28. 失敗に学ぶ

 失敗のマイナスイメージを変えていこう、失敗に学んで成功を創り出そう、失敗をやみに葬らずに、再利用しよう、大きな事故の再発を防止するシステムを考えていこう、といった思いで失敗学会が生まれた(会長:畑村工学院大学教授)。

科学技術振興事業団は、本年の3月27日から、失敗知識のデータベースの試験的公開を開始した。データベース公開は、失敗知識活用研究会活動成果の一環で、このデータベースが、多くの人の関心を呼び、ブラッシュアップされていき、幅広く活用され、失敗学会の拡大発展とともに、長期的には日本の風土を変えるまでの波及効果を期待したいニュースである。

そもそも、失敗とか成功とかはどのように理解されているのか、広辞苑で調べてみた。
失敗とは、「やってみたが、うまくいかないこと」「しそこなうこと」「やりそこない」「しくじり」とあり、成功とは、「目的を達成すること」「事業などを成し遂げること」とある。そして、失敗は成功の素(母とも)は「失敗をしても、それを反省し欠点を改めていけば、かえって成功するものだ」とある。

研究や開発、事業などは高い目標をおいて挑戦するのであるから、失敗のほうが多いというのが筆者の実感である。
次代を担うエンジニアに繰り返し訴えてきたことは、一言で言えば「失敗の勧め」である。「人は学ぶことで成長する。成功よりも、失敗を大事にしたいのは、成功から学ぶより、失敗から学ぶ機会のほうがはるかに多いからである」「大きな失敗を畏れるな。小さな失敗をいくら重ね、学んでも、大きな成功は得がたいものである」「失敗し尽くせば、残っているのは成功しかない」ことを、自分の体験をベースに機会あるごとに訴えてきた。
要は、失敗を失敗として終わらせずに、多くの失敗の中から成功につながる道筋をいかにして見出していくかが肝要である。

企業で特にここのところ声高に叫ばれているのは、成功体験は邪魔をする、捨て去れということである。確かに、大括りで言えば、キャッチアップ型での成功の方程式は、開拓型のプロジェクトに、そのままでは通用しないのは想像に難く無い。
それに比べて、失敗のほうはこうしたら必ず失敗するといえるルールは、見つけやすいのではないかという気がする。それにもかかわらず、失敗が繰り返されるには理由がある。

特に風土との関係、文化との関係、もっといえば民族の歴史にかかわって根の深いものだとの認識もある。
ナノテクノロジーに米国に劣らない競争的資金を継続的に投入しているし、日本人は器用で改善好きでもの作りに向いているから、必ず製造業は復活するなんて、単純にはいかないことに多くの日本人は気づいているはずである。これから新しい産業を生み出していくには、失敗は決して生産的なことではなくて悪であり、隠されやすいものであるとの認識の払拭が必須である。

研究でも、開発でも、事業でもすべての挑戦者たちに共通で平等な条件は時間だけである。それ以外は競争優位に立つために取り込める条件は、チーム(個人も含めて)の自助努力によって差異が生じてくるのは当然である。勝つべくして勝つという状況を一気に作り出せないにしても、負けるべくして負けることを可能な限り回避するためにも失敗の本質を学び続けることである。

失敗が起こると、多くの場合、責任者探しがすぐ起こる。責任者が見つかれば、その判断ミスで決着する。まさに減点主義である。それでは本質が明らかにされたことにならない。判断ミスが起きやすい構図があるのである。情報のパスが整備されていなかったり、データや事実が正しく伝わらずに報告者と報告を受ける側にとって都合のいい話しか伝わらないパスから構成されていたりする。こういった事例は山ほどあるのではないか。そこには、失敗の本質に学ぶ姿は無く、早く決着し、早く忘れようといった姿しか無いように見える。

研究の現場、開発の現場、生産の現場からでてくるのは、ある水準以上の立派なデータだけである。それは、研究者の評価が研究論文のインパクトと数になっているから当然といえば当然であろう。しかしそれぞれの現場には公表をはばかるデータが膨大な量あるはずである。

民間企業にしてみると、何から何まで公開するわけには行かないのは、ノウハウの流失にもつながりかねないことであり、慎重であって当然であろうが、公的資金で運営される機関からは、新発見だけでなく、再現できないことや研究者がうまくいかなかった(これが失敗かどうかはあるが、公開されないということでは再生産的でないということで失敗と判断された実験データなど)と判断した実験などが公表はされてもいいように感じる。
失敗学会は出来たけれど、そこまで行くにはこの国にはまだまだ構造的な障害がありそうではあるが、重大な一歩が踏み出されたのも現実である。


                                               篠原 紘一(2003.5.8)
                                                   
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