74. 日本はどこへ

最近発表された調査結果が気になった。
ひとつはスイスの国際経営開発研究所(IMD)が60の国・地域を多項目に渡って評価してランク付けした結果を毎年発表しているもので、日本は21位だという(昨年は23位であった)。しかし90年代の初め日本は1位だったのである。
今周りを見渡すと、そんな時代があったのかというくらいの低迷状態が続いている。項目別に見ると、1位と評価されている項目として平均寿命、特許付与件数、中等教育普及率などが挙げられている一方、最下位の項目は法人税率の高さ、語学力などだという。

二つ目の調査結果は日本人の会社への忠誠心がなくなっているというアメリカ、ギャロップ社の報告である。
日本は変わらないといけないことはわかっていても変わりきれていないという状況がこれらの調査結果なのであろう。
IMDの評価項目に行動様式のようなものはないのかもしれないが、よく言われてきたことは英語にない根回しという言葉が日本語にはあるように、日本ではことを決める(コンセンサスを得ることと同義になっているのが考えてみると責任階層のある組織行動としては奇妙ではある)のに時間がかかるが、ひとたび決まると力の結集は見事で、その行動様式がかつての日本の高い評価をもたらしていたとの分析があった。そして実施レベルを支える要素のひとつとして教育水準の高さがあり、改善意欲につながり特許付与件数の高評価にもつながる好ましいループを作っていたと見るのが妥当である。

しかし今やそのループは一見残されているように見えても破線でつながっていて総合的な成果を生み出すような実線で繋がっていないのである。時代が(競争環境が)変わってしまったのである。実はそういった変化の中で日本の果たすべき役割も変わってきているのであるからランクが低迷しているのは放置できることではない。
1位と見られている項目を本当にこれからの競争力を高め維持するのに役立つようにしたいとの観点から少し考えてみたい。総合的には当たり前のことになってしまうが、日本人の特質にあっていて、なおかつ時代を先取りした対応ができるようにあるべき姿の先行像をしっかりと描く努力を継続して自信を取り戻すことなのだろうと思う。

ナノテクノロジーなどのフロンテイアにおいて日本の競争力をどんどん高めていくことを想定してみていくと、特許の付与件数の多いことは、当然のことであるが基本特許、原理特許というより改良特許がほとんどを占めていて、その数が膨大であるということなのである。

特許だけを取り出して経営的に見るのは難しいが、特許の維持費はざっくり言えば、日本が一番多い(件数と発明数は違ったりするし、国による差もあるので正確さは欠いているかもしれないが)ことになるし、フロンテイアの改良特許が特許収入を稼ぎ出すのはまだ先である。このことが実質の競争力に影を落としかねない要因にもなるであろう。
したがって先々の有用性の評価を的確にできるようにしたり、特許収入があったとき発明者にどう報いるのかなど、知財立国を目指しての法整備などの戦略的な取り組みとは別に現場で解決すべき課題に対しての取り組みを強化したいものである。


平均寿命と中等教育の普及率に絡めて思うのは、今流行の言葉で言うならQuality of Lifeをどう高めるかであろう。高齢化と少子化が同時進行している日本がこれからの国家モデルのひとつを提供する絶好の機会なのであろうが、事は簡単ではない。しかしやってみたらいかがかということはあるのではないか。

高齢者も社会貢献をである。
年をとっても視線は若者と同様に未来に向けたい。過去を絶賛しても始まらないし、否定してばかりも若者からすれば奇異に映るであろう。誇りを持ってそれぞれの時代を悩みながら生きてきたことをもっとストレートに伝えたほうがいい。典型的な日本人ばかりではなく結構ばらついた生き方があったはずである。価値観をしっかり持って、個の確立に向かって進んでいけるよう老いたりとはいえ手助けをしたいものである。

日本人は元からいろんなものに神が宿ると信じてきて、西欧の宗教観と違って多様性を受け入れやすいかといえば実態はそうではなく、よりどころになる思想が無いことになってしまっているだけなのかもしれない。科学技術によって人類が得たものは、計り知れないが、これまでの延長上には人類共通に満たされる解がないこともわかりやすく伝え、あるべき未来像を共有しベクトルをあわせたいものである。

文部科学省での取り組みも始まってはいるが、現役の方たちはギャロップ社の調査が示すように組織への帰属意識、忠誠心は音を立てて崩れて行っているように環境の激変で苦労が続いているのである。こんなときこそ老人パワーの発揮の好機ではなかろうか。制度や政策に頼らなくても出来ることを地域ごとでもいいからやっていきたいものである。


                              篠原 紘一(2005.5.20)

                     HOME     2005年コラム一覧          <<<>>>