76. 梶村語録(3)

「実用化のベクトルをCREST(注1)に持ち込むのは慎重にならざるを得ない。確実な実用化は既存のインフラにミートする科学技術を求めることになり、挑戦的であれということと矛盾を生じやすい。」

科学技術基本計画の第2期が今年度で終わり、来年度から第3期に入っていく。これまでの成果をレビューし、国際的な競争環境の変化への対応を考慮し、人材育成など好ましい方向性が重視される議論が進んでいる一方、大學の独立法人化や、それに先行して実施された国立研究機関の独立法人化と歩調を合わせて導入された評価制度が,基礎研究の位置づけに何らかの影響を与え始めていることが目に留まる。
ややあるべき姿が概念的であるためか、キーワードが共通的であると同時にそれを飾り立てる形容詞がこれまた類似しているように見える。
このことは国があるべき方向に力強く進み始めた証左と素直に取れないのは、キーワードとしての、個性尊重や多様化の受容が掲げられることと自己矛盾を起こしているように思えるからである。

目標管理ということになると当然のように、数値目標が提示される。目標を決めて進めることは大切であることはいうまでも無い。たとえば、産業技術総合研究所はこの4月から第2期の中期計画の運営に入った。機関の広報誌の「産総研 TODAY」のVOL5,No5に紹介されている中期計画の概要を見てみると、研究成果の創出と提供を高いレベルで達成するために、それぞれの実施項目ごとに具体的な達成目標を設定して取り組むとし、第1期との対比において第2期の目標が示されている。数値目標もあれば、相対的な前進を示す指標での表現など工夫の跡が見て取れるが、本来のミッションに対してロングレンジで国民が期待する成果に向かうものなのかどうかはわかったようでわからないといった側面もある。

これは常にこの手の議論について回る量と質の問題であり、すっきりした解の無い問題かもしれないものの、最も重要なあり方として望まれるのは、それぞれの階層においての好ましいバランスが取れていることではなかろうか。
産総研の母体になっている工業技術院最後の院長として国の研究機関の時代適合性を洞察し大きく舵を切ったベリートップとしてのバランス感覚が、ここで紹介した梶村語録の深層に潜んでいるように思える。ドラステイックに組織や運営方法に手を加えてもそこで仕事をする人たちの意識は不連続には変わりにくい。だからといってトップが明確な発信を続けない限り基礎研究の大半を担う大學や国の研究機関は社会との間で望まれる接点を創れないままになる。
社会に出口を求めていくことは重要であるが、そのことが単に実用化のみを考えていくことだとすると大まかに言っても、国費の無効電力が増えていってしまう。社会還元のルートは決して単一ではない。日本のみの特異性かどうかまったく知らないことであるが、新しい責任者が登場すると、「前任者の敷いた路線に沿って・・・・」といいつつもリセット(得意の水に流すということをやるのである)を平然とかけるというのはよくあることである。

研究の成果が社会に繋がるのは誰にとっても好ましいが、それをすべての基礎研究にまで広げると、競争的資金はこじんまりとした提案に向かうことになりがちになろう。基礎研究の一部として実績を上げてきている、CREST[注1参照]に採択されたプロジェクトに求められるのは(出口論、社会貢献論に大きく振られること無く)科学技術としてのインパクトや波及効果の大きさであり、新たな学問領域の創製のきっかけとなる成果の提供であり、まさにハイリスクハイリターンの世界であろう。
「不易流行」のバランスも時代とともに変化が起こって当然であるが、不易と流行をしっかり見定めて研究現場の活力を最大化するのはトップマネジメントの胆力である。


[注1] CRESTは科学技術振興機構が行う事業の主要なチーム型研究でCore Research for Evolutional Science  and  Technologyから来ている略称である。詳しくはhttp://www.jst.go.jp にアクセスして下さい。


                              篠原 紘一(2005.6.17)

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