CRDSシンポジウム

11/7CRDSシンポジウム 「科学技術イノベーションにおける統合化」講演録

産学協同による統合化の取組みの現状と課題
天野 肇 特定非営利活動法人ITS Japan 専務理事

天野でございます。私は、トヨタ自動車に入って30数年経つのですが、その3分の2は自動車そのものではなくて、交通全体の色々な課題を解決するテーマに取り組んできました。そこで、かなり現場臭いところから、統合化について、科学技術の研究とは違った角度からお話をさせていただきたいと思います。

ここにありますように、日本の高度成長時代、交通量が増えて、交通戦争や公害病など、大変な課題に直面したわけです [スライド1]。交通事故に対して、70年代は道路施設の改良、教育、車両性能の向上で対処しました。しかしながら、バブル経済に向かって、人や物の動きが活性化し、また大きな課題になってきました。そこで登場したのが、ITS:Intelligent Transport Systemsと言いまして [スライド2]、情報通信技術、制御技術などの新しい技術で課題を解決しよう、というものでした。当初は、「この道具なんとか使えないか」ということで始まりましたが、次第に「目的はなんだ」、「安全や環境など目的を共有し、それに向かって統合的にやろうじゃないか」となり、最近ではスコープを大きく捉えて、少子高齢化のような社会的な課題を支えるモビリティーのあり方やそのモビリティー実現のために様々な手段がある中の一つとしてこの技術が使えないか、というふうに裾野を広げてまいりました。

96年に、関係する5つの省庁が連携して、9つの分野で、10年間で実用化を目指す全体構想をとりまとめ動き始めました [スライド3]。これが順調に実用化され普及してきました。この当時のものは、ETCにしろ、交通管制にしろ、元々人手でやっていた機能を電子化する、自動化するという、機能の置き換えでした。これが一定の発展を遂げたわけですけど、地球温暖化ですとか、都市の交通のシステム全体で考えなければいけない、という課題に対して、もう少し違った角度からやるべきではないか、という時期を迎えました。

そこで産業競争力懇談会(COCN)が2006年に発足して、最初の年のテーマとして、「交通物流ルネッサンス」というテーマで、この都市交通の問題をどうやって解決するべきか、という提言をいたしました [スライド4]。そのアプローチがまさに複合的といいますか、今日のテーマで言えば統合的と呼べるのかもしれません。エコカーのように車両自体が良くならなければいけない、それを上手く走らせるためのICT技術、交通情報、交通管制が要る。しかしながら、道路だとか鉄道だとかのインフラもしっかりしていないといけない、何よりも、そこで動く一人一人が交通の行動を変えていかなければいけない、企業行動を変えてかなければいけない、そういったものを一体的にやるには、それを支える制度面の対策が必要だと。それをいっぺんにやらなきゃいけない、というのが骨子でありました。

ちょうどその時期に、総合科学技術会議に、「研究開発の成果を社会に還元すべし」ということで、「社会還元加速プロジェクト」が5カ年計画で始まりました [スライド5]。その6つのテーマの一つに、「世界一安全で効率的な道路交通社会の実現」という、このITS分野のテーマが立ち上がりました。その鍵として、基礎自治体、市町村が主体的に取り組み、「国の支援があってもなくてもやるんだ」という意思をもった市町村をモデル都市に選びました。技術的には企業が支え、制度・体制面では国が支える、こういうことをやろうじゃないかというアプローチでした。

いくつかの事例をご紹介します。まず柏市です [スライド6]。柏市は元々、中心市街地は鉄道もたくさん走っていますし、公共交通も道路も整備されています。ところが、町村合併で広がった沼南地区と言われる東側は、農村が多く残っており、公共交通もない。しかし人口も少ないですから、民間のバスは廃止になっていく。コミュニティバスを走らせても、痒いところに手の届くサービスをするには、財政的にも難しい。そこでオンディマンドバスという呼び出し式のバスを、地元の東京大学と一緒になってやりました。運輸事業の制御面、あるいは地元の事業者との調整で苦労されましたが、市長さん以下、市役所ががんばって課題を解決しました。さらに最近では、公共交通の生データをオープン化して、情報提供できるようになりました。次の事例は青森市です。豪雪地帯で除雪排雪が大変な課題ですが、市道は市役所、県道は県庁、国道は国、それぞれでやっているものですから、全体の様子がわからないので市民は大変困る。ここでNPOが地元の大学の先生にお願いをして協議会を作り統合化に取り組みました。地元や市役所が頼むと、国の出先や警察など関係機関が協力してくれる。こういうことから始めて、災害情報を統合的に出すようなシステムを立ち上げています。

社会還元加速プロジェクトの対象外ですけれども、他の地域の事例も出てきています [スライド7]。新潟県の五泉市では、幹線の路線バスと乗り合いタクシーを組み合わせた新しい運輸の仕組みを導入しました。三重県の玉城町では、高齢者のための巡回バスをオンディマンド型にしました。小さな町ですので財政的に交通政策の費用から出すのは大変難しい。ところが、福祉行政と一体になると事情は違います。健康で元気な高齢者が増えて、介護の予算支出の伸びを抑えることができたので全体としては成り立つ、というような一体的な取り組みをしています。

このような中で東日本大震災が起きました [スライド8]。海岸線からキロメートル内側まで救援物資を運ぶにもどこが通れるのかということがわからない。そういう時に、車のカーナビからどこを走っているかというデータを集約して民間サービスに使っている、「プローブ」というデータを企業から提供していただいて、ここの道は通った車がいるよ、という情報を、Googleのサイトで公開しました [スライド9]。他に頼るべき情報が何もない、元々こういったところは交通の感知器もほとんど付いてない、という状況下で役立ていただきました [スライド10]

これだけではありませんでした。Googleは、地震発生から2時間後には、クライシスレスポンスという、書き込みサイトを立ち上げました [スライド11]。この表の一番下は私共がやったものですけども、避難所に誰がいるかという書き込みで安否確認をするということが、プライバシーが問題になりそうな方法ではありますけども、大変役に立ちました。つまり、公的機関が持っている情報システムでは、とてもカバーしきれないところを、個人発のこういった情報が埋め合わせる形でかなり役に立つということが認識されたという事例でした [スライド12]

その後、JSTのRISTEXで、「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」という領域が立ち上がる際に、ここに示したような提言をさせていただきました [スライド13]。まず、現場の地域市町村が情報を握らないとどうにもならない。国は、民間の情報を含めてたくさんの市町村がそういう情報を扱えるような基盤を支えるべきです。そこにはセキュリティーなど色々な課題がありますが、それを担保する仕組みを作るのは国の役割であって、活用は民間、あるいは市町村がやれるようにすることが重要です。

それから、災害のための救援物資輸送のシステムを整える。しかし、専用のシステムを作っても100年に1度の災害でこれを維持して機能させるのは難しい。そんなことではなくて、例えばオンラインショッピング、宅配のような素晴らしい流通システムがあるので、平常時に生きて改善を繰り返している民間の仕組みを災害時に使えるような協定を結ぶ、といったやり方があるという提案をさせていただきました。阪神淡路大震災の時から言われているのが、災害時の「自助、共助、公助」です。つまり「大災害では、すぐには公的機関のプロが助けには来ませんよ。自分で生き残りなさい、サバイバルしなさい。近所にいる人と助け合いなさい」という考え方です。しかしこれは大災害だけではないということに、東日本大震災の後に気が付いたわけです。財政的にも厳しい地方では人口がどんどん減少し、その中でプロフェッショナルの消防士など専任で大勢抱えることは難しい。だから、昔の「道普請」のように1人1人の市民が、サービスを受ける立場だけではなくて、自分達ができることに、もっと直接参画をしていく、そういうコミュニティを作るべきではないか、ということです。

それを進める上で重要な要素に、今活発に議論されているオープンデータ化があります。鯖江市に大変素晴らしい事例があります [スライド14]。ご存知の方も多いと思います。これは市長さんと地元のベンチャーが、市バスがどこを走っているのかという情報を利用者に提供するシステムです。大きなシステムを組むとお金がかかるので、「データは公開します、民間のベンチャーさんが好きにソフトを作ってください」という発想から始まりました。これがなかなか上手くいったので、「他の町でも、他の用途でも使えるように作ろうじゃないか」ということで、ソフトウェアのプラットフォームを作り始めます。町のベンチャーが仲間作りをしました。そこに大手も中小も海外も入ってきて、SAPやAmazonなどのグローバルジャイアントも一緒にやろうじゃないか、というふうになってきました。そして、WWW、インターネットのプロトコルの標準化をやっている組織もこれを取り入れようということになりました。つまり、大上段にかざした標準化を国際組織で取り組む方法もありますけども、こういう草の根的なものが仲間を増やしていく、それがネットで広がっていって、世界にも広がっていくという動きだと思います。

ビジネスの世界でも、個から大きなところへ広がっていく動きが出てきています [スライド15]。ネットワーク社会、情報通信ネットワークについては、皆さんがスマートフォンを持っているように、行政や大企業が使う前に、もう生活の中に先に浸透してきているわけです。そして、参加型にもなってきており、そこから新しいビジネスも生まれてきています。これは単なる技術の進化ではなくて、人々の物事に対する姿勢も変わってきています。もっと参加する、もっと発言する、自分でできることはやる。これはエネルギーでも同様で、屋根に太陽電池を付けてバッテリーで溜めて、ある種の自給自足をするようなものも出てきています。

さらに、東日本大震災で我々が再認識したのが、「サービスを提供する行政、受ける市民」という一方通行の形はもう成り立たない、ということです。大災害の状況下で、自分達自身がなんとかしなくてはいけない、ということを実感し、日常時からそういうふうな状況になってきていることに気が付いたのです。良かったのは、助け合うことを日本人はまだ忘れていなかったということをその時に強く認識できたことです。近くにいる人、現地に飛んで行くボランティアだけではなくて、インターネットで繋がった多くの人達が協力をしました。つまり、国が決めて制度を作り仕組みを作る、というアプローチももちろん重要なんですけど、統合化のというのは、地域の現場から生まれていく、これを大事にしていかないと、本当に社会のイノベーションに繋がる統合化はできないということです。

繰り返しになりますが、「個」が大きな力を持っているということが認識できました [スライド16]。これは情報ネットワークということもありますし、姿が変わってもコミュニティが協力してあたるということです。ただし、個人が自分の利益を追求するということと、それが総和となった時に社会として求めている方向に進むよう、上手く合流していくような誘導なり案内が必要であります。また、組織が横断的に連携するということが必要になりますが、今日ご紹介した事例は、市町村の市町村長さん、あるいは役所の職員の方々と、地元の担い手、ベンチャーや地域の代表の人達が主体的に動いています。新しい技術の導入や社会的な改革が、そういうところから起きています。国が中央で決めて、全国一律にそれを普及させていくというアプローチが必要な部分もありますけれども、こういう個々の動きを支援するような共通の基盤を作っていくというところに注力していただくということも重要ではないかということです。私からの話題提供としては、こういう切り口でお話をさせていただきました。



プログラムに戻る