39. 迷走を防ぐ

 国内の需要はなかなか上向いているとの実感に乏しい。依然として続く混迷の中にあっても、元気な企業経営者もいる。しかし多くの経営者は頭を抱えている。日本に勢いがあった時代に、元気な中小企業が集まっていて、話題を提供してきたことで知られている東京の大田区にある産業プラザでのフェアに行ってみた。

記念講演会は、「中小企業の市場創造戦略」、「中堅企業向け情報化支援と企業改革」の2つの演題で進められた。参加者は熱心にメモを取りながら、時にはうなずきながら聞きいっていた。苦しいながらも、発想を変えて健闘している事例を引き合いに出しながらの話が共感を呼んだのだろう。

ポイントは2つあって、一つは大企業の強みを弱点に切り返す発想として、「情報共有」に関して、規模の経済性(大企業は規模が大きいために共有化しておいた方が判断スピードを速める重要な情報の共有化が容易では無いとの見方がベースになっている)を生かすべきであるということと、もう一つは「場面情報を参入障壁に」する工夫をすべきであるということである。

情報の共有化や、価値観の共有化はチームで分担して目標に向かう場合に必須であることはよくわかる。ここでは場面情報で参入障壁をという主張について少し補足する必要があろう。
情報を2つに分ける。ひとつはパブリック情報であり、教科書や、雑誌、インターネットなどから手に入れることの出来る知識群で誰でもその気になれば手に入れられる。
もう一つが場面情報で、これは、その場に居合わせないとつかむことの出来ない、極めて個人専有化率の高い情報である。もちろん、同じ場面に居合わせても、何をつかむかは個人差があるが、非公開性情報であることは間違いない。そして場面情報を蓄積したものを経験技術として整理するということである。
経験技術は
、現場における日々の失敗や、成功体験の集大成である。この話の中で、いくつか事例をあげた説明の中で印象的だったのは、指の切れないプルトップ缶の開発競争に関する話であった。

大手の製缶メーカーはある国立大学に開発研究を委託した。それに対抗して結果的に先に事業化に成功したのは大田区の中小企業であったという話である。この差を生んだ大きな要素として経験技術の差があったとする見方である。
この話は、大手メーカーが大学に丸投げ同然であったのかもわからないが、金型がポイントのテーマであるから、当然職人的な執念が大きな力になったことは想像に難くない。一般論で片付けるのは危険かもしれないが、大手企業では、ものづくりの基盤が弱体化する二つの傾向に悩まされていることと関係した話かもしれない。
一つは新しく企業に入ってくる戦力は、パソコンを使った仕事に興味の主体が移っていて、現場でのものづくりに興味を持てる人が減ってきている点があげられ、もう一つは経験技術を大事にせよという話と逆行する話であるが、職人的な仕事に対して(特に上流の研究所や開発センターにあっては)評価が下がっていっている傾向にある点であろう。


経験技術を多く持ち合わせているということは、年をとっているということでもある。日本のように、超高齢化社会に向かう中で、経験技術を上手に活用することは大きな武器になる。
高齢化社会において、引退、即豊かな年金生活のモデルは、もはや幻想である。生きがいと、そこそこの収入があれば、いろいろな形での社会貢献が可能になり、心豊かな社会が創られていくであろう。公開情報には深刻な情報デバイドは無いようであるが、場面情報を他人より増やそうとするならば、それを持っている人に教えを請うしか補いようが無いのではないか。
それを、今は時代が違う、古い話など聞いたってなんの役に立つかという姿勢では、社会の要請に高いレベルで応えるのは難しい。

ナノテクノロジーは役立てて何ぼの技術である。それは科学的理解と、匠の世界の合わせ技で、どちらが欠けても競争力はすぐ弱体化する。ナノテクノロジーに精力的に取り組むのも、勿論重要なことであるが、国として迷走を防ぐには、世界に先行している超高齢化を武器にすることかもしれない。



                                              篠原 紘一(2003.11.4)
                                                   
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