55. ナノテクノロジーの国際会議で

6月26日から7月2日まで、ベニス国際映画祭の会場になるパレスを主会場にしてNANO−8(第8回ナノスケールの科学と技術国際会議)が開かれた。
この会議は、固体表面科学、真空技術の会議と併催であったため、オーラル、ポスターの発表件数も多く、すべてカバーできたわけではないが印象に残った点を記したい。

基調講演で合点がいったのは、カルテック(あのノーベル物理学賞受賞学者で今日のナノテクの世界を早くから示唆していたファインマン教授をはじめ、多くのノーベル賞学者を輩出したカリフォルニア工科大)のJ.R.Heath教授の”NanoSystems Biology”であった。ポイントは以下のようであった。

癌に対してわれわれがやっていることは30年前と今で本質的にはなんら変わらない。しかし、ナノテクノロジーによって、より早く、より少ないサンプリングで、より安く向き合えるようになっている。バイオは完全に情報科学になっているとの認識の下に超高密度のナノワイヤ回路での診断を目指して研究が加速されている。
DDS(ピンポイントで癌を退治できる薬を患部にのみ運んで治療するシステム)の話が一切出なかったことが奇異にも取れるが、逆に、コンセプトと科学の今を見事に調和させながら前進している印象を持った。

彼のチームはカリフォルニア大学とカルテックの、化学、物理、生物、医学の研究者から構成されて、日本で最近強まっている医工連携よりは基盤にしっかりした視線が注がれているといえよう。医工連携がバイオでアメリカとの距離を一気に縮めたい日本側の焦りや、大学発ベンチャーの安易なN増し期待でないことを願う。

余談になるがJ.R.Heathは、フラーレンの発見時にR.Smalley(ノーベル賞を受賞した3人のうちの一人)の研究室でモニュメンタル・ディスカバリーにかかわった幸運の人であることが講演前に紹介された。
短パン、Tシャツ、髪の毛は60−70cmの長髪を後ろで束ねて・・・・学会での標準の(?)いでたちからは大きく外れている印象ではあるが研究はきわめてシャープで、カリフォルニアがそのままベネチアにワープした感じで個人的には髪の毛以外は二重丸だった。
R.Smalleyといえば、1996年のノーベル化学賞受賞賞金を基にしてかどうかは知らないがナノカーボンのビジネスを自らすすめているが、それは『21世紀の世の中に及ぼすナノテクノロジーのインパクトは、少なくとも20世紀でのマイクロエレクトロニクス、コンピュータ応用、および合成ポリマー材料などを合わせたものに匹敵する』との見方がベースにあるようだ。
また、アメリカの連邦科学財団(有名なNSF)にはナノテクノロジーに関する上級顧問が置かれているそうだが、彼は『ナノテクノロジーによってわれわれは、20世紀に起こった変化を超える変化をこれからの30年に体験するだろう』といっている。インターネットが地球規模で世の中を変えたように、ナノテクノロジーの影響範囲は想像以上に広いとの見方が定着するにつれナノテクノロジーの取り組みが国を挙げてのそれになってきているのは周知のとおりである。

NANO−8は欧州からの参加者が多かったが、企業からの発表参加者がほとんどなかったのは残念であった材料研究では日本の研究のフォロワーとしての研究が欧州にいくつか見られたのは、地道にオリジナルをといった姿勢が欧州の姿勢だと認識していたが、日本発の研究の流れができているとして喜ぶべきことなのだろうか?

スピントロニクスの材料は磁性半導体一色だったのは意外であった。ポストシリコン材料など、興味深いタイトルの招待講演がキャンセルされたのには驚いた。
個人的に目新しいと感じたのはMEMSを応用した量子もつれ合いの研究や、次世代のナノテク研究のツールの提案などである。
逆にどこで聞いても変わらないといった印象を持ったのは、技術移転のワークショップで、キーワードはどの国もほとんど変わらないのであるが実態はおそらくずいぶん開きがあるのだと思う。が、キーワードを網羅的に並べた話はやはり総花的で迫力が伝わってこなかった。
たとえば、民間企業では4,5年前からGLOBALではなくGLOCAL(造語だが)だと言い出しているがそのまま、今は技術移転の議論でも重要なキーワードとして登場するのであるが、何がグローバルで何がローカルなのかがわかったようでわからない。議論が深まっていかないのである。
情報化社会にあって、キーワードをはずすことはさすがにないが、勝負はキーワードではない。


                                  篠原 紘一(2004.7.23)

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