121. 経団連の提案

  経団連が2007年3月20日に「イノベーション創出を担う理工系博士の育成と活用を目指して−悪循環を好循環に変える9の方策−」を提言として公開した。

 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2007/020/gaiyo.pdf

 中身については、そのとおりだと思えることもたくさんあるが、一番しっくり来ないのは、「技術革新こそがイノベーション創出のエンジンである」という認識を前提として組み立てているように見える点である。イノベーション25で力説されているように「理系と文系」(この二分法が問題とする意見もあるが、それは置くとして)双方がイノベーションに関与しないとグローバルに好位置を確保できない(し、むしろ制度などを変革するほうが経済の活性化にとって即効性があるだろうし、国際競争力を強化できるはずである)。

 次に気になるのは、産業界がほしいと思う博士人材を育てる産官学の連携のプログラムのタイムテーブルが不透明な点と、イノベーションの創出に求められる資質として求められる「出る杭に博士人材がなれるか」といった点などである。

 しかし一番の懸念材料は、経営トップが将来に対してどこまでの危機意識を持っているかであり、博士人材の育成と活用は人材問題の中のone of themである(もちろん重要な課題であるが)。

 20世紀は学問が領域細分化する一方であったが、21世紀のグローバルに顕在化した課題は、むしろ膨大な知の集積を統合的に活用し、統合的な知の再構築と生産によってしか解けないとする見方も出されているが、現場のその方向での動きはマイノリテイーである。したがって当分博士人材がこれまでと変わるとは思えなくても、企業サイドは積極的に採用を増やしていって、どう活かせるのかをケーススタデイとして積み上げていくのが先ではないかと思う。企業の中でも博士が狭い専門分野の生き字引として重宝がられるだけでなく、少なくとも技術者たちから尊敬される存在になるよう現場での試行錯誤を先行させるのがよいように思う。経営の喫緊の要請に一気にミートさせるのは無理があると感じている。

話は変わるが、

2月20日には「持続可能で国民の満足度の高い医療の実現に向けて」といった提案も出されている。

http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2007/011gaiyo.pdf

 「自分の健康は自分で守る」の基本はそうとしても、この問題は強者の論理ではなくてきめ細かな制度設計とそれを現実に支えられる(極端な不公平感を生まない)医療革新につながる継続的な重点投資が欠かせない。

 つくばに来て、週末テニスで汗を流している。会社生活30余年の間も健康なほうであった(ただ、テニスはやりたくてもほとんどできなかった)。つくばに来た年の暮れに盲腸で入院するという予想しない目にあったが、産総研のテニスコートと市営のコートでテニスができるようになって、自分の健康は自分で守っているといえる状況が続いている。

 テニスの腕はとなるとこの4年ほどで、確かにあがった。しかし、肉体的に成長する時期に基本を覚えこんだ人たちのテニスとは確実さを含めまだ大きな差がある。今仮にコーチについても、訓練の効果はそれほどつみあがらないであろう。基本をどこで身につけるかは、壁を越えることができるかどうかを分けるであろう。

この話とのアナロジーで博士人材の話に戻すと、インターンシップやサバテイカルではなく、修士課程を終えて入社した(このボリュームが一番多い)技術者から選抜して、30歳になるくらいまで、民間企業で研究開発に責任を持つということはどういうことか経験的に深めさせてから、博士課程後期をといった順番の人材育成についてもぜひ積極的に進めてもらいたいと思っている。

 大学院で「経営者と話ができる博士人材を」といった育成プログラムの試みもあるが、やはり、現場で(特に経営サイドが)期待したいと考えている骨格の資質を大学院教育で磨くには大事な部分の欠落があるように思える。

 「大学教授のステータスはいまや・・・・・」という話を耳にする機会も少なくない。

 数は増えたが、博士についても同様であろう。アメリカとのビジネス体験からの話になるが、西海岸でホテルからマイクロバスで訪問する会社まで送ってもらった時に、Dr.とMr.に対しては明らかに対応の雰囲気が違っていたことを思いだす。訪問した会社ではDr.にはテクニシャンが付いていてDr.にもとめられている仕事は、はっきりしているし、したがって報酬も別扱いである。このように、社会全体として受け入れるには時間がかかるであろうが、国力を高めるパワーとしてさまざまな分野で博士人材が活躍する社会を目指した方向へ舵を切る必要があるのは間違いない。


                              篠原 紘一(2007.4.13)

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