岡山大学で数学の面白さに出合う〜高校生の大学講義体験〜

11月17日(日)、「広がる数学W」の講演会が岡山大学の津島キャンパスで開催された。この講演会は、数学が教科書の中だけの学問ではなく、他の学問とつながり、社会のさまざまな分野に活用されていることを知ってもらうために企画されたものだ。当日は高校生を中心に94名の参加者があった。講義の様子を参加者の声と共にレポートする。(レポート:中城邦子)

(写真@/「広がる数学W」の講演会に集まった参加者たち)
「広がる数学W」の講演会に集まった参加者たち
岡山大学で行われている第一線の研究者による高校生向けの数学イベントは、2009年に大学創立60周年記念講演会として第1回が開催され、2010年からは「広がる数学」と題して毎年開催されている。すでに4回目を迎え、岡山県内ではすっかり定着した数学イベントだ。
副題に「第9回JST数学キャラバン」とある通り、2011年からこの講演会を共催しているのが、JST(独立行政法人・科学技術振興機構)。JSTは、科学技術によって新しい価値を生み出したり、未来を拓いたりするための研究開発や事業開発の振興を進める文部科学省所管の独立行政法人。これからの世代にも理数系の面白さを広く知ってもらい、その才能を伸ばしていこうと、中高生に向けたさまざまなイベントも企画・共催している。
デモ実験でウォーミングアップ
講義開始15分前。受講者が続々と受け付けを済ませ席に着き始めた。多くの高校生にとって、大学で講義を受けるのは初めての体験。オープンキャンパスとは異なる雰囲気に、みんな少し緊張の面持ちだ。そのとき教室の外からメトロノームの軽快な響きが聞こえてきた。
お茶の水女子大学・准教授の郡宏さんと千葉大学・准教授の北畑裕之さんが、「講演が始まる前に、ちょっとした実験をします」というのだ。
さっそく、20名ほどが即席の実験テーブルの周りを囲んだ。郡さんが見せてくれたのは、メトロノームを使った同期現象の実験。バラバラのリズムを刻む4つのメトロノームを橋の上に一緒に置くと、揺れを通して相互作用し、4台がいつの間にか同調してしまう。ぴったり同じ動きになった瞬間、小さなどよめきが起きた。北畑さんの実験では、溶液の化学反応によって起きる振動が、同心円やらせんを描く様子を観察。シャーレの上に、次第に美しいパターンが現れるのを、代わる代わるのぞき込んで確認した。
こうした現象に、数学はどうかかわっているのだろう? デモ実験のあとはみんなの緊張も少しほぐれた。いよいよ講義のスタートだ。

(写真A/Belousov-Zhabotinsky反応(BZ反応)による
 化学振動のパターンをシャーレで観察)
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Belousov-Zhabotinsky反応(BZ反応)による
 化学振動のパターンをシャーレで観察
人口問題や美術品の贋作を数式で解き明かす
最初の講義は、九州大学・教授の杉山由恵さんによる、「微分方程式で数理モデルを楽しもう―現象の数式化と微分方程式―」だ。人口問題や美術品の贋作の鑑定など、自然科学や社会科学に現れるいろいろな現象は、微分方程式という数式で表すことができるとして、講義が進む。仮説を“数学の言葉”=数式で表し、その微分方程式を解くことで、仮説の妥当性を検証するという方法は、携帯電話の普及率予測や人口問題などの将来予測にも使われているという。微分方程式は、高校ではまだ習っていないので、多くの参加者には未知の“数学の言葉”だ。しかし、講義に聴き入る姿は真剣そのものだった。
高校に掲示されていたパンフレットを見て参加したという倉敷市から来た高校1年生・女子は「数学の世界を広げていくと、社会の問題に応用できるとわかって嬉しかった。微分は難しいけれど、わかるようになったらきっと楽しいと思う。先生が大学3年生ぐらいになったら解ける問題とおっしゃったので、いつか実際に問題を解いてみたい」と語ってくれた。

(写真B/微分方程式を使った人口予測について講義する九州大学・教授の杉山由恵さん
微分方程式を使った人口予測について講義する九州大学・教授の杉山由恵さん
Googleのページランキングに挑戦
2限目と3限目の講義は、語り手の講師と質問をはさむ聞き手の講師との、2人の掛け合いによって進められた。
まず郡さんが「キーパーソンは誰だ? 重要情報をランキングする数学」を講義。聞き手は北畑さんだ。ウエブ上で重要なページとなる前提条件を提示し、それに沿ってページの重要度を数式化、この連立方程式を解くことで、ランキングができるという。Googleの創立者らが生み出し、今も根幹の技術として使われているウエブページのランキング方法「ページランク(PageRank)」についての講義だ。
Googleの検索機能は、日ごろから利用することが多いだけに受講者たちの関心も高い。漸化式や行列を授業で学んでいる生徒もそうでない生徒も、郡さんの解説によって、ランキングの仕組みを知った。
理系コースの友人3人に誘われて参加したという経済学部志望の高校2年生・男子の感想は、新しいことを学ぶ喜びに満ちた次のようなものだった。「全体を通じて文系の自分には難しい講義が多かったが、「ページランク」について『あっそれわかる!』と感じたときの喜びはとても大きかった。Googleのような世界的な企業が実際に採用している画期的な方法を、数学で知ることができるという点に感動した。もっと数学を勉強したいなと思った。先生に出された宿題のランキングは家でやってみたい」。

(写真C/お茶の水女子大学・准教授の郡宏さんの問いかけに、受講者も挙手して参加)
お茶の水女子大学・准教授の郡宏さんの問いかけに、受講者も挙手して参加
自然界のリズムやパターンを数式で再現する
続いての講義は北畑さんが講師の「リズムと模様の数学」。聞き手の郡さんが、内容に応じて質問や意見をはさむ。ふたりの掛け合いによる講義は、ハイレベルな数学の講義に気後れしがちな受講生たちをリラックスさせ、教室内の空気を和やかにしていた。また「こういう意味でいいのかな」と不安に感じる受講者を元気づけ、集中力を高める効果もあったようだ。参加した高校教諭からも、「新しいスタイルの教育の形。参考にしたい」という声が聞かれた。
北畑さんの講義では、松ぼっくりの笠やひまわりの花の部分など身近な植物の描くらせんをクローズアップ。そこに潜むフィボナッチ数列の不思議と黄金比について講義が進められた。これも内容的にはかなり難易度が高かったが、「物理的な現象もモデリングして数学を使ってアプローチしてみたら楽しい」という北畑さんの言葉は、心に響いたようだ。「数学で自然現象を理解するというのが、今まで知らなかった世界。学校の数学では教わることのない視点で興味が増した」「一見、数学と全く関係ないことが、数学の理論で説明できることにとても驚いた」などの感想が寄せられた。

(写真D/黄金比を即興で計算する千葉大学・准教授の北畑裕之さん。
大学の授業さながらだ
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黄金比を即興で計算する千葉大学・准教授の北畑裕之さん
大学の授業さながらだ
無限和の世界を知る
4限目の講義は、上智大学・准教授の中筋麻貴さんによる「無限和 1+2+3+… の値とその先に見えるもの」。無限和の収束と発散、オイラーの発見とゼータ関数、そしてゼータ関数と素数の関係へと講義は広がっていった。「素数の見つけ方」では、マス目に書かれた1〜200の数字から整数を消して、受講者がそれぞれ素数表を完成させた。
実は、事前の取材で数人の高校生から「無限和に興味があって参加した」という声を聞いていた。講義後さっそくその高校生たちに感想を聞いてみると、浅口市から来た高校2年生の男子は「無限和の考え方がとても楽しかった」という。また解析接続について高校で先生に質問に行った際に、この講演会を勧められて参加したという高校3年生の男子は、「受験が近いのでどうしようか迷ったが来てよかった。複素数まで広がることで見えてくる新しい世界にとても惹かれた。今までは海岸線でしかなかったものが、その先の大海原まで感じられた気がする。それを大学で勉強したいと思った」と詩的な比喩で思いを表現してくれた。

(写真E/素数の見つけ方を講義する上智大学・准教授の中筋麻貴さん。受講生も手元のレジュメに線をひいて、素数表を完成させた
) (写真E/素数の見つけ方を講義する上智大学・准教授の中筋麻貴さん。受講生も手元のレジュメに線をひいて、素数表を完成させた)
素数の見つけ方を講義する上智大学・准教授の中筋麻貴さん
受講生も手元のレジュメに線をひいて、素数表を完成させた
数学の世界の魅力を女性にも幅広く
最後の講義は、京都大学・教授の坂上貴之さんによる「三つ編みとハンドミキサーの不思議な関係―位相カオスの世界―」。
坂上さんが、このテーマを設定するときに意図したのは、@日常の行為や現象に数学的な視点をもつことで、新たな驚きや発見に出合える楽しさを知ってほしい、A未来の女性数学者が増やせるような女性にも面白いと思ってもらえるテーマにしたい、B数学の抽象性や普遍性は幅広い応用力があることを多くの高校生にも知ってほしい、の3点だという。
そして、まさにその意図はしっかり結実した。講義自体は、周期軌道、位相カオスなど難しい専門用語も登場したが、「数学を通してみると、何の関係もない三つ編みとハンドミキサーと飴を作る機械が共通していることに面白さを感じた」、「ハンドミキサーでの粉と卵の混ざり具合を数学で考えられることに驚いた。お菓子作りは化学の世界だと思っていたのに、数学の世界でもあるのですね」など、5つの講義の中でも、女子受講者から最も多く感想が寄せられた講義となった。また「日常で起こることを数式で表し、論理的に解釈することで、よく混ざる攪拌機がつくれるなど、現実の事象に応用できるとわかった」という高校1年生の男子は、今日の講義をこれからのコース選択の指針にしたいと、語ってくれた。

(写真F/三つ編みとハンドミキサーの不思議な関係を講義する京都大学・教授の坂上貴之さん)
三つ編みとハンドミキサーの不思議な関係を講義する
京都大学・教授の坂上貴之さん
全講義が終了した後はお茶やジュース、お菓子を囲んでの時間。講義中の挙手にはためらいがちだった高校生も、先生を囲んで思い思いに質問をしていた。

(写真G/上智大学・准教授の中筋麻貴さんや京都大学・教授の坂上貴之さんに質問する高校生たち)
(写真H/上智大学・准教授の中筋麻貴さんや京都大学・教授の坂上貴之さんに質問する高校生たち)
上智大学・准教授の中筋麻貴さんや京都大学・教授の坂上貴之さんに
質問する高校生たち

「広がる数学W」を取材して

今回の「広がる数学W」を取材して、優れた講義にふれることで、多くの高校生が数学という学問の新たな扉を見つけたのではないかと感じた。一緒に受講した現役大学生が「数学を専攻していますが、それでも難しいと感じるところがあるくらい高度な講義」というほどの内容だったが、生徒たちの集中力が切れることはなかったのが印象的だ。内容の難しさ以上に、身の周りの多くの事柄が、数学の研究対象であり、数学の問題として考え、式や理論で多くの現象が解明できるという点に魅力を感じたのではないだろうか。
「微分には興味があったので、式の解き方まで説明してほしかった」「知っておくとよい定理などを掲示してもらえたら、事前に勉強しておける」など、もっと知りたい、理解できるようになりたいという意欲に満ちた声も聞かれた。
今回の講義を通して、高校生たちは数学とつながっている世界の広さを知ることができ、学ぶ意義を再確認することになったのだろうと強く感じた1日だった。

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