81. 梶村語録(4)

  昨年の10月に領域の研究成果の一部を公開シンポジュームで紹介した。
その際作製した発表要旨集の巻末に、56のごろくを載せた。いろんな方から反響があった。そこで少しずつ紹介を始めたがコラム67(2005.2.10)からはや半年が過ぎてしまっている。このペースでは終わりが見えない。ならば研究者、技術者に一度丸ごと紹介して、一刻も早く元気を増やしていただく種にしていただいたほうが良いと判断し、ここに紹介することにした。よくかみ締めて役立てていただければ幸いである。

語録採録

研究の世界に身を投じて世界を相手に競争している日々。研究は生き物であるから、研究者のおかれる状況は刻々変わっていく。その過程で、研究の世界の先輩が語る言葉に触発されることも多い。時に応じて発せられた「梶村語録」を、研究者としてさらに成長されることに役立てていただけるであろうとの思いから、梶村皓二研究総括に承諾をいただいて整理したものです。(技術参事 篠原紘一)2004.10.

1)     研究者の青春は決して長くない。興味だけで突っ走っていいのか?欲しかった実験装置が買える状況になったからといって、条件反射的に買っていいのか?:人生、研究、恋愛などなどピークが重なる・・・・・そこから、ひとつ去り、二つなくなり始めるとあっという間に研究の青春もかげる。

2)     逆説的な言い方かもしれないが、お金がなければ研究が進まないということでもない。競争的資金が競争力を保証するものでもない。プレッシャーであり、ディスターブであるということもあって、お金に恵まれなくてもじっくり、価値のある研究をすることだってできる。

3)     研究している過程で思わぬ発見に恵まれることは科学の世界ではよくある。が、ある構想の実現に時限つきで挑戦する場合は、何をとるか(何をやらないか・・・・これは消極的な意味ではなく、他と共同で進め、チームのパワーは新発見を追究していく方向ではしばらくセーブするなどやり方に工夫があるべきということ)はリーダーが決めること。

4)     領域を構えるということは、この世界をこう持っていきたいというメッセージである。

5)     実用化のベクトルをCRESTに持ち込むのは慎重にならざるを得ない。確実な実用化は既存のインフラにミートする科学技術を求めることになり、挑戦的であれ(?)ということと矛盾を生じやすい。

6)     5年のプロジェクト、前半の2年間位は「何してんの?」とは言わない方がいい。冒険大いに結構。

7)     皆それぞれ優秀な研究者だから、選ばれた人と選ばれなかった人の差は殆どないのに、選考結果が与える影響は大きい。どんな選考をしても「あんなのを選んで」といったことは必ず起こる。

8)     研究代表者は若くなくても、チームの若手がイキイキやってブレークしてくれるならそれもよし。

9)     研究者の話が難しいのは、自分と他人は違うという認識が殆どないことからきている。自分にわかることは他人にもわかると思ってしまうので、常識が違って見えているのだろう。しかし決してダメな人ではない。社会的な訓練が不十分なだけである。

10)  多くの研究者達にとってなくてはならない研究事務所を目指して、とにかく思い切ってやりましょう。

11)  この領域はデバイスへ向かわないと材料サイエンスで終わってしまう。だからといって実用デバイスと競争しても始まらない。この領域は何を目指すのか?今クリアでなくてもいいから発信し続けよう。発信し続けないと領域もクリアにならない。

12)  研究が実るのは、時の流れを味方にできた時。

13)  優秀な官僚の頭脳のすごさは並列処理できるということ。でも研究者の頭脳ではない。データも一流、考え方もたいしたもんだが、“とんでもない発想”は出て来ない。

14)  ノーベル賞級の仕事はいっぱいある。しかし本人の直接outputでなくても分野が開拓され、産業貢献につながるものもないと。2000億円投資に、1億円の特許収入のみでは国民もそれでよしとは言えなくなる。

15)  今出来ていること、(いずれ単なる延長では出来なくなるが)次に必ず要ることは何だろうか、そこに研究の照準が合えば、「ニーズがあれば工業化へ持っていける」といった研究とは違ってくる。

16)  ノンバイオがバイオを支えていくというのは、益々大切になっていく。

17)  Nature、Scienceに素晴らしい研究成果も載るが、自分の経験からいうと載るには特有のコツがあり、必ずしも科学技術の貢献と一致するものではない。Nature、Scienceを評価しすぎるのは危険だと感ずる。

18)  評価をどうするか?点数をつけると研究者が点取り虫になってしまう。

19)  どこがナノテクなのか?と意図的に繰り返し訊いている。それによって日本のナノテクノロジーが見えてくる。ナノテクの重点をどこにフォーカスしたらいいのかの議論も生まれる。超伝導はナノテクの代表例だが、一般の人にとっては特殊なことで(低温物理現象)ナノテクを啓蒙する格好の例にはならない。

20)  日本も捨てたもんじゃないが、戦略が弱いのが気がかり。

21)  研究の装置依存度が高くなりすぎるのは如何なものか?発見のインパクトは装置に依存するとは限らない。

22)  音楽CDのように簡単な構造でも発明から産業まで7年程かかっている。ナノテクノロジーも一気に産業貢献を期待するのは無理がある。熱が冷めたときの取り組みが将来を決める。

23)  現役の研究者の時は成功の方程式があるに違いないと追い求めてきたが、今にして思うのは、成功があっても(普遍的な)成功の方程式はないということだ。

24)  基礎研究から生まれる特許の役割は?攻撃、防御、と普通考える。しかし産業を興す役割を担ったものもある。ベル研はトランジスタで儲からなかったが産業の発展はご存知の通りである。

25)  気になっているのは箱と道具は見えるので投資しやすいが、本当は人にもっとお金をかけないと・・・

26)  皆が皆ナノテクを同じようにやる必要があるのか、特に民間企業のgenkiの元はナノテク以外にもたくさんある。

27)  エンカレッジするというのは一緒に挑戦することであって、承認されたとかいうこととは違う。

28)  三年前にアメリカは何にでも「ナノ」をつけ始めた。日本は今その現象が遅れてでているだけなのは気がかり(02年7月)

29)  有機は早く有機系ゆえの良いデバイスの話を引っぱり出さないと、Siでいいじゃないかという声に押されてしまう。

30)  私は物理屋ですというのはコミュニティー内ではいいが、今の世の中が求めているのはそうではないんです。(社会に対して何が出来る、しようとしているかまで踏み出して欲しいと期待している)

31)  科学者はデバイス提案をするが、デバイス屋は提案を受けたとは思わない。どのようなデバイスを使えるのかが見えるところまで条件が揃っていないからである。だからといって、その条件を満たそうとすると、基礎研究のパワーでは難しいのが実態である。

32)  ただ「ナノ構造」が、関わっているだけではなく「ナノ構造」によって初めて出来るような特徴を生かすという視点が欲しい。

33)  研究総括の立場(役割)でモノを申し上げることもあるが、研究者の心は残っているので、研究のフリーダムだけは決して侵さない。

34)  自分の研究のポジションについてahead、behindをきちっと見るのは簡単なことではない。またいつもそのことばかりを気にかけている必要もない。

35)  基礎研究の成果は、STDを超えたアクティビティーについては表に出していくことと、なるべく広く伝えることに工夫するべきである。

36)  開拓者の苦労を背負う覚悟で夢を大いに語らないといけない。

37)  強引に設計図を描くようにはいかなくても、ゴールのイメージは描いておくこと。

38)  研究成果をはかる尺度のひとつは次の研究者がその上に立って仕事ができるかどうかである(辞書を創る)。その意味で画竜点睛を欠くことにならないようにしたい。

39)  仲良く元気に、は大事なことですが、緊張感がなくならないようにだけは留意したい。

40)  すべての人に厳しく接するわけではなく、timing vector が上向きの人に対して厳しく接するのは、それがその人にとって必ずプラスになると思うからだ

41)  CRESTの範囲で実用デバイスまでカバーするのは無理がある。出口としての期待は産業から見た将来のデバイスの芯になる技術の提案ではないか。一方基礎科学からは研究の新しい流れ(フィールド)が創られることであろう。

42)  研究成果を上げる上での資源として時間はみなに公平。資金は集中が起こっても限界がある。ダイナミックレンジが最も広いのは研究者自身の能力発揮である。

43)  デバイス指向を強く打ち出すと、コミュニティーの中でのトップデータが途端に色あせることが起こる。競争する相手が増えるからである。何を目指すかは常にしっかり語れるようであって欲しい。

44)  研究(実験)は、ほとんどがうまくいかないものだ。しかし何らかのフレーバー(あるいはテースト)を感じるとこでブレークすることもあり、研究者としてステップアップできる機会になる。

45)  クリントンのナノテクイニシャティブの話のすぐ後に高名なケミストが「何をいまさら。ナノなんて化学反応では当たり前」とぶった。一面正しいがもう一面にナノの真髄が隠されている。

46)  特許、論文ももちろん大事だが、「流れができる。研究の仲間が増えるトリガーになる。」成果にはそれ以外のメッセージも必要である。

47)  結果的に「役に立ちそう」な「役に立たない研究」に案外資金が手厚く投入されるもので、資金の投入に踊らされてはいけない。

48)  説明責任を果たすのは簡単なことではなく、いつも悩まされる。科学者のことばそのままでは行政に通じない。行政にわかるように言うと科学が時として捻じ曲がってしまう。

49)  最近の大型予算が認められる方向性の傾向として学問的価値以外の価値観が優勢になりつつある。資金に任せてプロジェクトをバラパラのまま進めていくと何が残せたか疑問になり、学問的価値も中途半端になる。結局一つ一つの答えをクリアに出していく進め方がいいのかもしれない。

50)  たしかにスピントロニクスは重要なテーマである。しかしスピンの自由度が増えたら何が御利益なのかの発想のところにオリジナリティーが欲しい。こういった疑問はナノテクノロジーのいたるところにある。

51)  リアルラボとバーチャルラボでは厳しい意見や判断といってもレベルは当然違ってくる。CRESTはその制度と精神の下で事務所も含め関係者が協力して成果が最大になるように進めるのがベストプラクティスである。

52)  新しい発想や融合を目指して気軽にいろいろな人へボールを投げてみたらどうか。一回投げて終わりではなくときには繰り返し投げることで道が拓けることがある。

53)  鳥を研究して飛行機を飛ばそうという方向は失敗した。エアロダイナミクスの研究から飛行機が設計できるようになり、逆に鳥が飛ぶ理屈もよりクリアになっていった。方法論も重要だといった例である。

54)  確かに可能性はいろいろある。でも「研究するならこれしかない!」ということを選びたい。いい仕事をした人たちの世界は「これしかない」との思い込みの世界だった。その世界にどうやってもっていくか。そのような人生を選びたいものである。

55)  いま何を優先するかと、問われれば「いい研究成果を早いスピードで、それだけですね」。

56)  科学は定性的記述で終わっては進歩がない。定量化と定式化が必要。ただし、計測データだけを積み重ねれば科学になるわけではない。






                              篠原 紘一(2005.9.9)

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