61. 人の遺伝子はハエと同じ?

10月20日付の朝日新聞朝刊で「人の遺伝子 数はハエ並みの22000」(日、米、英、独、仏、中からなる国際研究チームの研究成果として英国の科学雑誌Natureの最新号に発表された内容)との記事が目に留まった。コンピューターの進歩が下支えをし、DNA解析の速度、精度が上がるにつれて、これまでの遺伝子の見積もりが多かったということらしい。
さて、「これってどういうことなの?」と子供に聞かれたらあなたならどう答えますか?「遺伝子の数が一緒でも、人とハエは見てもわかるように大違いでしょう。だから遺伝子の数では決まらないということよ」といったとしたら、「じゃあ何で新聞記事になったの?記事になるということはすごい発見なのではないの?」と攻め立てられたら「「・・・・・・・・・・・」ということにならないように少し関連の知識を整理してみる。


DNAの二重らせん構造の発見で1962年にノーベル賞をとった科学者の一人フランシス・クリックが1958年に提唱したセントラルドグマに示されているように、DNAのなかの一部の塩基対のグループであるいわゆる遺伝子[30億ほどの塩基の対のうちで、およそ10%が遺伝情報を持っている]が持つ情報を転写によってRNAに移し、写された遺伝情報をRNAが翻訳してたんぱく質が作られる(このように、遺伝情報は一方向に流れるだけであるとの理解であったが、その後の研究でウイルスの一部は逆の情報の流れを持つことも見つかったように、科学の常識は塗り替えられるものである)という過程はごくごく一部を除く生物の総体にとってまさに生命線そのものであり、それゆえに中心の定理といわれているのである。

セントラルドグマはまさに生命体の基本原理で共通していても、DNAが記憶している遺伝情報そのものはハエと人間は同じではないだろうし(チンパンジーが人に近いと考えられてきた理由はDNAレベルでの違いがわずかであると認識されていたからであるが、作られるたんぱく質の研究が進んできてほとんど作られるたんぱく質は違っているようだとの最近の研究報告も注目に値する)、今はたんぱく質を作る情報を持たないDNA(ジャンクDNAといわれているものに)でも、生命現象に重要な役割を果たしていることが明らかにされ始めているなど、この分野の科学は情報産業で言われたようなドッグイヤーがあてはまるくらいいのスピードで急進しているのである。

ということは先端の科学の広報活動には一面慎重な言葉選びがいるということなのかもしれない。
新聞には一声年間10万の記事がのるそうであるから、こういった記事に充てられるスペースは残念ながらわずかである。新聞販売も1000億円を超える事業規模を持つビジネスであるから、公的な使命を持っているといっても広告収入が入るものに比べ基礎科学の成果にもっとスペースを割いて欲しいものだと思う人はいても、お金でスペースを買っている相手とは、はなから勝負にならないのだ。
さらに、そのわずかなスペースを多くの研究機関、研究者たちが成果発表をもくろんで陣取りをするから、新しい発見、発明などを新聞社に投げ込んでも記事として取り上げられないケースのほうが多いのが実態なのだろう。運良く(?)記事として取り上げられれば取り上げられたで、伝えたいことが正しく伝わったのかが気になってくる。

記事は大きな新聞社であれば(狭い日本でも100社を超える新聞社がひしめいてる)科学担当の記者がいて書くから、事実だけが文章化されるわけではなく、当然何らかのメッセージが含まれる。科学記事の中身によって誰に知らせたいか、読んで欲しいかは変わって当たり前であるし、記者もプロとして投げ込み原稿そのままではプライドが許さないであろうし・・・・・。では今回の人とハエの遺伝子の記事は誰を対象にした記事なのだろうか?どんなメッセージが仕込まれているのだろうか?


今回の記事は淡々と研究成果の要約を記事にしただけだということかもしれない。
先に述べたように、科学記事にさかれるスペースは少ないのであるから科学に少しでも多くの国民に関心を持ってもらおうとすると、少ない字数で何を伝えるのかはベテランの記者でも悩むに違いない。

今事務所でサポートしている基礎研究の成果を新聞発表する際の、文案つくりは難しいのだが、文案を少しでもこなれたものにしようとキャッチボールするとこの効果は大きいようだということに気づくようになった。JST全体としても、研究成果を伝える相手を広げたいとの思いで、啓蒙雑誌(広報誌)を発行し、いろいろ工夫を加えていっている。それらを含めて、このことも最近経験的に気がついたことであるが専門外でも理解が一番深まるのは対談形式の記事である。それは人の本質はといえば、コミュニケーションする能力を持っているという(ほかの切り口もあるだろうが、いろいろな動物をみていると、人の持つコミュニケーション能力と人の持つ社会性はたしかに異色であり、突出している)ことが根っこにあるからだという気がして納得している。


人が誕生し、長い時を経て環境とやり取りしながら遺伝情報を元に発現させ、進化してきた歴史がDNAの中にある30億個という途方もない数の塩基(としてはたったの4種類しかない)対の並び方に隠されていることが一つ一つひも解かれていく。科学のすごさ、すばらしさを感じる反面、悠久のロマンが尽きる日が本当に来るのだろうかという気もしてくる。

                            篠原 紘一(2004.10.25)

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