35. 測ることと、創ること

 デバイスの世界では、厚みの議論がナノメートル単位でなされるようになったのは1980年代の前半、3次元の構造がナノスケールに入ったのは90年代に入ってからと記憶している。
そんな中で、量産レベルでナノスケールへの突入が早く、且つ産業規模も大きな代表例として、ハードディスク向けの磁気ヘッドがよく引き合いに出される。
磁気ヘッドを含め先端技術の統合によって記録密度向上が図られてきている、ハードディスクは、半導体の世界でよく知られるムーアの法則とよく対比される。単純に比較するのには無理があるが、磁気屋さんは、繰り返しささやかれる限界説と闘いながらムーアの法則をしのぐ進化速度を売りにして、今でも事業機会の拡大を目指している。ムーアの法則に沿って進化が続く半導体、とりわけシリコンテクノロジーはトップダウン加工の別格の代表選手として、微細加工を先導する役割が続いている。

ところが、磁気ヘッドはシリコンテクノロジーと異なり、複数の材料を扱うのと、幅と深さ方向の比率で表す、いわゆるアスペクト比がシリコンデバイス構成より大きいなどの理由で、半導体向けの最先端の設備を導入すれば、磁気ヘッドに求められる加工精度が確保できるというわけには行かないといった、難問を抱えながら、多くの課題と日常的に格闘している。
筆者も磁気ヘッドの開発にかかわったことがあるが、そのとき「加工することと、測ることがほとんど同じになってきた」ことを実感した。最近ナノテクノロジー関連の研究会や報告会に参加すると「作ることは測ること」「見ることは信じること」などのキャッチフレーズを目にする機会が増えている。冗談半分に、いまや加工は原子1個の出し入れが問われる時代が目前であるから、研究設備が数億円もしても、それを持たなければ開発競争に参加できないとか言って決裁書に決裁印を押してもらったことを思い出すが、このままの延長線上には産業としての発展は期待しにくい状況にいたってしまっているともみてとれる。

従来は測れないものは作れないということで、測るほうの精度が高いのが当然であった。その関係を単純に縮小してナノスケールに当てはめるのが実際的でなくなってきて、発想の転換が求められてきているのは確かである。
力づくであっても、すぐやろうとすると、加工機の中に計測器がはめ込まれた装置になるが、それぞれ計測機器メーカー、プロセス機器メーカーが別々の事業体として存在しえたのが、強いメーカーが統合、吸収に動く厳しい時代が予感されるし、現実に欧米ではそれに近いことが起こっている。
トップダウンとボトムアップの共存する、ナノテクノロジーの道具立てはどうなっていくのであろうか。

広い範囲をカバーするテクノロジーだけにナノテクノロジーの、研究人口は確実に増えている。産官学連携の掛け声の強まる中、基礎研究の成果を事業にする割合を増やそう(死の谷を多くの関係者が意識し始めた)との仕組みつくりも始まっている。力強いニュースのなかに混じって、ナノテクに限らず先端のR&D現場の要望を満たす計測器、分析機器、プロセス機器などの外国依存度がいまだに高いことに、懸念を示す声が高まり、有識者による対応策の協議も始まり、検討結果も公開され、来年度には具体的に予算を充当していこうとの動きもある。
最近の調査ではナノテクはまだ日本メーカーが健闘しているとのことであるが、動きが早い世界だけに安心して入られないから、これらの取り組みは歓迎されよう。お金を当てることは、重要な必要条件ではあろうが、十分条件では無い。

ナノテクノロジーでは「創ることは、測ること」になってきているのだから、分析、計測機器、プロセス機器の、ユニタリー化や、それぞれの機器のユニークネスは研究成果を決定付ける大きな部分になっていくのは間違いない。そうなっていった時に、国内のメーカーを育成するためにスペックを我慢する研究者などいないし、競争は競争であるから、グローバルに勝てる進め方で無ければならない。
例えば、広い面積を極限の精度ではかれる計測原理が大学の研究成果で生まれたときに、発明者でもある先生は、経営のわかるパートナーを見つけて、ベンチャーを起こす。その計測器はビジネスの競争にさらされ、研究現場の高度な要望にこたえることで(ベンチャーを起こしても、技術現場は大学の研究室が場所を貸しオフィスに変えただけであるから、研究に没頭して答えを見出していくといった好循環が起こる環境条件にある)進化し、研究開発の先端を支えることになる。そのような競争相手を仮想(といっても、アメリカのシリコンバレーなどでは珍しいことではない)してでも勝てる計算がせめて机上で成り立つようでないなら、「べき論」だけで突進してもいい結果は期待出来ない。自前主義にもどってしまわない戦略と覚悟がいる厄介な課題であるが、知恵の出しがいのあるテーマでもある。


                                               篠原 紘一(2003.9.8)
                                                   
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