとる」よりも、話し合い、活動をして、科学的な考え方を身につけ、世界観の幅を広げることのほうがずっと大事であると気づくでしょう。ぜひ実験・考察を取り入れて、その段階では、話し合いながら、互いに悩み合い、そして自ら課題を解決する、子供たちにはそんな“本当の科学コミュニケーション”をしてもらいたいですね。

佐々木 清(ささき・きよし) 佐々木 清(ささき・きよし)
1956年生まれ。80年福島大学卒業後、2016年3月まで中学校教諭として勤務。主な活動に、河川環境調査および環境保全活動。福島第一原子力発電所事故後、内閣府原子力委員会に複数回招聘されリスクコミュニケーションに関する議論に参加。2016年4月からは福島県の要請により、7月下旬開設予定の福島県環境創造センター交流棟「コミュタン福島」の教育ディレクターとして、放射線教育のプログラム開発に携わっている。編著に、『中学校新学習指導要領の展開』(明治図書)。

■ 関連情報
福島県環境創造センター整備推進室
NPO法人 理科カリキュラムを考える会「アクティブラーニングで学ぶ放射線教育」シンポジウム11日午後分科会1(映像あり)
「Isotope News」(2014年2月号 No.718)より「郡山市における中学校の放射線授業実践事例」
「生徒が主役の放射線教育3年間の歩み」(学校図書「教科研究 中学校理科」no.198)より

  • テキスト:都丸亜希子