38. ビジョン

 科学技術振興事業団は、10月1日付けで、独立行政法人、科学技術振興機構として活動を始めた。
10月9日に、記念行事として「科学技術未来戦略フォーラム」を東京国際フォーラムで開いた。8人のパネリスト(注1)から、日ごろ感じている、課題や、提言が、いろんな確度から紹介されたが、限られた時間であったことから、参加者全員が、より主体的に、それぞれの立場で、考え、行動にどう落とし込むかを宿題として持ち帰ったことになった。


フォーラムの場で、立花隆氏(注2)が是非読んで欲しいといわれた、新生、宇宙航空研究開発機構のホームページの、発足に当たってのインタビュー記事を読んだ。新生JAXA(Japan Aerospace Exploration Agency)は、「ジャクサ」と、呼ぶとのことだが、当日、熱の入った立花氏の主張では、繰り返し「弱者」といっているように聞こえたのは気のせいだろうか?

宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所、宇宙開発事業団の異なるカルチャーの組織統合によって、従来の組織間連携を超えた、統合成果を期待されるようになっていくのだろうが、関係者の宇宙、航空への情熱の萎えないことを切に願う。

アメリカの強者の宇宙戦略も、繰り返されてしまったスペースシャトルの大惨事で、NASAの体質なども含めての見直しを迫られているようである。日本は強者の戦略はとり得ないのは、国の力から理解した上で、明確な貢献の姿を国民に向けて発信し続けていって欲しいものである。フォーラムでは、戦略の欠如、戦略の本質にかかわる部分の議論の欠落などについて指摘をした、パネリストが多かった。

なぜ戦略の議論が不十分であったり、欠落するのかに、深く関係する見方として、残念ながら、日本の国家ビジョンがはっきりしていないし、国民的コンセンサスが得られたものは無いと野依氏は明言した。
海図なき時代、キャッチアップは終わって、自ら先頭を走らんとする時代に、ビジョンはあって当たり前、無ければ当事者意識は薄れ、身近なこと以外に関心を持たなくなっていき、「日本人は創造的でないなんて、とんでもない、自信を持て」といくらいってみても、貧すれば鈍するというか、競争は潜在能力によって決まるのではなく、発揮された能力によって決まるといった基本的なルールすら忘れ去られているかのごとき様相を呈してくる。
「ちょっと、待った!日本は“科学技術創造立国”、“知財立国”を目指すとはっきりいているではないか」、「国費を重点配分する議論も、総合科学技術会議できっちりやっているし、経済が低迷する中でも、科学技術予算は減らしていない」などの声が上がりそうである。それはその通りである。

比較論でいえば、以前より恵まれてきているのは確かである。しかし日本のあるべき姿が描かれ、それが国民に支持され、そのために、科学技術にどう取り組むか、知財にどう対応していくかの戦略が議論され決まっていくのが手順として本来望まれることである。

日本人は、現在から未来を考える思考に慣らされていて、時間軸を逆に回すのは苦手なようである。ビジョンありきでないから、ついつい足許の議論に熱が入っていってしまう。
状況が悪いからこそ、先行きが不透明だと不安を感じるからこそ、ビジョンが重要なのだと感じる。子供たちの理科離れを、科学創造立国のスローガンから憂い、即効性のある活動を起案することもいいが、ビジョンから組み立てた、短期、中期、長期の、戦略、そして周囲条件の変化に柔軟に対応していく戦術に落とし込むといったプロセスを踏んでいきたいものである。
今や、グローバルに見ると多くの国が、科学技術重視、知財重視の方向を目指してきている中で、それぞれの立場での懸命な努力も、ビジョンにフォーカスされた戦略、戦術に基づいて、初めて日本に競争優位に立つ機会が巡ってくるのであろう。

(注1)パネリスト(パンフレット記載に基づく)阿部 博之(総合科学技術会議 議員、東北大学名誉教授)、黒田 玲子(総合科学技術会議 議員、東京大学教授)、椎名 武雄(日本アイ・ビー・エム株式会社 最高顧問)、立花隆(評論家、ジャーナリスト)、鳥井 弘之(東京工業大学 教授、日本経済新聞社 客員論説委員)、野依 良治(科学技術振興機構研究開発戦略センター首席フェロー、理化学研究所理事長)、生駒 俊明(科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー、一橋大学客員教授、前日本テキサス・インスツルメント会長)、毛利 衛(日本未来科学館 館長、宇宙飛行士)

(注2)10月16日、中国が有人飛行を成功させた3番目の国になった。それを受けて、立花氏は、日本は無人技術の宇宙開発の本道を追求すべきの意見を、17日付の朝日新聞の朝刊に寄せている。

                                              篠原 紘一(2003.10.20)
                                                   
                            HOME   2003年コラム一覧   <<<>>>