80. すり合わせ考

 テレビは、大型化とフラット薄型化が大きな流れになっている。
日本では住居のサイズが違うことから、アメリカのように安価なプロジェクションテレビははやらないものの、ここに来てそれでも大きな画面で迫力ある映像を楽しむ人が増えている。液晶とプラズマの戦いは棲み分け論も一時出てはいたが、今では熾烈な戦いに移行しつつあるようだ。

一年ほど前の話であるが東北の会社で、実に大きなガラス板をつまんで搬送しながら薄膜を、真空中で重ねていく機械の組み立てをしているところなどを見せてもらった。最近日本の製造力復活の方向性としても強調され、実際例として優れた経営実績を上げ続けているトヨタ自動車に見られるような、すり合わせとキーデバイス、部品の集積(クラスター)が競争力の源泉であるということを実感させられた見学となった。


筆者も素材メーカーとのすり合わせの重要性は、蒸着磁気テープの開発においていやと言うほど感じた覚えがある。最初は、蒸着磁気テープの開発が極秘プロジェクトと位置づけられていたため、磁気テープ用途の開発であることを明かさずに覚書を結んで開発を進めた。特殊コンデンサー用のフィルムの開発が必要であると言うことにしたため、要望が相手技術陣の納得を得られずに開発が迷走した。

テープとコンデンサーでは表面に関して要求する物性も大きく違う。蒸着磁気テープのプロジェクトは早くから、創業者の松下幸之助の関心を呼ぶこととなった。そのことからポリテイカルな統制が強まってしまったため、核心をはずした技術打ち合わせが続くこととなった。
オーデイオテープはまだしも、ビデオテープ用のフィルムの開発はこのままでは無理と判断し筆者は、上司を説得して、双方が納得づくでターゲットに向かう議論とチャレンジの場をつくっていった。
迷走は収まり、直近の課題解決と近未来の要望をバランスさせつつ進められるようになり、その良好な関係は事業化後の課題解決においても力になった。

あとで知ったことであるが、誰でもみな本音をぶつけ合って進めたいし、皆そうするのかと思ったが、メーカーによっては、技術打ち合わせをしても資材部門が仕切っていてピントが合わないといった関係もあったと言う。組織で仕事をすることは、それぞれの役割分担があるのであって、部門間の力関係が、その役割をひずませるようなことは避けなければならないことである。

たしかに、経営全体から見たときに、技術情報をブラックボックス化して競争優位を保とうとする方向は大事ではあるが、ローリスク、ハイリターンの世界を100%望むのには無理がある。特に先頭を走る場合はここのところのマネージメントが肝要であるし、かつ大変難しい。
もちろん、短期的にはコストが合わない状況であっても、経営者は先行開発投資としてその状況を容認することはあっても、赤字垂れ流しを認めるはずはない。と言うことは、素材メーカーとのすりあわせで、がちがちの囲い込みは通用しないのである。もちろん、大市場が育って、かつ寡占的な市場を作ってしまえば、かなりの囲い込みは可能であろうが、そこに持ち込むまでは、わずかな創業者利益があればそれでもよしとし、先端を切り開く経験を積むことである。それらは、後々新しいことに挑む企業風土の力の底上げに有効に作用していくからである。


理想的なすりあわせが生まれる条件は、お互いの本音での議論が共通の夢の実現でつながっていて、ギブ、アンド、テイクのバランスが少し長い目で見ればほぼ取れると言った関係が作れる、人と人の結びつきにある。これが、デバイス、部品などの開発事業化で筆者が試行錯誤の末に経験的に得た結論である。




                              篠原 紘一(2005.8.19)

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