Home → 研究成果 → 7. 自然免疫と獲得免疫を結ぶ新たな研究の展開

研究成果

7.自然免疫と獲得免疫を結ぶ新たな研究の展開

 自然免疫系は、宿主に通常存在しない病原体関連分子パターン(PAMPs)を認識し、それらを排除する働きがあることから、病原体に対する生体防御の最前線に位置しています。PAMPsを認識する自然免疫細胞上のToll様受容体(TLR)の研究は、20世紀後半から急速に進展し、TLRからの信号がサイトカイン分泌などのさまざまな免疫反応をもたらし、これらが次に起こる獲得免疫系と密接に連携するしくみの理解へと発展しています。
 樗木チームは新たに自然免疫細胞による血球貪食現象が獲得免疫細胞による過剰な免疫反応を抑制するという仕組みを明らかにしました。

【樗木チーム】「激しい炎症の指標として位置づけられてきた血球貪食現象は、過剰な免疫応答を抑制する新たな免疫寛容機構としての一面をもつ」Immunity 2013

<ポイント>
  • 免疫反応は、病原体を排除することで宿主を防衛すると同時に組織を傷害する“諸刃の剣”です。激しい免疫反応ほど、それを適度に抑制する仕組みが必要不可欠です。
  • 研究グループは今回新たに、樹状細胞による血球貪食が、過剰な免疫反応を抑制し、組織傷害による個体の死を回避することを発見しました。
  • 血球貪食に基づく感染症や自己免疫疾患の診断、さらに樹状細胞を用いたこれら疾患治療への応用が期待できます。

 免疫反応は、病原体を排除することで宿主を防衛すると同時に組織を傷害する、いわば“諸刃の剣”です。感染や炎症が起こると樹状細胞(DC)注1)は、Toll様受容体(TLR)をはじめとするセンサーで病原体の特徴を認識し、獲得免疫系を活性化して病原体を排除します。DCは、正常な状態では従来型DCと形質細胞様DCに分類されますが、炎症状態では、さらに単球注2)から誘導されるDCが存在することが知られています。しかしながら、活性化された免疫反応、特にサイトカイン注3)、化学伝達物質、ウィルスを排除するキラーT細胞(CTL)などは、病原体の排除に役立つと同時に組織を傷害します。従って、免疫反応には、病原体排除と組織傷害のバランスを調節・維持するための仕組みが必要になります。激しい免疫反応ほど、そのバランスを適度に調節する仕組みの重要性が増すことになります。しかし、激しい免疫反応時のバランス調節機構に関してはよくわかっていませんでした。
 激しい炎症時には、貪食細胞による血球細胞の貪食注4)が起こり、さらにいくつかの診断基準を満たす場合をヒト血球貪食症候群(HPS:Hemophagocytic Syndrome)注5)と言います。HPSは適切な治療が施されないと死に至ることもあります。先天的な原因で発症する一次性HPSと、感染症や自己免疫疾患に付随して発症する二次性HPSに分類され、これまで、血球貪食は激しい炎症の一指標として位置づけられていました。また血球貪食の仕組みも不明でした。

 本研究チームは炎症時の血球細胞の貪食の仕組みを明らかにするために、代表的なTLRが認識するリガンドであるCpG(微生物に多くみられるDNA配列)あるいはpoly I:C(ウイルスの構成成分に類似の合成RNA)を高濃度で野生型マウスに投与して、激しい炎症を誘導しました。その結果、骨髄、脾臓、末梢血などで“血球貪食”現象が観察されました(図1左)。貪食される細胞は主に未熟な有核赤血球でしたが、脱核した成熟赤血球も混在していました。また、貪食細胞が単球由来DCであることもわかりました。ヒトでは、EBウィルス、サイトメガロウィルス、HIVなどの慢性感染症でHPSが観察されます。そこで、マウスに慢性感染するリンパ球性脈絡髄膜炎ウィルスクローン13株(LCMV C13:Lymphocytic Choriomeningitis Virus Clone 13)を感染させたところ、“血球貪食”が効率よく誘導されました(図1右)。これらのマウス血球貪食症候群モデルを用いて、“血球貪食”機構の詳細を調べたところ、高濃度TLRリガンドあるいはLCMV C13によって赤血球系細胞にアポトーシス注6)が起こり、フォスファチジルセリン(PS)が膜表面に露出して、単球由来DC上のPS受容体に結合し、貪食されていました(長田チームへリンク


図1 単球由来DCによる血球貪食

野生型マウスにCpG(200μg)あるいはLCMV C13(2x10 pfu)投与後、骨髄から血球貪食している単球由来DCを精製してDiff-Quick染色した。表面に接着している、あるいは細胞内に取り込まれている赤血球系細胞が観察される。

 興味深いことに、単球由来DCは血球を貪食すると、血清中にIL-10やTGF-βといった免疫抑制性サイトカインが産生されました(図2)。この血球貪食によって産生されるIL-10の免疫学的意義を明らかにするために、単球由来DCがIL-10を産生できないマウスを用いてその血球貪食について解析しました。同マウスにLCMV C13を感染させたところ、ウィルスを排除するCTLの誘導が促進され、LCMV C13の排除が亢進しましたが、一方、CTLによって肝傷害が重症化して半数以上のマウスが死亡しました(図3)。このことから、血球貪食現象はIL-10の産生を介して過剰な免疫応答を抑制していること、特に重篤な感染症において個体の死を回避する免疫寛容注7)システムとして非常に重要であることが明らかになりました(図4)。


図2 血球貪食に依存したIL-10、TGF-β1の産生

野生型マウスにLCMV C13(2x10 pfu)を感染させるとIL-10やTGF-β1が産生されるが、PS受容体に対する抗体を投与して血球貪食を抑制すると、それらサイトカインの再生が有意に低下した。


図3 血球貪食による過剰な免疫反応の抑制

AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ、GOTともいう)およびALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ、GPTともいう)は肝細胞の障害の指標。
血球貪食したDCからIL-10が産生されないマウス(CKO)では、LCMV C13感染後の肝組織傷害と個体の死亡率が亢進した。


図4 血球貪食メカニズムのまとめ

高濃度のTLRリガンドや重篤なウィルス感染により赤血球系細胞上にフォスファティジルセリン(PS)が発現し、これが単球由来DCに認識されて血球貪食が誘導される。その結果、単球由来DCからIL-10が産生されて過剰な免疫応答が抑制される。

 今回、二次性HPSなどで観察される“血球貪食”は、感染などによりアポトーシスを起こした赤血球系細胞などが、単球由来DCをはじめとする貪食細胞によって貪食される現象であることがわかりました。また、単球由来DCは血球貪食によって免疫応答を抑制させるサイトカインを産生させ、過剰な免疫反応を抑えることで個体を死から守っていることがわかりました。
 これまで“血球貪食”は、HPSやほかの激しい炎症状態の1指標とされてきましたが、本研究成果は、“血球貪食”が炎症抑制反応のバイオマーカーになり得る可能性を提示しています。また、“血球貪食”は激しい炎症状態を抑えることで自らの死を防ぐ代わりに病原体の排除を見送る、宿主~病原体間の共生戦略ととらえることもできます。
 本研究成果は、慢性感染成立における新たな生物学的視点を提供するものです。また、免疫細胞の暴走など過剰な免疫反応を伴う感染症・自己免疫病に対する新たな診断法・治療法の開発が期待できるものです。

<用語解説>
注1) 樹状細胞(DC:Dendritic Cell)
白血球の一種。無数の突起を持つ特徴的な形態から名付けられた。全身に分布し、さまざまなサブセットが存在する。免疫システムの維持や反応を制御する重要な細胞。主に従来型DCと形質細胞様DCが知られている。従来型DCはがんや病原性微生物由来の抗原を捕捉し分解してT細胞に提示する。また生理活性物質サイトカインを産生して免疫反応を誘導する。一方、形質細胞様DCは病原性微生物由来の分子を認識してウィルス排除に重要な生理活性物質I型インターフェロンを大量に産生する細胞である。
注2)単球
単核白血球とも呼ばれる白血球の一種。骨髄でつくられ血管外ではマクロファージに分化。異物の貪食、分解能を持つ。炎症時には一部が樹状細胞に分化する。
注3)サイトカイン
サイトカインは、免疫細胞などから産生され、ほかの細胞の分化や機能に影響を与える液性因子。
注4)血球貪食
樹状細胞やマクロファージなどの貪食細胞が赤血球や白血球を食べる現象。
注5)血球貪食症候群(HPS:Hemophagocytic Syndrome)
先天的な遺伝子異常によって発症する一次性と、感染症、膠原病、悪性腫瘍などの疾患に伴って発症する二次性に分類される。発熱、脾腫、血球減少、高トリグリセライド血症・低フィブリノゲン血症、血球貪食を特徴とする症候群。
注6)アポトーシス
個体をより良い状態に保つために引き起こされる細胞死で、これに対し、細胞内外の環境の悪化によって起こる細胞死をネクローシス(壊死)という。アポトーシスはそのきっかけとして①細胞外からのシグナルによるもの、②DNA損傷などによるもの、③小胞体ストレスによるものの3種類に分けられる。アポトーシスを起こした細胞は細胞膜上にフォスファチジルセリン(PS)が現れ、これが“eat me signal”となって貪食細胞に識別され、貪食される。
注7)免疫寛容
ある抗原に対する免疫応答が失われている、あるいは低下している状態。自己の持つ抗原に対しては免疫寛容の状態が保たれている。
<共同研究者>

 本研究は秋田大学 大学院医学系研究科の澤田 賢一 教授らとの共同研究で行われたものです。

<原論文情報>

Ohyagi H. et. al. “Monocyte-derived dendritic cells perform hemophagocytosis to fine-tune excessive immune responses” Immunity. 39(3):584-98. (2013)
(単球由来樹状細胞は過剰な免疫反応を抑制するために血球を貪食する)