82. 圧勝

突然仕掛けられた夏の陣に民主党は惨敗し、再生を若き代表、前原氏に賭ける。衆議院選は小泉総裁の土俵に完全に引きずり込まれ、記録的な勝利を許した。特別国会での前原民主の逆襲が空回りにならないことを期待する。前原氏は、松下電器の創業者の松下幸之助が晩年日本の将来をになう政治家を生み出したいとの思いで作った松下政経塾の塾生であったとのことであり、松下のOBとしてはエールを送りたくなるのである。

選挙に限らず、スポーツ、戦争、研究、ビジネスなどの競争においても圧勝劇は時に起こる。しかし、その頻度は決して高くない。基礎研究の出口論が最近強まってきているが、底辺にある漠然とした社会の期待は基礎研究から生まれた成果が世の中に出されて、それに対価を払う人たちがいて、それによって好ましくは利益が生み出されて、その利益の一部が税金となって、次の基礎研究を支えていくという好循環ループがいくつも出てきてほしいということを理想像として描いているのであろう。基礎研究とビジネスの間にはよく言われる死の谷があって、期待され、注目された成果が死屍累々、この問題の克服に向けての議論や、マネージメントの変革や、試行が広がっておることは望ましい方向であるが、容易に決着する問題ではない。それは現実を知れば理解できると言うものである。たとえば、ビジネスにおける圧勝についてであるが、筆者も30数年、企業において技術開発に携わってきたが、開発した商品がビジネスにおいて圧勝となったのはたったの一回きり(デジタルビデオ用の蒸着磁気テープ)である。それでも恵まれた部類で、圧勝劇を経験することなく定年を迎える社員が大多数なのである。

蒸着テープについてはこれまでもエピソードをいくつも紹介してきたように成功事例の典型とはいえない。結果的に、何をやるかとどうやるかにおいてきわめて例外的だった。ほかに、比較的身近で見てきた圧勝劇として、家庭用ビデオレコーダーのVHSがベータを駆逐した例が挙げられる。最近ではアップルの携帯音楽プレーヤー(iPod)の圧勝劇(にはまさに、あっ衝撃!!であった)である。「落としても壊れない 超小型大容量ハードデイスク」の開発が定年前の後輩たちとの仕事であったので、アップルしてやったりと思う反面、悔しさもひとしおであった。数年前から、ラスベガスで毎年行われている電子機器や、情報機器のショーで、MP3という信号を圧縮し、パソコンであれこれ細工しやすくしたソフトウエアも実演されていたし、ハードデイスクに、音楽や映像を記録再生することもくりかえしデモンストレーション展示されてきた。ハードデイスクを映像記録に使う技術は完全に定着している中でのアイポッド騒ぎである。音楽は映像に比べて情報量が少ないから、ギガバイトも容量があると普通にCDを楽しんでいる人が全曲を入れても空席だらけである。だから、アイポッドをやろうとすると「そんなに音楽を入れて外に持ち出して何がうれしいのか?」といわれて、商品が世に出てこなかったところでネットから好きな曲を片っ端から、がんがんダウンロードできるような仕掛けもしたうえでのことではあるといっても、結果はアップルの独走なのである。いつの世にも、どんなところにも「そんなに音楽を入れて・・・・・・・」という人は必ずいるのである[このような抵抗勢力に打ち勝つのは、夢(志)しかない!]。

ビジネスの圧勝は、蒸着テープも技術だけが突出していたから成功したわけではないし、VHSはソニーの提案したベータに技術では劣ると言われていた(VHS技術陣にはこの点で当然異論はあった)し、アイポッドも主要な技術要素はアップルが開発したものは少ないなど、といったことから共通的に結論付けられるように、圧勝劇の主役は必ずしも技術とは言いがたいのである。このアナロジーで言えば、優れた、インパクトの強い基礎研究の成果が、シリコンテクノロジーを生み出し、一大産業を興したのはまさにレアケースであって、基礎研究の成果がいくら強力でも、それがビジネスの圧勝に直結するかどうかは別因子だという気がしてならない。

そもそも基礎研究の本質の部分は知的好奇心を満たそうとする活動であるから、とくにサイエンスよりのテクノロジーの優れた、インパクトの強い研究成果は、出口にいたる確率論でストレートに扱うほうがむしろ危険なように思う。とはいうものの、人間は期待される方が元気になるのも確かであるから、基礎研究に夢中になって走り回っている研究者に、あなたの研究は将来こんな形で世の中に影響を与えるであろうとか、こんな製品につながる可能性が高いとかささやいてあげるのはお互いにメリットのあることである。さまざまな分野の基礎研究の中にあって、ナノテクノロジーの基礎研究は、分野横断の幅がこれまでなかった広さを持っていることから期待過剰である気がしている。基礎研究も、ビジネスもしくじったと思うことのほうが多いのである。ショックレーやバーデイーンたちの、ベル研究所での基礎研究が今日の半導体産業に生きたことも事実であるが、むしろ力になったのは真空管で組み立てる電子機器の限界を感じ、固体素子で真空管の機能を実現したいとの思いが、研究から、事業までのそれぞれの現場に強く息づいていたということの方が大きな推進力だったのではなかったかと思う。基礎研究を進める上で、社会との関連を思うことは良いことであるが、行き過ぎて研究者の夢が曲げられないようにはしたいものである。

夢に向かって(その夢が理解されようが、されまいが)誇りを持って突き進む大人がいることは、必ずや未来の担い手の子供らに計り知れない良い影響を与える、これも極めて大事にしないといけないことである。

(ここでは、ビジネスでの圧勝と、世の中の役に立つことを細かな考察抜きで等価として扱っている)

 



                              篠原 紘一(2005.9.26)

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