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目次

科学技術・イノベーション動向報告
オランダ編(2016年度版)

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1. オランダの概要

1.1国情

 本章では、オランダの科学技術・イノベーションの現状を理解する上での背景情報として、地理、歴史、政治などを含む国情や、経済情勢について言及する。
 オランダ(Netherland)は、オランダ王国(Kingdom of the Netherlands)の一構成国であり、国土の大半は欧州に位置する。国土面積は約4万km2で、2016年現在の人口は約1,700万人である。国土面積はEU全体の約0.9%、人口は約3.3%にすぎない。日本との比較でみれば、オランダは九州とほぼ同じ大きさであり、人口は7分の1程度である。憲法上の首都はアムステルダムだが、ここはエンターテインメントと金融の拠点となっている。王宮、国会議事堂、中央官庁、各国の大使館、国際機関などはデン・ハーグ(アムステルダムから南西に約65km)に置かれ、事実上のオランダの首都といわれている。
 オランダは早くから世界に進出し、香辛料貿易をてこに植民地を拡大していった。17~18世紀にかけて、植民地支配を強めるとともに交易体制を築き上げ、オランダ海上帝国と呼ばれるまでになった。アジアとも関わりが深く、オランダ領東インド(現在のインドネシアに相当)等を植民地として支配下に置いた。しかしながら、海上での覇権は次第に英国に奪われ、英蘭戦争、第一次・第二次世界大戦を経て、カリブ海の幾つかの島々を除いてすべての植民地を手放すこととなった。
 政体は立憲君主体制をとり、国家元首たる国王は2013年4月に即位したウィレム・アレキサンダー(Willem-Alexander)国王陛下である。議会は二院制で、第1院(上院)75議席、第2院(下院)150議席から構成され、議院内閣制をとる。法律や条約の先議権は第2院(下院)にある。2016年6月現在、自由民主国民党と労働党による連立政権が最大勢力を維持しており、マルク・ルッテ(Mark Rutte)首相は自由民主国民党の党首である。
 オランダ本土は12の州に分かれ、州は複数の基礎自治体によって構成されている。言語はオランダ語だが、オランダは欧州大陸の中で最も英語が通じる国の一つでもある。また、高技能専門家は30%の非課税対象となっているため、知的労働者には働きやすい環境が整っているといえる。
 オランダは欧州共同体(EC)の原加盟国の一つであり、欧州統合の主たる推進役でもある。欧州連合(EU)の発足を定めたマーストリヒト条約の締結に際しては、条約調印のホスト国として重要な役割を担った。

1.2経済情勢

 2015年のオランダのGDPは7,525億米国ドル(以下「ドル」と略す)で、国民一人当たりの名目GDPは4万4,433億ドルである。これは、EU28か国の中では、ルクセンブルク、デンマーク、アイルランド、スウェーデンに次いで、第5位の規模である。
 次に、産業構造を見てみたい。名目GDPにおけるロシアの産業別構成割合を示したのが図表1-1である。第一次産業が1.8%、第二次産業が21.2%、第三次産業が77.0%という内訳になっている。

図表1-1 名目GDPにおけるオランダの産業別割合(2014年)

図表1-1 名目GDPにおけるオランダの産業別割合(2014年)

出典:世界銀行(以下「世銀」と略す)のデータを元に筆者作成

 図表1-2では、2014年のデータを用いて主要国の経済活動別のGDP構成比を比較した。これで見ると、オランダは欧州諸国の中では第1次産業の割合が相対的に大きい。

図表1-2 主要国の経済活動別のGDP構成比(%)

図表1-2 主要国の経済活動別のGDP構成比(%)

出典:世銀のデータを元に筆者作成(※カナダは2012年のデータを使用)

 オランダの貿易収支を見てみると、2015年度の貿易輸出額は4,260億ユーロ1、輸入額が3,780億ユーロで、480億ユーロの貿易黒字があった。
 輸出品目の中で最もシェアが大きい品目は「機械・輸送機器(28%)」で、「化学製品(18%)」、「鉱物性燃料(13%)」、「食料品・動物(13%)」と続く(図表1-3)。
 輸出先を国・地域別に見ると、約72%がEU向けで、主要な輸出先は、ドイツ(23%)、ベルギー(10%)、英国(8.9%)、フランス(8%)である。非EU圏の中では最大の輸出先は米国(4.3%)である。日本(0.8%)はオランダの貿易相手国として大きな比重をしめていない。

図表1-3 オランダの貿易輸出(品目別)(2015年度)

図表1-3 オランダの貿易輸出(品目別)(2015年度)

出典:オランダ中央統計局のデータを元に筆者作成

 次に、輸入を品目別に見てみると、輸出同様に「機械・輸送機器(31%)」の割合が最も大きく、次いで「鉱物性燃料(17%)」、「化学製品(14%)」となっている(図表1-4)。
 輸入先では、約53%がEUからである。主な輸入先は、ドイツ(17.1%)、ベルギー(9.8%)、英国(5.5%)、フランス(4.3%)となっている。非EU圏の中で最大の輸入先は中国(9.1%)で、次いで米国(8.7%)である。日本(2.2%)はアジア諸国の中では中国に次ぐ輸入先となっている。
 このように、EUの占める割合が輸出の約72%、輸入の約53%であることから、オランダ貿易収支に占めるEUの依存度は高いことが分かる。
 また、先に述べたとおり、オランダの国土面積はEU全体の約0.9%、人口は約3.3%にすぎないが、EUの総輸出の約7%(2015年)を占めており、オランダ貿易は相対的に活発であることが分かる。

 

図表1-4 オランダの貿易輸入(品目別)(2015年度)

図表1-4 オランダの貿易輸入(品目別)(2015年度)

出典:オランダ中央統計局のデータを元に筆者作成

 オランダの特徴として、第一に、整備された物流インフラが挙げられる。オランダは、貨物およびコンテナ取扱量で欧州第1位のロッテルダム(アムステルダムから南西に約80km)港、並びに、貨物取扱量が欧州第3位および利用客数が欧州第4位のスキポール空港を有し、この2か所を軸に欧州域内を結ぶ道路、鉄道および内陸水路網を張り巡らし、欧州の物流センターとしての役割を担っている。特にロッテルダム港は欧州大陸へのゲートウェイとして利用価値が高い。
 第二に、多国籍企業の存在がある。オランダには世界的な活動を行っている大企業があり、高い国際競争力を示している。ロイヤル・ダッチ・シェルやフィリップスなどがその典型例である。両企業は、フォーブス誌の2016年の世界企業ランキング(フォーチュン・グローバル500)上位500社の中に、それぞれ第5位と368位で入っている。その他、エアバス(第100位)などの大企業もオランダに本社機能を置いており、計12社がこのトップ500にランクインしている。国の規模を考慮すれば、大企業の進出のレベルがオランダは比較的高いといえる。
 海外から多くの企業がオランダに進出しようとする理由の一つに、低い法人税など企業に対する税優遇措置が整備されている点が挙げられる。研究開発やイノベーションに関連した種々の優遇税制と合わせて第5章で紹介したい。
 オランダにおける日本企業の動向を見てみると、数字上は約400の日本企業が進出しているが、うち半分は持株会社で、実体のない「ペーパーカンパニー」と大差がない。分野は、金融やサービス系が多い。残り半分の約200社は、実際に営業拠点として事務所を置いている場合がほとんどである。
 オランダの企業の特徴的なあり方として、このような多国籍企業か、「特殊な」分野の小企業に二極化する傾向にあるといわれている。その理由として、小企業が成長しても海外企業のM&A対象となってしまうため、大か小かという極端な構造になり、間の中規模企業が多く存在しないという点が指摘されている。「特殊な」分野の小企業とは、例えばチューリップの球根を掘り起こす農業機械の開発を行うといった、オランダに「特殊な」理由で存在している企業を指している。

2. 科学技術・イノベーションに関連する組織・制度

2.1科学技術・イノベーション政策の関連機関

 本章では、オランダの科学技術・イノベーションを推進する組織や制度について説明を行う。主要な省庁や諮問機関、ファンディング機関、また研究開発実施機関などの関連する諸機関を取り上げた後、ファンディング・システムおよび高等教育制度に言及する。

2.1.1 関連機関の概要

 経済計画のための省庁間委員会(CIPE)は、閣僚会議(Council of Ministers)の議長をトップとしており、経済財政問題で政治的意思決定を行う委員会である。経済政策の策定における調整機能を有している。全体として、一般的な社会経済状況を調査し、国の主要な投資計画を承認している。

 オランダにおける科学技術・イノベーションの主要所管省は、教育・文化・科学省(OCW)と経済省(EZ)である。オランダでは伝統的に、政策策定・ファンディング・研究開発実施という各段階において、「科学」と「技術・イノベーション」が分けられてきた。OCWは、「科学」において最良の研究が実施できる環境を整備し、国民の幸福や福祉をもたらすような良質の科学を創出することをミッションの基本としている。またOCWは高等教育も所掌している。一方EZは主として、「技術・イノベーション」の面で、オランダ経済の革新性および競争力の強化をミッションの基本としている。そのため、EZでは、イノベーション環境の改善、企業によるイノベーションの奨励、また産学連携の推進などを主たる業務内容としている。
 2014年の省庁別の研究開発資金の出資額を示したのが図表2-1である。全省庁合わせて48億7,380万ユーロで、うち最大の支出をしめるOCWは35億100万ユーロ、次いでEZは9億860万ユーロとなっている。OCWとEZの2省を合わせると資金全体の約9割を占めることになる。

図表2-1 省庁別研究開発資金出資額(2014年)(単位:100万ユーロ)

図表2-1 省庁別研究開発資金出資額(2014年)(単位:100万ユーロ)

出典:ラテナウ研究所のデータを元に筆者作成

 オランダの科学技術・イノベーション政策にかかる関連組織をまとめたのが図表2-2である。

図表2-2 オランダの科学技術関連組織図

図表2-2 オランダの科学技術関連組織図

出典:各種資料を元に筆者作成

 オランダには、米国や英国、ニュージーランドのように大統領や首相に対する主席科学顧問は置かれていないが、首相・内閣および議会に対する助言や諮問・答申のための体制が充実している。政策全般に対する諮問機関である政府政策学術評議会(WRR)、科学技術・イノベーション分野に特化した諮問機関である科学技術イノベーション諮問評議会(AWTi)、また、科学的問題について政府に助言等を行うオランダ王立芸術科学アカデミー(KNAW)がある。
 立法機関に関しては、オランダ議会の上院・下院それぞれに教育・文化・科学委員会が設置されている。
 主な研究ファンディング機関としては、オランダ科学研究機構(NWO)、KNAW、技術基金(STW)、オランダ保健研究開発機構(ZonMw)およびオランダ企業局(RVO)の5つが挙げられる。NWOはOCW傘下のファンディング機関で、日本の科学技術振興機構(JST)と日本学術振興会(JSPS)の両機能を併せた組織に相当する。KNAWは独立の諮問機関であるが、傘下の研究所を中心にファンディングも行っており、予算の半分以上はOCWから支出されている。STWはNWOの一部という位置づけであるが、複数の財源を有し、技術に関連した研究ファンディングを行っている。ZonMwは保健・福祉・スポーツ省(VWS)とNWOが共同で管轄するヘルスリサーチおよびヘルスケアの分野に特化したファンディング機関である。機能的には、STWが新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に、ZonMwが日本医療研究開発機構(AMED)に近い。RVOはEZ傘下の機関であるが、他の関連省庁の事業にも広く携わっている。
 オランダの研究開発実施機関は大きく3つに分かれる。第1のタイプは、独立および国立の研究機関である。オランダ応用科学研究機構(TNO)は応用研究を中心としたオランダ最大の研究開発機関で、予算の3分の1弱を公的資金によって賄っている。TNOは日本の産業技術総合研究所(AIST)に相当する組織である。第2は、ファンディング機関や諮問機関が有する研究所である。NWOは基礎研究を中心に傘下に複数の研究所を擁し、研究助成を行うと同時に研究も実施している。KNAWも諮問機関でありながら傘下に複数の研究所を有し、助成も行っている。第3に、オランダでは大学・高等教育機関も研究開発における主要プレーヤーである。大学では教育のみならず研究も重視する環境で学生を育成している。

2.1.2 省庁

 先に記したとおり、オランダ政府は年間45億ユーロ強を科学研究(開発段階を含む)に投じている。政府は、世界のトップ水準にあるオランダの科学が今後もそのレベルを維持できるよう諸策を講じるとともに、科学研究が社会的課題や産業界が取り組む課題にも応えるよう、その推進を図っている。
 政府のウェブサイト2には、45億ユーロ強の科学研究支援は基盤的経費と競争的基金(公募によるプロジェクト助成等)に大別され、その支援対象は大きく以下の5つになるとある。

  • 大学および研究所による研究
  • CERNやESAのような国際機関
  • 大学病院での研究(遺伝性大腸癌の原因究明など)のような特定分野の研究
  • NWOによるスピノザ賞等の個々の研究者に対する奨励や授与関連のプログラム
  • 大規模研究施設およびICTインフラ。

 また近年、オランダ政府は基礎研究を重点的に支援しており、2014年以降、基礎研究に特化した追加助成を実施している。当該助成額は2017年には7,500万ユーロに達する予定である。この追加的な基礎研究資金に関して政府は、研究者間の競争と連携を奨励しつつ、研究資金の使い道については(研究計画調書に基づいて)研究者個人に委ねるとしている。
 上記45億ユーロ以外の研究開発助成については、以下の機関やプログラム等から総額70億ユーロの資金がオランダでの研究に流れている。

  • 研究プロジェクトの委託を行っている企業および公的機関
  • 癌や心疾患といった特定の疾患に対する研究に資金を投じているチャリティ
  • 欧州枠組みプログラム(Horizon 2020)やその他EUの助成基金
  • 私人(贈与、寄付、遺産等)。

 以下では、主要な関連機関の紹介を行う。


  • (1) 教育・文化・科学省(Ministry of Education, Culture and Science: OCW)
    •  教育・文化・科学省(OCW)は、技術レベルが高く創造的でスマートな環境を作り出すことを目指し、科学、教育全般、文化・マスコミ、男女共同参画を所掌する。OCWの予算全体は2000年以降上昇傾向にある。2006年には293億4,130万ユーロだった予算が、2013年には351億6,070万ユーロにまで増えている。図表2-3では、2013年の予算支出内訳を示した。科学技術・イノベーションとの関連で重要だと思われる科学研究および高等教育(専門高等教育と大学教育の2つを対象とする)に焦点を当てると、科学研究の支出は8億9,110万ユーロ(2.5%)で、高等教育部分は66億7,660万ユーロ(19%)となっている。なお最大の支出は、初等教育の101億6,680万ユーロ(28.9%)である。
    • 図表2-3 OCW予算の支出内訳(2013年)(単位:100万ユーロ)

      図表2-3 OCW予算の支出内訳(2013年)(単位:100万ユーロ)

      出典:OCWのデータを元に筆者作成

    •  OCWの科学研究予算についてもう少し詳細に見てみる。2013年の予算は8億9,110万ユーロ、2014年は9億2,640万ユーロであった。2000年以降上昇傾向にあったが、2010年の12億3,180万ユーロを境に現在に至るまでそれまでの約4分の3程度にとどまっている。この理由として、全体の約1.5割を占めていたTNOへの予算がすべてEZに移され、また、特定財源が減らされた点が指摘されている。図表2-4はOCWの科学研究予算の推移を示したものである。さらに図表2-5では、2014年の科学研究予算の内訳を示した。これで見ると、約4割が基盤的経費としてOCW傘下のファンディング機関であるNWOに、約1割がKNAWに、約1割が海外の機関に流れている。
    • 図表2-4 OCWの科学研究予算の推移(2000~2014年)(単位:100万ユーロ)

      図表2-4 OCWの科学研究予算の推移(2000~2014年)(単位:100万ユーロ)

      出典:OCWおよびラテナウ研究所のデータを元に筆者作成

      図表2-5 OCWの科学研究予算の配分先(2014年)(単位:100万ユーロ)

      図表2-5 OCWの科学研究予算の配分先(2014年)(単位:100万ユーロ)

      出典:ラテナウ研究所のデータを元に筆者作成

    •  OCWの高等教育の予算については、基盤的経費として大学に直接支給するものと、傘下のファンディング機関であるNWOを通じて間接的に公募等で競争的に支出するものとに二分される。日本でも、文部科学省から大学に運営費交付金が直接支給される一方で、所管するJSTやJSPSを通じて公募により間接的に大学が競争的資金を受け取っており、オランダのシステムと類似している。
       大学への基盤的経費は研究部分と教育部分に分けられる。研究部分は、学位の数、博士号の数など4つの指標をもとに大学に配分される。OCWのデータによれば2013年の基盤的経費の研究部分は18億ユーロ強であった。オランダの高等教育に関しては、本章の後半で改めて詳細に論じることとする。

  • (2) 経済省(Ministry of Economic Affairs: EZ)
    •  技術・イノベーションの促進については、経済省(EZ)が中心的役割を担っている。現行のイノベーション政策では主に以下の3つが目指されている。
      • 2020年までに知識経済をリードする世界トップ5に入る
      • 2020年までにオランダの研究開発の対GDP比を2.5%まで引き上げる
      • 9つのトップ・セクター(農業・食品、園芸・育種、水、ライフサイエンス・健康、化学、ハイテク、エネルギー、ロジスティクス、創造的産業の9つのセクター。詳細は後述)において「知識とイノベーションのためのトップ・コンソーシアム(TKI)」を構築し、官民合わせた投資額を5億ユーロまで確保するとともに、民間セクターからTKIへの出資は最低でも40%を占めるようにする。
    •  州全体のバルセロナ目標では2020年までに研究開発の対GDP比を3%まで引き上げることを掲げているが、オランダでは2.5%という目標設定に留めている。
       EZが推進するイノベーション振興策は大きく2つあり、一つはトップ・セクター施策を通じた産業界の研究開発活動の活発化である。もう一つは、イノベーションが起こりやすい環境作りを目指した制度設計の構築である。前者については第4章で、後者については第5章で詳細に説明を行う。
       EZは部局のようなかたちでRVOといった諸機関を有し、EZのミッション遂行のための研究開発やイノベーションスキームを実行させている。また、OCW傘下のファンディング機関であるNWO等にも一部予算を拠出している。

2.1.3 諮問・助言機関

 主席科学顧問制度がないオランダでは、首相・内閣および議会に対し科学技術分野の政策助言等を担う重要な役割を諮問機関が担っている。科学技術分野のシンクタンクも存在する。ここでは、3つの主な諮問機関とシンクタンク機関を1つ取り上げる。


  • (1) 科学技術イノベーション諮問評議会
    (Advisory council for science, technology and innovation: AWTi)
    •  科学技術イノベーション諮問評議会(AWTi)は、科学技術・イノベーション分野に特化した独立の諮問機関である。AWTiは、科学研究、技術開発およびイノベーションに関連した政策に関して、政府および議会に対し助言を行っている。
       AWTiは10人ほどのスタッフから成る。デン・ハーグ中央駅近くにあり、省庁や関連する助言機関との物理的な距離は近い。省庁では特にOCWとEZと関係が深い。AWTiでは報告書も発行している。組織のスタッフは報告書のテーマやトピックの選定には関与するが、内容を取りまとめているだけで、実際には専門家や研究者に執筆を依頼している。そのための国内の研究ネットワークの活用はAWTiの業務において必要不可欠である。
       AWTiの報告書は半年~1年かけて作成される。一旦発行された報告書の内容に対し、関係省庁は何かしら対応することが求められる。アカデミアからの応答があることもある。

  • (2) 政府政策学術評議会(Scientific Council for Government Policy: WRR)
    •  政府政策学術評議会(WRR)は、首相・内閣に対し政策全般に関連した助言を行う諮問機関で、様々なバックグラウンドを持つ30名ほどのスタッフから構成されている。ほぼすべての職員がPhDを有しているため、専門性の高い集団といえる。その最大のミッションは政策と科学的知見をつなぐことにある。
       WRRは独立した組織であり、オランダの社会にとって重要な問題(科学技術を含む)に関して政府に対する助言のみならず、報告書の作成も行っている。報告書の作成には通常2~3年と長い時間を要し、その前段階として特定のトピックに関する分析(topic analysis)を行うこともある。

  • (3) オランダ王立芸術科学アカデミー(Royal Netherlands Academy of Arts and Sciences: KNAW)
    •  オランダ王立芸術科学アカデミー(KNAW)の歴史は古く、その設立は19世紀に遡る。KNAWは単なる顕彰機関ではない。政府に対し科学的問題や主に基礎研究の分野に関する助言を行ったり、科学的討論の場を提供したりするほか、国立研究所等の上位組織として機能し、政策設定やファンディング、研究開発を行ったりしている。
       KNAWの事務局はアムステルダムにある。事務局に勤務する職員は100人程度だが、15ある傘下の研究所の研究者・職員を含めると全体で約1,200人のスタッフを抱える。約500人いるKNAW会員(準会員および外国人会員を含まない)は、質の高い科学研究が評価されて選出される名誉ある称号である。その数はオランダで研究に従事している科学者の1%にも満たない。KNAW会員は非常に優秀な選ばれた研究者により構成されているため、KNAWは国の科学活動を監視するのに適切な組織として認識されるとともに、その助言は重要なものとして捉えられている。

  • (4) ラテナウ研究所(Rathenau Instituut)
    •  ラテナウ研究所はKNAW傘下の機関だが、別個に評議会(Council)を有しているため、独立した組織として位置付けられている。同研究所は、科学技術における政治的・社会的見解の形成を目指して、研究システムの調査や科学技術分野の重要イシューの検討等を行っているシンクタンク機関である。独立という点を重視し、特定の政策上の「声」を反映することなく中立的な姿勢をとっている。
       研究所の財源は、70%がOCWから、残り30%が調査を依頼する顧客からである。政府の省庁もこの顧客の中に含まれている。
       AWTiのような助言機関との相違点を見てみると、第一に、ラテナウ研究所は助言を行う機関ではないため、政府関係者とのコンセンサスや意見のすり合わせを行う必要がない。第二に、同研究所では様々なバックグランドを有した専門家の集団から成り立っており、エビデンスを発出する機関(Evidence Generating Machine)として位置づけられる。研究所が発行する調査報告書では、エビデンスやデータが重視されている。
       調査の内容が政府の政策上何らかのインパクトを与えたか否か等の点は、研究所にとって重要ではない。研究所の業務は、中立的な観点からデータの提供と分析を行うことに終始している。

2.1.4 諮問・助言機関

 オランダのファンディング機関の特徴の一つとして、どの機関も所管省庁がありながら、他の関連省庁の事業にも携わり、その財源が多岐にわたる点が挙げられる。以下では、5つの主要なファンディング機関を取り上げる。


  • (1) オランダ科学研究機構(Netherlands Organisation for Scientific Research: NWO)
    •  オランダ科学研究機構(NWO)はOCWが所管するファンディング機関である。その責務は、科学系全分野における公的研究機関や大学での基礎研究の質や革新的性質を高めると同時に、研究成果の普及や利用を奨励して科学研究における新たな開発の牽引役となることである。
       NWOの年間予算収入は近年増加傾向にあり、2001年には4億3,300万ユーロだった予算が、2012年には7億3,400万ユーロにまで増えた。予算の多くはOCWから出資されており、全体の84%を占める。2012年の支出は総額7億5,650万ユーロで、うち半分以上の約6割が大学に、約2割がNWO傘下の研究所に流れている。NWOのファンディングはすべて競争的研究資金で、優秀な研究者・研究グループに対して助成される。NWOを中心に研究資金の流れを図式化したのが図表2-6である。
    • 図表2-6 NWOを中心とした研究資金の流れ

      図表2-6 NWOを中心とした研究資金の流れ

      出典:NWOおよびOCWのデータを元に筆者作成

    •  2016年6月時点のデータによれば、NWOは約5,800件の研究プロジェクトに助成しており、職員数は約2,500人である。うち約1,400人は傘下にある研究所に勤務する研究人材である。
       NWOは、傘下の研究所での研究、或いは、ファンディングを行った他機関での研究から生じた成果の普及に努めている。2015年4月に発表された戦略「NWO Strategy 2015-2018」によれば、そのビジョンは以下の4つである。
      • 学際的に国内外のステークホルダーと相互に連携する強靭な科学の構築
      • 国内外の科学政策の推進(オープンアクセス、学際研究、社会的課題との調和等)
      • オランダ国内の異なるセクター間の科学研究推進に向けた効果的な連携
      • 目に見えるかたちでの研究成果の普及。
    •  同戦略では、学術界、産業界、省庁、社会等、国内外の様々なステークホルダーとの連携および調和が強調されている。この戦略と並行して、NWOでは資金を投入すべき関心領域として以下の5つを定めている。

      • 好奇心に突き動かされた(curiosity-driven)研究と人材
      • テーマ別研究と官民連携(public-private partnershop: PPP)
      • 国際連携
      • 大規模研究施設
      • 国立研究所。

      図表2-6 NWOの建物

      NWOの建物 ©津田

    •  「好奇心に突き動かされた研究と人材」および「テーマ別の官民連携」の両領域では、NWOはボトムアップ型とトップダウン型の両方の研究を支援していく姿勢を打ち出している。トップダウン型のテーマ設定については、有識者による議論を踏まえつつも政府の戦略等を総合的に検討することが重視されている。「国際連携」はNWOのビジョンにおいても重視されている点である。「大規模研究施設」および「国立研究所」の両領域では、優れた研究のために最高レベルの設備を備えた研究施設への投資、並びに、傘下の研究所に対する助成・運営が重要視されている。
       NWOは様々なグラントを通して、研究者個人あるいはグループに対する助成を行ってきた。またNWOでは、オランダで最大規模のイノベーション研究インセンティブ・スキーム(Innovational Research Incentives Scheme)を2000年から運営している。同スキームは、科学研究キャリアのフェーズ別に分けた3種類の異なる個人助成から成り、それぞれのフェーズに合わせてデザインされている。これにより、若く優秀な研究者に多くの機会を与えようとしている。資金提供は、OCW、NWO、ホスト研究機関による。
       同スキームは様々なキャリアレベルの研究者を支援し独創的な研究プログラムを独立して遂行できるよう奨励するもので、学術研究の場におけるイノベーションを促進し、また有能な研究者が研究(特にアカデミア)の世界でキャリアを継続することを目的にした競争的研究資金である。特に女性の研究者を支援している。
       NWOの事務局はデン・ハーグにあるが、傘下の研究所はオランダ全国に点在している。それら所在地を示したのが図表2-7である。NWOは競争的研究資金を配分する機関であると同時に、分野の異なる8つの研究所(ASTRON、SRON、CWI、NIOZ、NSCR、AMOLF、DIFFER、Nikhef)を有し、加えてKNAWとの共同研究所(DANS)、および、オランダ高等教育・研究のためのICT共同機関(SURF)との共同研究所(NLeSC)を擁する。これら傘下の研究所では研究開発が推進されている。
    •  

      図表2-7 NWOの組織分布(2014年12月時点)

      図表2-7 NWOの組織分布(2014年12月時点)

      出典:NWOのウェブサイトの情報を元に筆者作成

  • (2) オランダ王立芸術科学アカデミー(Royal Netherlands Academy of Arts and Sciences: KNAW)
    •  オランダ王立芸術科学アカデミー(KNAW)は政府に対する諮問機関であると同時に、ファンディングや研究開発を実施する組織でもある。KNAWの諮問機関としての役割はすでに述べたとおりであり、ここではそのファンディング機能について説明する。
       2012年のKNAWの年間予算収入は2001年とほぼ同額の約1億5,000万ユーロで、近年急激な増減はない。予算の半分以上はOCWから支出されており、全体の約70%を占める。次いで委託収入が約30%となっている。2012年の支出は総額1億4,170万ユーロで、そのうち約87.5%が傘下の研究所に流れている。KNAWの助成事業は、国際会議の開催費用や研究者の海外出張費用の負担など多岐に亘っている。
       KNAWのミッションは以下の3点である。
      • KNAW会員、並びに、科学活動および科学機関に携わっている関係者間でのアイデアや情報の交換を推進する
      • 科学活動の分野における事項に関して、政府に助言を行う
      • 上記事業を遂行することにより、オランダの科学技術活動を推進する。
    •  これら3つのミッションを推進するため様々な事業をKNAWは有するが、中核となるのは以下の3つである。
      • 優れた科学研究の実施
      • 特別な科学的コレクションの整備・管理・提供
      • 科学および社会に対する貢献。
    •  KNAW傘下には15の研究所があり、人文・社会科学からライフサイエンスに至る幅広い分野で戦略的な基礎研究が実施されている。また、その他幾つかの研究所では、科学的サービス機能も有し、生物的・文書的コレクションを構築・管理している。15ある研究所の詳細については後述する。

  • (3) 技術基金(Technology Foundation: STW)
    •  技術基金(STW)は1981年に設立された研究ファンディング機関で、オランダの大学や研究機関に対し研究助成を行っている。STWはNWOの一部という位置づけで、NWOが科学研究へのファンディング事業を行っているのに対して、STWは技術に関連した研究へのファンディング事業を担っている。
       STWでは研究助成の目的として、研究の質の向上だけでなく、研究成果の利用や技術移転の促進も重視している。そのためSTWから助成を受けた研究プロジェクトは開始当初から、研究者だけでなく、期待される研究成果の利用見込み者(以下、「利用者」と略す)も含めた形で進められることになる。利用者は当該プロジェクトに対して、財政的貢献も含めインプットを提供し、報告書の書き直し等を要求する場合もある。研究者と利用者双方の話し合いは通常年に2度設けられSTW側も同席し、双方にとってプロジェクトが最大限の利益となることが期待される。
       2015年のSTWの予算は約1億ユーロであった。その内訳は、NWOから4,700万ユーロ(47%)、EZから2,300万ユーロ(23%)、OCWから800万ユーロ(8%)のほか、複数の関連機関からの共同出資や特許収入による1,500万ユーロ(15%)である。前年の2014年の予算が9,500万ユーロで、その内訳もほぼ変わっていないことから、複数の財源から安定した額の予算を毎年受けているといえる。予算の約80%が、デルフト工科大学(TU Delft)やアイントホーフェン工科大学(TU/e)など国内の工科大学に流れている。
       2016年11月時点でSTWは約800件のプロジェクトに助成している。プロジェクトの遂行責任者として大学からプロジェクトリーダーが、また、運営管理のためSTWからプログラムオフィサー(Program Officer: PO)がそれぞれ選ばれる。全プロジェクトに対し、約1,300人の利用者が関係しているとされている。利用者の内訳を見ると、約1,000人は産業界出身者で、うち40%は技術力のある中小企業が占めている。
       STWは、全研究分野を対象とした競争的研究資金制度であるOpen Technology Programme (OTP)を運営している。オランダでは基本的に分野別の研究資金助成が主流だが、OTPは全研究分野(科学技術系の分野が中心)を対象にした競争的研究資金制度で、1994年に開始された。STWのプロジェクトは5年の期間が一般的で、全体予算の5分の1、約2,000万ユーロがこのOTPに配分されている。OTPでは、トップクラスの基礎研究を促進し、社会や企業への知識移転と同時に有能な研究者の維持・育成の推進を目的としている。対象となる研究は戦略的基礎研究で、成果の利用が見込まれるものに限られる。申請は大学や研究機関の定年制職員からなされる。
       STWの事務局はユトレヒト(アムステルダムから南に約50km)にある。65人の職員を擁し、うち3分の1程度がPOである。各POは常時40~50件のプロジェクトを抱え、各プロジェクトは年に2回のサイトビジットが求められている。通常、1件のプロジェクトを1~2人のPOで担当している。一旦プロジェクトが軌道に乗ると、POは技術を市場に結び付けること、また関連あるステークホルダーをつなぐことに注力する必要がある。この点はNWOの通常業務と大きく異なる点である。NWOでは国内外のレビュアーによって純粋に科学的な観点からプロジェクトが評価されている。
      STWのファンディングの大部分、8割ほどが国内向けである。海外プロジェクトへのファンディングは基本的にNWOの公募に参加して行っている。
       最近、STWのビジョンが「Enabling new technology」から「Connecting Innovators」へと新しくなった。このことから分かるように、STWでは技術プロジェクトへのファンディングを通じて、様々なかたちでイノベーター達の連携を促すことを目指している。
    • STWの建物

      STWの建物 ©津田

  • (4) オランダ保健研究開発機構(ZonMw)
    •  ZonMwは2001年に、「Zon=The Netherlands Organisation for Care Research」と「MW=The Medical Research Counsil」が合併して設立されたヘルスリサーチおよびヘルスケアの分野に特化したファンディング機関である。この合併により、それまではばらばらにファンディングが行われていた保健・予防分野の統一が図られた。保健・福祉・スポーツ省(VWS)とNWOの共同所管にあり、財源は前者が75%、後者が25%を占めている。
       ZonMwは利害関係者(政策立案者、研究者、一般国民など)間の仲介者としての役割を務めながら、開発された知識の積極的な移転も進めている。そのミッションは、同分野での研究開発を財政面も含めて支援し、国民の病気などの予防、治療、治癒を向上させることにある。
       ZonMwでは保健・予防分野の優秀な研究者に対してTOP Grantsを助成している。TOP Grantsとは、オランダの大学や研究機関に所属して医学やヘルスケアの分野で既に著名な成果を出しているトップレベルの研究グループを対象にした研究助成である。これにより、研究における挑戦を可能にするのと同時に、ヘルスケア分野において革新的で優れた研究を継続することが期待されている。1助成は約5年間で、助成金は研究スタッフの他、支援スタッフや設備貸与の経費にも利用できる。1年間で16グループに助成される。TOP Grants全体の年間予算は800万ユーロである。
       ただし、OCWによる各研究機関への予算配分の近年の傾向として、プロジェクト・ターゲット志向に移行しており、ZonMwへの基礎経費も減少の傾向にある。
    • STWの建物

      ZonMw1階のオープンスペース ©津田
      ※絵画や芸術作品はアートセラピーとして用いられている

  • (5) オランダ企業局(Netherlands Enterprise Agency: RVO)
    •  オランダ企業局(RVO)はEZ内の部局的位置づけの機関だが、OCW、VWS、外務省、安全保障・司法省、インフラ・環境省などの他省庁との連携も重視し、関連業務を抱えている。RVOは約4,000人の職員を擁する。6つの地方支部を有し、メインオフィスはデン・ハーグにある。
       RVOの主たる業務は以下の4つである。
      • 情報収集と助言
      • 企業ネットワークの構築と活用
      • 財政支援
      • 法務・IP。
    •  「法務・IP」について少し補足すると、RVOでは知財関連の問題のみならず、研究開発にかかる機器・原料等の国外への持ち出し規制等に関しても企業のサポートを行っている。
       RVOが特に重視している領域は、イノベーション、持続可能性、農業、国際協力の4つである。RVOは同領域のプロジェクトに関して一部研究開発費を出しており、ファンディング機関としての役割も担っている。
       RVOの活動は、先述のEZの説明で言及したオランダのイノベーション政策目標3点(知識経済をリードする世界トップ5に入る、研究開発費の対GDP比を2.5%まで引き上げる、トップ・セクターでのTKI構築に5億ユーロを投じその企業負担を40%にまで引き上げる)の実現に資するものである。
       RVOの中には、EUのナショナル・コンタクトポイントが置かれており、EUの資金をうまく活用するため、情報収集とアドバイス、企業ネットワークの構築を目指している。
       RVOは2014年に2つの機関が統合して設立された新しい機関の名称である。その統合元の機関の一つは、2004年に設立されたオランダ・イノベーション・エネルギー・環境局(SenterNovem)という組織で、EZ傘下のファンディング機関であった。そのミッションは持続可能な開発とイノベーションをオランダ国内外で促進することにあり、この機能はそのままRVOに引き継がれている。

2.1.5 研究開発の実施機関

 オランダの研究開発実施機関は大きく以下の3タイプに分類される。

  • 独立研究機関、国立研究機関
  • ファンディング機関および諮問機関傘下の研究所
  • 大学・高等教育機関。

 このほか、企業が研究開発を積極的に実施している場として、オープンイノベーション・キャンパスのようなクラスターなどがある。オランダにおける企業の研究開発活動は相対的に不活発といわれているが、農業や食品、ハイテク製品など、特定の分野によっては精彩を放っているものもある。このような企業の研究開発を推進する取組については第5章で言及することとし、ここでは上記3タイプの研究開発実施機関を取り上げる。


  • (1) 独立研究機関、国立研究機関

  • (1)-1 オランダ応用科学研究機構(Netherlands Organization for Applied Scientific Research: TNO)
    •  オランダ応用科学研究機構(TNO)は、応用研究中心の研究開発を行う独立の研究機関である。TNOは戦前の1932年に設立され、約80年の歴史を持つ。設立当時の時代の要請もあって、元々は兵士の精神面の研究など軍事研究に従事していた。図表2-8で示すとおり、現在、国内だけでも23あるTNOセンターにおいて研究開発を推進しており、オランダ最大の研究開発機関である。
       TNOは全体で約3,000人の職員を擁し、250人程度がデン・ハーグにある事務局に勤務している。東京、シンガポール、ブリュッセルなど世界の主要都市にも支部を設けている。各地のTNOセンターをベースに事務局のあるデン・ハーグやその他のTNOセンターを定期的に滞在或いは訪問している職員もおり、職員間の流動性は比較的高い。
       TNOは4つの技術クラスター(ナノテクノロジー、ICT、固体・流体力学、観察・兵器・保護システム)を持ち、国防関係やデュアル・ユースの研究開発も担っている。デン・ハーグはICTの拠点、ヘルモントは自動運転技術の拠点となっている。
    • 図表2-8 オランダにあるTNOの23拠点

      図表2-8 オランダにあるTNOの23拠点

      出典:TNOのウェブサイトの情報を元に筆者作成

    •  NOはデルフトに最大の研究開発拠点を有し、4つの建物を擁している。これらは単独で建てられているわけではなく、すべてデルフト工科大学(TU Delft)の広大な敷地内にあり、物理的な近接性からも大学との連携が深いことが分かる。デルフトのTNOセンターには職員の約3分の1、つまり1,000人程度が勤務し、量子コンピュータや量子インターネットの研究開発、ロボティクスとAI、ナノメートルスケールの材料のデバイス研究開発、そしてEUV(Extreme ultraviolet)を用いた材料表面分析技術の開発などが盛んである。デルフトのほか、アイントホーフェンにもTNOの主要な研究開発機関が集まっている。
       TNOの予算は、設立当初時はすべてが政府からの拠出で賄われていたが、その割合は徐々に減り、現在、政府からの基盤的経費は全体の40%を占め、残りの60%が公的・民間セクターからの委託・共同研究収入である。
       2016年の当初予算で見ると、TNOの収入は4億1,600万ユーロで、うち基盤的経費が1億6,800万ユーロ、公的・民間セクターからの委託・共同研究収入が2億4,800万ユーロである。
       この予算を使用目的別の内訳で示したのが図表2-9である。公的・民間セクターとの契約(に基づく委託・共同プロジェクト実施経費)に1億7,300万ユーロ、官民連携型の研究・プログラミングに1億7,300万ユーロ、通常および特別目的の研究助成に5,100万ユーロ、初期段階の応用研究プログラムに1,900万ユーロとなっている。政府と関係では、特に防衛省や社会問題・雇用省の事業に携わっており、研究開発の面で協働している。
    • 図表2-9 TNO予算の使用目的別の内訳(2016年)(単位:100万ユーロ)

      図表2-9 TNO予算の使用目的別の内訳(2016年)(単位:100万ユーロ)

      出典:TNO報告書の情報を元に筆者作成成

    •  TNOのミッションは、大学における知のエクセレンスを産業応用にまでつなぐことにある。その架け橋となることがTNOの主たる役割である。そのため、TNO研究者の評価基準は論文の生産数ではなく、産業界との協力実績、技術の実用化に置かれている。TNOは、国内外の約3,000社の企業と連携し、大企業から中小企業まで幅広い関係を有している。
       研究成果を迅速に産業界につなげる試みとして、例えばデルフトのTNOセンターでは、TU Delftとジョイント・プログラムであるQuTechを立上げ、量子コンピュータ、量子インターネットの研究開発をTU Delft内で行っている。この研究開発には、物理学、電子工学、コンピュータ・サイエンスや数学、理論科学、材料科学などの様々な領域を跨ぐ知識や技術が必要であるため、サイエンスと工学が両方揃っているTU DelftにQuTechがあることのメリットは大きい。量子技術に対する期待は大きく、継続して国内外の公的な機関や企業からの投資がある。国際連携も活発で、日本企業ではNTTや東芝と協力しており、例えばインテルからは2人の出向者がここで働いている。QuTechの職員は2016年時点で140人だが、2020年までに250人に増やす予定である。QuTechがTU Delft内にあることで、アカデミアおよび産業界双方にとって必要な新世代の量子研究者や技術者を教育できるという人材育成の旨みがある。
       QuTechの2015年の年次報告書3によれば、予算は今後10年で約1億4,500万ユーロ(現物出資も含む)が措置される予定であり、その財源は主にTU Delft、TNO、産業界、省庁(EZ等)やファンディング機関(NWO等)の4つから成る。この予算額からも分かるように、オランダでは量子技術の研究開発に対する期待が高い。
       その他、産学連携の一環として、ロボティクスとAIの研究開発を実施する場として、ジョイント・イノベーション・センター(Joint Innovation Centre for interaction robotics)がデルフトに設立されている。同センターには、TNOのほか、トゥエンテ大学が主要な参画メンバーとなっており、宇宙からケミカルプラントに至るまで様々な領域におけるロボティクスの利用可能性を追求した研究開発を行っている。異なる環境下で技術を柔軟に対応させるための共同研究開発に意欲的である。同センター設立の目的の一つは、デルフトを拠点として、ロボティクスとAIの分野で企業と共同プロジェクトを実施することにある。なお、トゥエンテ大学のほか、QuTechやアイントホーフェンにあるHolst CentreやSollianceも同センターのメンバーである。
       TNOでは大学との人材交流が活発で、約15%の職員が大学とのクロス・アポイントメントになっている。例えば平日5日のうち4日はTNO勤務、残り1日は大学勤務という具合である。TNO職員は大学では基本的に大学院生の研究指導等を行っている。
       TNOは国際連携にも積極的で、海外企業からの研究開発投資の獲得にも熱心である。
       TNOの優先領域は以下の5つである。
      • 産業
      • 健康な生活
      • 防衛・安全性・安全保障
      • 都市化
      • エネルギー。
    •  例えば、上述の量子コンピューティングやナノマニュファクチュアリングは「産業」領域の主要部分を占める。TNOの中には戦略立案部門があり、常時5~7人から成る研究グループによって、優先される研究領域や分野の検討がなされている。
       TNOでは博士課程の学生に対する特別なプログラムを用意していないが、若手の人材育成に関しては、2年間の研修制度を設けている。学生は2年の間に3~8か月ごとにTNO内の様々な部署の仕事を経験し、そこで培ったノウハウやネットワークをその後のキャリアに活かすことが期待されている。

       以上見てきたとおり、TNOは複数の分野を網羅する研究開発機関だが、農業、エネルギー、水、海洋、宇宙といった、オランダが注力する分野ごとに独立の研究機関も存在する。農業、エネルギー、水、および海洋の分野はトップ・セクターとしてオランダ政府が力を入れている産業セクターである。宇宙は当該セクターには含まれていない。しかし、オランダは欧州宇宙機関(ESA)の設立時からの参加国で、オランダ宇宙局(NSO)はESAプログラムの窓口となっている。宇宙開発予算の大半はESAに拠出されており、またESAの主要な計画のほぼすべてに参加していることからも分かるように、オランダでは宇宙は重要な分野の一つとして位置づけられている。
       関連する研究機関を見てみると、農業ではワーヘニンゲン(アムステルダムから南東に約70キロ)にあるワーヘニンゲン大学・リサーチセンター(以下「ワーヘニンゲンUR」と略す)、エネルギーではペッテンにあるオランダエネルギー研究センター(ECN)、水関係ではデルフトにある水資源・水環境関連独立法人研究所(Deltares)、海洋ではワーヘニンゲンにあるオランダ海事研究所(MARIN)、そして宇宙分野ではオランダ宇宙センター(NLR)等がある。以下では農業分野を取り上げ、研究開発実施の一例としてワーヘニンゲンURの事例を取り上げる。

  • (1)-2 ワーヘニンゲンUR4
    •  現在でこそワーヘニンゲンURはオランダ農業研開発の中核的存在として注目を集めているが、1990年代には若者の農業離れが進み、学生数の減少に苦しみ廃校の危機にあった。その頃、財政逼迫に悩む政府と、専門領域に閉じこもる弊害が表明化していた研究機関との危機感から、産学官が共同で組織再編を行い、1997年にワーヘニンゲンURが設立された。これは、農業・自然・食物品質省(当時)傘下で農業研究行っていた農業研究機構(DLO)との統合による共同機関(コンソーシアム)である。こうして、研究者の意向よりも企業などの学外のニーズや要望に応じた研究に基本を据える組織に転換された。
       ワーヘニンゲンURは、農業工学・食品科学、動物科学、環境科学、植物科学、社会科学の5つの独立した科学グループにより組織されており、各科学グループは、ワーヘニンゲン大学の各学部と、これに関連するDLOの研究機関から構成されている。図表2-10ではその組織構成を示した。
    • 図表2-10 ワーヘニンゲンURの組織構成

      図表2-10 ワーヘニンゲンURの組織構成

      出典:ワーヘニンゲンURのウェブサイトの情報を元に筆者作成

    •  ワーヘニンゲンURのミッションは、生活の質の改善のために自然のポテンシャルを探求することであり、2020年までに健全な食品と生活環境の領域において欧州トップクラスの研究機関として世界中の研究機関をリードするという目標を掲げている。約6,500人の職員、1万人の学生を擁し、彼らの国籍は100か国以上におよんでいる。予算は年間約6億ユーロ規模である。
       農業環境技術研究所の報告5によれば、ワーヘニンゲンURの経営戦略のなかで注目すべき特徴として、企業の課題解決や新商品開発などのニーズに敏感に反応した研究体制が敷かれている点が挙げられ、DLOの研究機関の管理部門には民間出身者を置いて産学官の連携が図られている。現在、ワーヘニンゲンURは世界の農業科学分野において大きな存在感を示すとともに、フードテクノロジーの領域では高い競争力を保持するに至っており、オランダの食品関連企業と研究機関が集まる「知」の集積地域であるフードバレーの中核として位置づけられている。専門性の高い研究機関と大学の力を一体化することで、科学的成果の迅速な実用化や教育への導入を可能にしている。

  • (2)ファンディング機関および諮問機関傘下の研究所
    •  先述のNWOおよびKNAWはそれぞれ傘下の研究所において基礎研究を実施している。  NWOの研究所は以下の8つである。
      • 電波天文学研究所(ASTRON)
      • 国立宇宙研究所(SRON)
      • 国立数学・情報科学研究所(CWI)
      • オランダ王立海洋研究所(NIOZ)
      • 犯罪・司法研究所(NSCR)
      • オランダ基礎研究財団/原子物理学・分子物理学研究所(AMOLF)
      • オランダ基礎研究財団/国立基礎エネルギー研究所(DIFFER)
      • オランダ基礎研究財団/素粒子物理研究所(Nikhef)。

    •  KNAWの研究所は15あり、内訳は、ライフサイエンス系が5研究所、人文・社会科学系のものが9研究所、データ・社会的議論系が1研究所となっている。その特徴は、自然科学から社会・人文科学を含む幅広い分野をカバーしている点にあり、自然科学分野のみを対象とするNWOや、米国や英国のアカデミーとも異なる。例えば英国では、王立アカデミーのほか、工学などの分野ごとにアカデミーが置かれているが、オランダではすべてがKNAWの下に統合されている。傘下の15の研究所は以下のとおりである。
      • 菌類多様性センター(CBS)
      • 発生生物学・幹細胞研究ヒューブレヒト研究所
      • 国立神経科学研究所
      • 国立生態学研究所(NIOO)
      • スピノザ神経画像センター
      • データアーカイビング・ネットワークサービス(DANS)
      • フリスケ・アカデミー(FA)
      • オランダ史ホイヘンス研究所
      • 社会史国際研究所(IISH)
      • オランダ王立南東アジア・カリブ研究所(KITLV)
      • メールテンス研究所6
      • 戦争・ホロコースト・ジェノサイドNIOD研究所
      • 国立人口動態研究所(NIDI)
      • 国立人文・社会科学先端研究所(NIAS)
      • ラテナウ研究所。

  • (3)大学
    •  オランダの大学は全部で52校あり、私立大学は1校のみで他はすべて公立大学である。大学は大きく2タイプに分かれ、一つのタイプは、研究大学(researcy university: WO)と呼ばれ、15校ある。この15校の中には私立大学1校およびOpen University Netherlands(通信制の大学)も含まれる。もう一つは応用科学大学(university of applied sciences: UAS)と呼ばれ、37校ある。
       WOでは研究が重視されており、科学研究の実施、研究開発の土台となるような教育の提供、知識の普及の3点を掲げ、基礎・応用の研究と理論構築に力を入れている。WOへの進学率は全体の10%ほどであり、エリート志向が強いといわれている。他方、USAでは専門的・実践的な教育訓練が優先される高等教育機関である。USAで学士を取ってから、WOに進学する学生も少ないないといわれている。研究開発の実施機関としてはWOが重要であるが、最近は研究の社会的・経済的インパクトが求められる傾向にある。
       図表2-11で示した英国のタイムズ社による直近の世界大学ランキングでは、WO15大学のうち12校が200位内にランクインしている。オランダの大学の中では1位のワーヘニンゲンURでも47位であることから、最上位レベルにランクインしている大学はないものの、WOのほとんどが世界上位200位内に選ばれており、世界的に評価されている大学が多いことが分かる。
    • 図表2-11 THE世界大学ランキング(2015年度)のトップ200位以内のオランダの大学

      図表2-11 THE世界大学ランキング(2015年度)のトップ200位以内のオランダの大学

      出典:THE World University Rankings 2015/16のデータを元に筆者作成

2.2ファンディング・システム

 ここでは、オランダにおける研究開発助成の流れを概説するとともに、実際に資金を配分する機関についても言及する。

2.2.1 ファンディング・システムの概要

 オランダ学術会議(CNR)はオランダ最大の公的研究機関であり、教育大学研究省(MIUR)の傘下にある。目的としては、研究の推進、イノベーションや競争力の促進、国際化の推進、技術や解決策の提供や助言、人材育成への貢献等がある。①地球システム科学・環境技術、②生物学、農業と食品科学、③化学と材料技術、④物理科学、⑤バイオメディカルサイエンス、⑥エンジニアリング、ICTとエネルギーと輸送技術、⑦社会科学と人文科学、文化的遺産の7部門に分かれており、部門ごとに計画・監督機能を有している。合わせて102の研究所があり、職員を合計すると8,000名以上、そのうち約6割が研究者もしくは技術者である。 ^オランダでは、政府による研究開発費の72%がOCWから、19%がEZから支出されている。OCW予算のうち、科学研究への支出は2.5%にすぎず、その約4割がNWOの基盤的経費である。他方、OCWから大学への支出は全体の19%を占めている。
 大学への研究資金配分はまず、OCWを中心に政府から措置される資金と、NWO等を通じた競争的資金という2つの流れがあり、前者は「政府による直接的なファンディング」、後者は「政府による(NWOを通じた)間接的なファンディング」と呼ばれている。それに加え、第3の流れとして、政府外からの助成によるものがある。
 先に述べたとおり、NWOはファンディング機関であると同時に傘下の研究所において研究開発を行っている。KNAW傘下の15の研究所でも研究開発を担っている。また、EZ内のRVOも助成を行っている。
 オランダの研究にとって、国内の基盤的経費や競争的資金だけでなく、EUからのファンディングも重要である。科学技術関連予算に関して、オランダはEUの恩恵を最も受けている国の一つといえる。
 オランダの研究開発費において最大の負担者は企業である。企業へは企業自らと海外から研究資金が流れている。
 以上をまとめたのが図表2-12である。

図表2-12 オランダの研究制度と研究資金の流れ

図表2-12 オランダの研究制度と研究資金の流れ

出典:OCWのデータ”Key Figures Science”を元に筆者作成

2.2.2 資金配分に携わる機関と資金の流れ

 第6章の科学技術のインプット指標においても示しているが、オランダの研究開発費は約163億ドルで、米国の約28分の1、日本の約10分の1の規模である。図表2-13から分かるとおり、オランダはEUの平均値とほぼ同じである。
 研究開発費の負担割合を見てみると、オランダでは、企業が51%と最も大きく、政府が33%、海外が13%と続いている。このセクター別の割合もほぼEUの平均である。

図表2-13 研究開発費の負担割合とその対GDP比の主要国比較(2013年)

図表2-13 研究開発費の負担割合とその対GDP比の主要国比較(2013年)

出典:OCWのデータ”Key Figures Science”を元に筆者作成

 しかし、研究開発費の使用側から見ると、オランダでは、高等教育機関の使用割合(32%)がEU28か国平均(23%)より高いのに対して、企業の使用割合(56%)はEU平均(63%)より低い。オランダではより多くの研究開発費が高等教育機関に流れている。
 図表2-14は、2014年のオランダにおける研究資金の流れとその金額を示したものだが、高等教育機関には主に政府から、研究機関には主に政府や海外から資金が流れていることが分かる。また、研究開発費を最も多く負担している企業からの資金の大部分は、企業自らに流れており、それに海外からの資金も入っている。
 高等教育機関に対する研究資金助成の内訳を見てみると、主に3つの流れがある。第1の流れはOCWを中心とした省庁からの資金である。これは全体の約65%を占めているが、近年徐々に減少の方向にある。とはいえ、大学にとって最大の資金源にあることに変わりはない。第2の流れは、全体の約15%を占めているNWOなどのファンディング機能を持つ機関による競争的研究資金を中心とした助成である。例えばNWOはOCWとEZから主に予算出資を受け、大学等に資金を配分している。これらファンディング機関の財源はほぼ政府からであるため、図表2-14では第1および第2の流れは同じ政府からの研究資金助成の流れのなかに位置づけられている。第3の流れは、政府外からの助成によるもので、全体の20%程度を占める。これには例えば、民間の非営利セクター(PNP)や海外からの助成や企業からの出資が含まれる。

図表2-14 オランダにおける研究資金の流れ(2014年)

図表2-14 オランダにおける研究資金の流れ(2014年)

出典:OCWのデータ”Key Figures Science”を元に筆者作成

 国内の公的なファンディングは2つのタイプに分けられる。一つは、競争によらず、受け取り手が自由に使用することのできる基盤的経費である。もう一つは、期間を限定してプロジェクトやプログラムに対し配分される競争的資金で、いわゆる公募型の研究資金を指す。競争的資金については、ファンディング機関のNWOと各省庁が主たる配分元になり、特にNWOは研究助成に関する厳格なピアレビュー制度を有している。
 競争的であれ非競争的であれ、上記のような直接的な研究資金の流れがオランダでは伝統的であったが、1990年代中ごろから、民間セクターの研究開発を促進するための間接的な研究支援として税制優遇制度が確立されてきた。2016年には2つの主な研究開発優遇税制WBSO(研究開発費のための奨励制度)とRDA(研究開発コストの税額控除プログラム)が制度的に一つに統合され、2016年度は約115万ユーロが予算として計上されている。

2.2.3 公募採択のプロセス

 ファンディング機関であるNWO、STWおよびZonMwにおける公募採択のプロセスは共通である。その特徴の一つは、一旦提出した申請書類の書き直しをレビュアーが申請者に対し要求することがあるという点にある。修正を求められた申請者は情報を精査し、レビュー内容に答えた上で再提出することになる。
 以下では、STWにおけるプロジェクトの選定プロセスを具体事例として紹介したい。
 STWでは、プロジェクトの申請に際し審査委員会を設けるが、NWOが純粋に科学的な質の観点からプロポーザルを審査するのに対し、STWはプロポーザルを応用的見地(application perspective)から判断し、当該プロポーザルの内容がどのように利用され得るかという点を考慮する。STWのみ単独での審査はない。STWでは研究助成の目的として、研究の質の向上だけでなく、研究成果の利用や技術移転の促進も重視している。そのためSTWから助成を受けた研究プロジェクトは開始当初から、研究者だけでなく、期待される研究成果の利用見込み者(以下「利用者」と略す)も含めた形で進められることになる。利用者は当該プロジェクトに対して、財政的貢献も含めインプットを提供し、報告書の書き直し等を要求する場合もある。一般的にこの利用者も交えたミーティングは年に2度設けられる。
 先述したOpen Technology Programme (OTP)の場合、STWでは独立した国内外のレビュアーを最低3人付け、プロジェクトを審査する。申請内容が不十分である場合、レビューの内容は修正のため申請者に戻される。それを受け取った申請者は情報を精査しレビュー内容に答えなければならない。レビュー内容およびそれに対する申請者の応答はすべて、審査委員会に上げられる。同委員会のメンバーは、レビュー内容やコメントを加味しさまざまな見地等からプロジェクトのランク付けを行う。結果はSTW運営理事会に送られ、当該理事会が最終的にファイディングの決定を行う。この際、却下されるプロジェクトはほとんどないという。全体の約30%のプロジェクトがファンディングの対象とされる。STWではなるべくこの割合を維持するよう努めている。というのも、EUのプログラム、例えばHorizon 2020では採択率が数%であることを考えると、国内研究者に研究の機会を与えるという意味でも重要だからである。OTP以外の特定分野対象のプログラムにおける採択率でも20%をキープしている。ただし、どのプログラムにおいても9か月以内に全工程を終える必要がある。

2.2.4 課題

 以上見てきたように、オランダでは企業に流れる研究開発費はEU28か国平均よりも低く、逆により多くの研究開発費が高等教育機関に流れている。オランダは欧州の中でも相対的に産業界の研究開発が不活発な国の一つであるということができる。
 企業の研究開発投資額について詳細に知るには、欧州委員会が公表した「2015年EU産業研究開発投資スコアボード(EU Industrial R&D Investment Scoreboard)」が有益である。同スコアボードは、企業による研究開発への総支出において約90%をしめる世界の上位2,500社について分析を行ったものである。直近のデータによると、2,500社全体での投資総額は2014年で6,072憶ユーロであった。EUに拠点を置く企業は608社、米国に拠点を置く企業は829社、日本に拠点を置く企業は360社、その他の地域の企業は703社となった。
 EUに拠点を置く608社のうちオランダは42社となっている。この42社の研究開発費を合わせると、約170億ユーロ(約190億ドル)である。他方、先述のとおり、2014年のオランダの官民合わせた研究開発投資は約163億ドルで、うち企業からの投資が約83億ドル(51.1%)であった。
 これら数字の違いが意味しているのは、オランダは、フィリップスのような多国籍企業を抱え、また、最近ではエアバスや、フィアット・クライスラー(Fiat Chrysler Automobiles)などの世界有数の大企業が税優遇措置のため本社機能を移してきている。これら企業が研究開発に出すお金は膨大であるが、それがオランダの民間の研究開発にどのように効果的に流れているかは未知数である。少なくともデータ上は、企業の研究開発費の半分以上はオランダに落ちてきていないことが分かる。雇用の創出という点で企業の誘致は重要だが、企業の研究開発活動を引き上げるためにはまた別の施策が必要であると思われる。
 近年のオランダでは、特に地方のレベルで活発的にオープンイノベーションの推進を掲げ、産学官を巻き込んだかたちでの研究開発活動をサポートする枠組みが構築されてきている。これは、企業全体の研究開発をてこ入れすることにも繋がっている。それについては第5章で後述したい。

2.3高等教育制度

 ここではオランダの高等教育制度について概観し、個別事例としてアムステルダム大学(UvA)とデルフト工科大学(TU Delft)を取り上げる。さらにライデン大学内にある科学技術論センター(CWTS)についても紹介する。

2.3.1 高等教育制度の概要

 オランダでは研究開発費の約3割が大学に流れており、大学も重要な研究開発の実施機関となっている。OCWのデータによれば、2012年にはオランダの高等教育セクターで研究開発に従事する職員数は32万5,000人(FTE換算)である。
 オランダの大学は全部で52校あり、私立大学は1校のみで他はすべて公立大学である。大学は大きく2タイプに分かれ、一つのタイプは、研究大学(WO)と呼ばれ、15校ある。もう一つは応用科学大学(UAS)と呼ばれ、37校ある。
 繰り返しになるが、WOでは研究が重視されており、科学研究の実施、研究開発の土台となるような教育の提供、知識の普及の3点を掲げ、基礎・応用の研究と理論構築に力を入れている。WOへの進学率は全体の10%ほどであり、エリート志向が強いといわれている。WOではより国際協力が活発で、1980年代から大学研究に対する外部専門家評価(6年ごと)を受け入れてきた。他方、UASでは専門的・実践的な教育訓練が優先される高等教育機関である。
 図表2-11で示したとおり、英国タイムズ社による世界大学ランキングでは15校あるWOのうち12校が200位内にランクインしており、世界的に評価されている大学が多い。図表2-15では比較の観点から欧州の主要な国々と日本の大学の100 位以内のランキング状況を示した。英国の大学数の多さが顕著だが、オランダの大学も相対的に高く評価されていることが分かる。

図表2-15 主要国における世界大学ランキングの比較(2015年度)

図表2-15 主要国における世界大学ランキングの比較(2015年度)

出典:QS World University Rankings 2015/16およびTHE World University Rankings 2015/16
のデータを元に筆者作成

 オランダの大学の特徴としては、伝統的に自立した組織である、また、飛び抜けて優秀な大学がない代わりにどの大学も同程度に総じて高いレベルにあると指摘されることが多い。後者の点は、大学のヒエラルキーが顕著である英国のような国とは異なるあり方である。
 現在、オランダでは高等教育改革が進行中である。現行の高等教育制度のさらなる改善が必要であるとの立場に立ち、2018~2025年の期間において高等教育機関に対し年間約10億ユーロの追加拠出が予定されている。

2.3.2 大学

  • (1) アムステルダム大学(UvA)
    •  アムステルダム大学(UvA)は、アムステルダムにある公立の研究大学(WO)の一つで、社会・行動科学、経済・経営学、法学、自然科学、医学、歯学の7つの学部を有する総合大学である。学生数(修士を含む)は3万1,505人(2014年10月時点)で、年間予算は約6億ユーロである。博士課程の学生は1,379人(FTE換算だと899人)で、博士課程を除くアカデミック・スタッフの数は2,538人(FTE換算だと1,951人)、非アカデミック・スタッフの数は2,451人(FTE換算だと1,900人)である。2015 年のPhD授与数は478件であった。
       一般的にWOは応用科学大学(UAS)のような他の公立大学よりも研究を重視しているが、UvAでは研究と教育の比重は同じとされている。研究に関しては自然科学から社会・人文科学に至るまで20の優先分野を設け、それらを7つのカテゴリーに分けている。分野の詳細は以下のとおりである。
      • 認識学、社会経済行動学、神経科学
        • ・行動経済学
        • ・脳と認識
      • コミュニケーション・情報
        • ・コミュニケーション
        • ・情報法
      • 自然科学の基礎
        • ・重力天文素粒子物理学(GRAPPA)
        • ・量子問題・量子情報
      • グローバリゼーション、アイデンティティ、不平等性、都市環境
        • ・文化遺産とアイデンティティ
        • ・文化移動とグローバリゼーション
        • ・都市研究
      • 人間の健康
        • ・グローバル医療と開発
        • ・心臓病
        • ・感染症と免疫
        • ・代謝疾患
        • ・口腔感染症と炎症
        • ・口腔再生医療(バイオ工学)
      • 持続可能な世界
        • ・持続可能な化学
        • ・システムバイオロジー
      • トランスレーショナルな法律・ガバナンス
        • ・コーポレートガバナンス
        • ・国際上の法の支配
        • ・欧州の官民法。

    •  研究支援のために9人から成るGrant Support Teamを設け、欧州の枠組みプログラムだけでなく、様々な競争的資金を獲得できるよう申請に関するアドバイス等を行っている。2016年9月に更新された欧州委員会のデータによれば、UvAのHorizon 2020への参加数および助成された金額は、デルフト工科大学(TU Delft)に次いでオランダで第2位を誇っている。
       UvAでは、EU諸国との連携のみならず、グローバルな大学間の協力関係の構築も重視している。まずEUレベルだと、UvAは、研究機能の高いEU圏の大学21校から構成されるコンソーシアムLERU(League of European Research Universities)のメンバーである。同コンソーシアムは、研究が国際的に競争する環境下において質の高い教育価値をシェアすることを目的に設立された。オランダ国内ではライデン大学とユトレヒト大学もメンバー校となっている。LERUに関わる学生数は約55万人で、うち5万人のPhDを含む。LERUのメンバー大学トータルで毎年5万5,000人の修士と1万2,000人の博士が輩出されている。研究予算全体は50億ユーロ強で、EUからの研究助成金は3億ユーロほどになる。
       他方、よりグローバルの連携ではUvAは、17地域25校の大学から成る「U21Global Network」のメンバーである。同ネットワークは1997年に設立され、130万人の学生が関与している。マルチレベルのプロジェクトを通じて、教育のイノベーション、研究者の関与、学生の経験をそれぞれ高めることを目指している。
       大学同士のバイのパートナーシップは16件ある。UvAでは、協力件数の数を上げることにはこだわっておらず、既存のものの強化と深化にも注力している。
    • STWの建物

      アムステルダム大学、Amsterdam City Campus©津田

  • (2)デルフト工科大学(TU Delft)
    •  アデルフト工科大学(TU Delft)は、デルフトにあるオランダ最古の工科大学で、公立の総合大学WOの一つである。設立以来3人のノーベル賞受賞者を輩出しており、航空宇宙科学部、応用科学部、建築学部、土木工学部、電子数理情報工学部、技術管理学部、デザイン工学部、工学部、理学部の9学部から成る。
       社会基盤工学・建築工学・航空宇宙工学といった社会への応用を重視した工学の分野で高い評価を受けており、2015年QS世界大学ランキングにおいて、土木工学分野で第2位、建築分野で第3位となった。
       応科学部では、水分解による水素製造、水素センサー、透過光可変デバイス、水素貯蔵材料研究などユニークな研究が行われている。
       大学が公表している”Facts and Figures”の2015年度版7によれば、学生数は全体で1万9,613人。修士の学生は2,251人、博士課程の学生は2,575人で、海外からの留学生数は4,245人である。研究人材は2,935人(FTE換算だと2,668人)である。
    • TU Delftのキャンパス

      TU Delftのキャンパス©津田

      電子数理情報工学部の建物

      電子数理情報工学部の建物©津田

2.3.3 その他の機関

 その他の機関として、ビブリオメトリクス分析等に焦点を当てた政策研究を行っているライデン大学内の科学技術論センター(Centre for Science and Technology Studies: CWTS)を紹介したい。


  • (1)ライデン大学 科学技術論センター(Centre for Science and Technology Studies: CWTS)
    •  CWTSは約30年前にライデン大学に設置された組織である。その設立の背景は、当時のライデン大学経営陣が学内教員らの研究成果に満足していなかったため、成果の評価を実施し研究の質を管理するシステムを必要としていたことによる。論文等のデータを研究評価に用いることが検討され、約3年の準備期間を経て設立するに至った。このようにCWTS設立はライデン大学自体の要望によるところが大きい。
       CWTSは組織上、社会・行動科学部(Social and Behavioural Science)に属する。CWTSが扱う領域は自然科学も含み、メタサイエンスに該当するが、学内の実務的な理由によりこのような位置づけとなっている。CWTSは、データ分析という点で情報科学、また、情報システムを活用するアプリケーションとして公共政策額、個別の関心として経済学や経営学、政治学などをカバーしている。
       CWTSでは、科学技術の発展について科学技術論文等の大容量データベースを用いて評価するなど、ビブリオメトリクス分析に焦点を当てた政策研究を行っている。CWTSは科学技術指標を提供したり、ビブリオメトリクスによるサイエンス・マップを作成したりと、パフォーマンスやベンチマーク研究を行うオランダの代表的な機関である。継続的に公表している”Leiden Ranking”は、世界の大規模大学の論文引用度数によるランキングとして、最も信頼性の高いものの一つとして受け入れられている。
    • ライデン大学

      ライデン大学©津田

      CWTSのある建物

      CWTSのある建物©津田

    •  CWTSは30人のスタッフから成る。設立当初はライデン大学から資金提供を受けていたが、現在は、予算の半分は政府から、残り半分は企業との契約や欧州の競争的資金を獲得することで賄っている。特にエルゼビアは最も大きな顧客である。CWTSメンバーはエルゼビアの研究開発部門の一つであり、Scopusの開発にも深く関わった。その他、顧客は、大学、病院、企業、ファンディング機関、省庁と多岐にわたる。
       CWTSはライデン大学側の需要から設立された機関ではあるが、現在大学のプレゼンスはそれほど大きくなく、調査を依頼する顧客の一人といった認識になりつつある。
       コアとなるビブリオメトリクスのデータシステムは、トムソン・ロイター社(現、Clarivate Analytics社)のWeb of Scienceであり、これにエルゼビア社のScopus、特許データPATSTAT、政府機関や大学等との関連業務から得られた追加データを合わせて拡充している。ScopusとWeb of Scienceに関しては、ライセンス契約を結び、データベース利用に対して利用料を支払っている。これには多くの費用が必要であるため、商品・サービスの販売事業会社CWTS B.V.8等を通じて積極的に収入を得なければならない事情がある。
       CWTSでは大容量のデータベースを用いた分析に強みがあるため、科学技術論文以外にも、例えばパテントやスピンアウトしたスタートアップ企業に関する情報など多様な科学技術関連のデータ収集が重要である。この量的な強みが、他の科学技術関連のシンクタンクや調査機関とCWTSを分ける点である。諮問・助言機関やラテナウ研究所などは政策に近い立場にあるため、組織上独立しているとはいえ、すべてデン・ハーグに所在している。
       近年のCWTSでは、量的な分析に質的な研究を組み合わせたものや研究者の行動分析も行われている。

2.4まとめ

 本章では、オランダの科学技術・イノベーションに関する組織や制度について網羅的に説明を行った。
 オランダの科学技術・イノベーションの主要所管省は、教育・文化・科学省(OCW)と経済省(EZ)であり、政府は年間45億ユーロ強を科学研究に投じている。科学技術・イノベーション分野の政策に関し、政府や議会に助言等を諮問機関やシンクタンク機関が多く存在している。
 主なファンディング機関としてはNWOがあり、その一部としてSTWおよびZonMwが専門分野に特化したかたちで置かれている。諮問機関であるKNAWは傘下研究所に対し助成を行い、EZの一部局であるRVOにはEUのナショナル・コンタクトポイントが置かれ、EUの資金をうまく活用するための情報提供等が行われている。これらの機関はいずれも複数の財源を有しつつ、支援する分野をうまく棲み分けているのが特徴的である。
 オランダの研究資金の流れを簡潔にまとめると、NWO、STWおよびZonMWでは、プロジェクトおよび個人ベースのファンディングを行っている。NWOは様々なグラントを通して研究者個人あるいはグループに対する助成を行うと同時に、オランダ最大のInnovational Research Incentives Schemeを運営している。NWOが大学への科学研究へのファンディング事業を行っているのに対し、STWは技術に関連した研究へのファンディング事業を担い、産業界の関与にも注力している。STWは全研究分野を対象とした競争的研究資金制度であるOTPを運営している。ZonMWはヘルスリサーチおよびヘルスケアの分野にフォーカスしたプロジェクトを支援し、保健・予防分野の優秀な研究者に対してTOP Grantsを助成している。
 オランダにおける研究開発実施機関の3大アクターは、国立研究機関、ファンディング機関および諮問機関傘下の研究所、高等教育機関である。本章では、TNOとワーヘニンゲンUR、NWOおよびKNAW傘下の研究所、UvAおよびTU Delftの事例を中心に言及した。これら機関における研究開発は、政府の戦略や施策との連携を図りながら実施されている。
 オランダでは高等教育機関の評価は高い。研究大学(WO)は大学の世界ランキングでも相対的に高く評価されており、実際、より多くの研究開発費の高等教育機関に流れている。
 他方、企業の研究開発活動は比較的低調である。企業の研究開発活動をどのように引き上げていくか、この点はオランダの研究開発を推進する上での課題の一つであろう。

3. 科学技術・イノベーション政策の歴史

 本章では、オランダの科学技術・イノベーション政策の歴史について述べる。1980年代以降の取組を概観した上で、現行の政策について言及する。

3.11980年代~1990年代

 オランダがイノベーションを意識した科学技術政策を打ち出したのは、欧州の他の諸国と比べても比較的早い時期である。1980年代にオランダで初めてのイノベーション政策が制定された。

3.21980年代~1990年代

 EZは2003年10月、民間セクターのイノベーション能力を強化することを目的として、The Innovation Letter “Action for Innovation: tackling the Lisbon ambition”を発表した。同文書において以下の3つの主要目標を掲げた。

  • イノベーション環境の強化
  • 企業の革新化の推進
  • 戦略的分野での集中強化によるイノベーション機会の利用。

 その後2004年1月には、OCWが”Science Budget 2004: Focus on Excellence and Greater Value”を発表し、以下の5点を主要政策目標とするオランダの研究システムに関する政策を示した。

  • 集中強化・優先分野の選定
  • 研究成果の利用促進
  • 研究人材の育成および維持
  • 競争による最良の研究促進
  • 一般国民の科学技術に関する理解増進。

 さらに2007年11月にはOCWにより、イノベーションの基盤となる高等教育および科学研究に関して包括的な方向性や政策を示した”Strategic Agenda for Higher Education, Research and Science Policy”が発表されている。高等教育においては「野心的な学習文化」を、科学研究においては「卓越した研究環境」を構築する必要があるとして、そのためのアプローチが提示された。
 EZ主導で設置され省庁間で調整しながら合同で知識イノベーション推進事業を担っていた知識イノベーション・プログラム局は、2008年6月にイノベーション長期戦略を発表した。これは、安全保障、水、エネルギー、ヘルスケア等の分野における社会イノベーション計画を策定していた政府の事業の一環で、「持続可能な生産性の成長」をキーワードに2030年のオランダ社会に向けての戦略を示したものである。

4. 現在の科学技術・イノベーション政策の全体像

 本章では、オランダにおける現行の科学技術・イノベーション分野の政策や戦略の中でも特に重要と思われるものを整理し概説する。

4.1現政権の政策・戦略

 オランダの科学技術・イノベーション政策で特徴的であるのは、政府がトップレベルで示す内容は簡潔かつ明瞭であり、課題認識、それを克服するための全体的な見通しや方向性を設定し進むべき道を示すものとなっている。こうした国家の政策や戦略とうまく連携を図りつつ、各機関は、個別具体的なやり方について戦略やアジェンダを設けている。この辺りは各機関の自由な裁量に委ねられている。

4.1.1 現行の科学技術政策

 近年の動きとしては、2011年にトップ・セクター施策が発表され、重点9分野において産学官の3体による連携促進が進められている。9分野は以下のとおりである(詳細は後述)。

  • 農業・食品
  • 園芸・育種
  • ライフサイエンス・健康
  • 化学
  • ハイテク
  • エネルギー
  • ロジスティクス
  • 創造的産業。

 2014年12月には未来のサイエンスビジョン”2025 - Vision for Science choices for the future”がOCWから発表された。これは、科学政策に関する2025年までの政府計画である。ビジョンとして以下の3点が示されている。

  • オランダ科学はグローバルなレベルで重要
  • オランダ科学は社会および民間セクターと密接な連携を構築
  • オランダ科学はトップレベルの才能を養成する場(breeding ground)であり続ける。

 技術・イノベーションの促進についてはEZが中心的役割を担っている。2016年9月には、財務大臣よる翌年の予算発表に合わせて、EZ大臣がイノベーションおよびテクノロジーに関連した以下の3つの目標を打ち出したばかりである。

  • オランダは2020年までに知識経済をリードする世界トップ5に入る
  • 2020年までにオランダの研究開発費の対GDP比を2.5%まで引き上げる
  • トップ・セクター9分野において「知識とイノベーションのためのトップ・コンソーシアム(TKI)」を構築し、官民合わせた投資額を5億ユーロまで確保するとともに、民間セクターからTKIへの出資は最低でも40%を占めるようにする。

 2010年12月に発足したルッテ政権では、発足当初は財政再建を掲げ、そのため科学技術予算も削減された。しかし2013年以降、景気が回復するのと比例して、科学技術予算は伸びる方向で期待され、若干の増加傾向にあった。
 しかしながら、ラテナウ研究所の報告書9によれば、2014年までは官民合わせた研究開発投資額は増加傾向にあったが、2014年以降は公的な研究開発費の漸減し、今後もその傾向が続くことが予想されている。その主たる理由として、応用研究に従事する研究機関への財政支援の削減および特定政策予算の減少が挙げられているが、加えて、民間セクターの研究開発を促すための税制優遇制度が間接的な研究支援としてこれらの減少分を補うほどに活発に適用されていない点が指摘されている。2014年の時点では0.74%だった公的研究開発費の対GDP比は2020年には0.64%にまで下がることが見込まれている。
 OECDのデータによれば、オランダにおける官民合わせた研究開発費の対GDP比は2014年で2%である。欧州全体のバルセロナ目標では2020年までにこの値を3%まで引き上げることを掲げているが、上に述べたとおり、オランダ政府は2.5%という目標設定に留めている。
 2013年、今後10年を見据えた研究アジェンダを設定するため、知識連合(Knowledge Coalition)が設置され、ボトムアップ的に研究アジェンダの検討が行われた。合計約1万2,000件のアンケートが研究者や科学技術関係者らに配られ、それら結果を取りまとめ調整した結果、2015年11月、140項目から成る国家研究アジェンダ”The Dutch national research agenda(NRA)10”が発表された。NRAには社会的課題を含むかたちで幅広く科学技術にとっても重要課題が含まれている。ただし、具体的なプログラムやプロジェクトに紐付けられているわけではなく、研究分野間の交流促進や分野横断的な連携の可能性を見い出す土台として活用されることが期待されている。

4.1.2 高等教育戦略

 高等教育戦略については、2015年7月にOCWから2015~2025年までの高等教育・研究に関する戦略アジェンダとして”The value of knowledge”が発表されている。同戦略アジェンダでは、この先の10年においてオランダの高等教育がとるべき行動指針として以下の3つを掲げた。

  • 世界トップクラスの教育
  • アクセシビリティ、人材開発、多様性
  • 社会的関連性。

 高等教育の質を向上すべく、2018~2025年の期間で年間約10億ユーロの追加投資を約束しており、教育内容の充実や関連プログラムへのファンディング等が実施される予定である。
 当該戦略の準備・策定の時期に導入が決定された学生向けの新たなローン制度の導入が古い制度に取って代わって運営を開始した。新制度では、2015年9月以降に学部および修士課程に入学する学生が対象となり、高等教育への政府の予算的負担が少し軽減することが期待されている。

4.2産業力強化に向けた戦略

 ここでは、現行のイノベーション政策の中核を担う施策であるトップ・セクターのアプローチ、および、産学官連携により企業の研究開発活動を活発化することを目指したオープンイノベーションの構想について説明する。

4.2.1 高等教育戦略

 オランダ政府は2011年、オランダが強い9の産業分野を「トップ・セクター」に位置づけた。その意図するところは、一層の規制緩和を図り、政府、企業、研究の3体による連携促進を進めることで、経済成長と社会繁栄を促進することにある。この9つの分野とは、農業・食品、園芸・育種、水、ライフサイエンス・健康、化学、ハイテク、エネルギー、ロジスティクス、創造的産業である。
 予算としては官民合わせて2020年までに約70億ユーロの投資が見込まれており、知識経済の一層の促進が目指されている。具体的な目標は先述したイノベーション政策の内容である。ただし、予算の配分は9つのセクターに9分の1ずつ平等に配分されているわけではない。研究の規模によって決まるものだが、ハイテクの分野に半分ほど流れている。次に、農業・食品、化学の順に流れている予算が多い。
 このトップ・セクター施策のユニークなところは、各セクターのプロジェクト等の計画立案・作成は企業が担う点である。企業のイニシアチブで重要分野の設定や投資を行わせ、そこから得られる利益を社会に還元させるという方法をとる。
 ただし問題点もある。9つの産業分野がすべてを網羅しているわけではない。より産業界のニーズに応え、ビジネス・イノベーションのニーズを満たすために、セクターの追加、削減等も今後検討されている。最先端の技術分野をどう取り込んでいくかについても課題である。
 トップ・セクター施策と欧州枠組みプログラムとの連携(特に「社会的課題」の部分で)も重視されている。セクター間の横断連携型の取組、中小企業のより積極的な参加の促進も重要課題となっている。

4.2.2 オープンイノベーション構想

 地方政府や投資銀行の支援を得て、試行錯誤の結果できてきたのが、オランダ版クラスターともいえるオープンイノベーション・キャンパスである。これは「競争」ではなく「共存」の理念に基づいて、成果や知識、リソースの共有、ビジネスネットワークへの自由なアクセスを保証し、そうすることで市場への参入をより迅速にし、しかも研究開発に伴う経済リスクやコストを軽減できるというメリットを提供するものである。他社との協働によってネットワークが広がり、また新たなアイデアが生まれることにも繋がっている。
 現在、オランダ南部を中心に、ハイテク、自動車、ケミカル材料、健康、食品、スマートサービスの分野で6つのキャンパスがある(スマートサービスのみ建設中)。
 ただ、キャンパス自体はグリーンフィールドから建設されているわけではない。例えばアイントホーフェンにあるハイテクキャンパスは、フィリップスの研究開発跡地にある建物を再利用し人材もそのまま引き継ぐかたちで作り上げられた。また、ケミカル材料のケメロットキャンパスでは、リンブルフに進出していたDSM11 の研究開発部門の一部が払い下げられた跡地に設立されている。
 このようにすでに企業の研究開発が実施されていたところに、そのインフラと人材をうまく活用しながら建設されているのがオープンイノベーション・キャンパスである。キャンパスの具体的な状況については次章で説明することとする。

4.3まとめ

 本章では、現行の科学技術政策および高等教育戦略等に言及しつつ、イノベーション政策とその中核となるトップ・クラスター施策について取り上げた。
 現行の政策では、9の重点分野を定めたトップ・セクター施策が政府、企業、研究の連携を促進する中心的な位置づけとなっている。それを、OCWから発表された未来のサイエンスビジョンやEZが打ち出した目標が補足するかたちで存在している。
 最近の傾向として、景気回復の動きに比例して科学技術予算が伸びている点は重要である。とはいえ、オランダ政府が定めている2020年までにオランダの研究開発費の対GDP比を2.5%まで引き上げるとの目標は、3%まで引き上げることを定めた欧州全体のバルセロナ目標には届いていない。
 トップ・セクター施策により、選択と集中に基づいて重要な分野に重点的に予算が措置されており、産学官の連携推進とイノベーション強化を通じた活発な研究開発の展開が期待されるところである。

5. 研究開発・イノベーションにかかる施策・プログラム

 オランダにおける企業の研究開発活動は相対的に不活発といわれているが、農業や食品、ハイテク製品など、特定の分野によっては精彩を放っているものがある。本章ではまず、産学連携を推進するために実験のデザインやマッチングが行われているフードバレーの取組を紹介する。その後で、企業が実際に研究開発を積極的に実施している場として、オープンイノベーション構想に基づくクラスター政策について言及する。最後に、企業の研究開発を間接的に支援する制度について幾つか取り上げたい。

5.1フードバレー12

 ワーヘニンゲンには、世界各国から1,500を超える食品、化学関連企業が集積した一大食品研究開発拠点である「フードバレー」が形成されており、この中核を成すのが先述のワーヘニンゲンURである。
 ワーヘニンゲンURは今でこそ農業研開発の中核的存在として世界から注目を集めているが、第2章で言及したとおり、1990年代には若者の農業離れが進み、学生数の減少に苦しみ廃校の危機にあった。その頃、財政逼迫に悩む政府と、専門領域に閉じこもる弊害が表明化していた研究機関との危機感から、産学官が共同で組織再編を行い、1997年にワーヘニンゲンURが設立されたという背景がある。これにより、研究者の意向よりも企業などの学外のニーズや要望に応じた研究に基本を据える組織に転換された。

5.1.1 ワーヘニンゲンURの取組

 ワーヘニンゲンURでは、試験・応用・研究開発を担っており、食品の品質検査や加工、保存に関する試験など様々な研究サービスが提供されている。食品関連企業にとっては最先端設備や研究領域にアクセスできることもフードバレーに参加するメリットの一つとなっている。特に近年では食品分野におけるメタボローム分析が重視され、数学や統計学の授業数がワーヘニンゲン大学において増えていること、様々なオーム解析の中でもオランダはメタボローム解析において論文数が多いことが挙げられる。メタボローム解析では、高品質トマトにおける有用成分の同定や、コーヒー豆の成分とロースト後の品質との相関、誘導されてくる揮発性成分による害虫の早期発見、菌類侵入によって誘導される代謝産物の決定などの研究成果や、メタボロームに関するツール開発やデータベースの構築が行われている。

5.1.2 フードバレー財団の役割

 大学、研究機関において様々なシーズがある一方、食品関連企業などでは多様なニーズが発生する。そのマッチングを促進する機能を担う機関として、オランダ政府、地方自治体、食品業界数社によりフードバレー財団が2004年に設立された。フードバレー財団の主な活動は以下のとおりである。

  • 企業と研究機関、企業同士を結びつけるネットワーク機能の発揮
  • 様々な革新的プロジェクトの支援、および、技術移転、スピンオフや起業を促し、その発展のサポート
  • オランダからEU全般において、農作物・食品分野の「知」を集積する働きかけ
  • 他の農産物・食品クラスターとの国際的な提携関係の構築、並びに、連携を広げることによる新たな情報や知識の提供および参画メリットの会員への還元
  • 国際会議や展示会におけるフードバレーやその成果を紹介する普及活動の実施。

 フードバレーの強みは、ニーズ主導、つまり「企業にビジネスのニーズがあったときが研究のスタート地点」としている点で、産学官連携を重要視しているところにある。また、研究者が研究に専念できるよう、成果の移転については別部門が実施するという分業体制を構築しており、「職の棲み分け」ができている。
 フードバレーは、シリコンバレーのように広大な土地に企業や研究機関が立ち並ぶようなリサーチコンプレックスではない。実体は、ビルの3階のワンフロアに11名のMD(Managing Director)によって運営されているフードバレー財団が活動の中心を担っている。ここが、食品農業分野の研究開発のプラットフォームの構築、橋渡しのサポート、そしてニーズに関する情報提供などを行う、いわば「知」の集積地となっている。例えばEXPOを開催し、産業界とアカデミアのマッチングの場を設けている。当初は、アカデミア側はワーヘニンゲン大学のみであったが、近年は国内の大学や研究機関はもちろんのこと、国外の機関までネットワークを広げている。
 2016年11月時点で、国内外の企業159社がフードバレー財団の会員であり、うち日本企業は9社である。この9社のうち実際にワーヘニンゲンに進出しているのは、キッコーマンと三菱商事ライフサイエンス株式会社(MCLS)の2社のみである。日本の食品業界では、共同開発やオープンイノベーションという概念はほとんど浸透していないといわれており、フードバレー財団の会員であることから受ける恩恵は大きいと考えられる。

フードバレー財団のある建物

フードバレー財団のある建物 ©津田

5.1.3 国の政策との連携

 オランダでは、先に述べたように、トップ・セクター施策として、農業・食品、園芸・育種、水、ライフサイエンス・健康、化学、ハイテク、エネルギー、ロジスティクス、創造的産業の9つの重点分野を設定して、産学官が一体となって取り組む指針を戦略的に策定している。フードバレーではこうした国家戦略と連携を図り、中長期を見据えた取組を産学官連携で実施してきている。

5.2オープンイノベーション・キャンパス

 オランダでは現在、オープンイノベーションを推進する動きが南部地域を中心に進行中である。北ブラバント州がオランダ第三のブレインポート(第一が陸のポート、第二が空のポート)としてアイントホーフェンのハイテクキャンパス(High Tech Campus Eindhoven)や隣のヘルモント市にある自動車キャンパス(Automotive Campus)を中心に発展しているのに対し、リンブルフ州では、健康、食品、材料、スマートサービスの4分野にフォーカスしたキャンパスが設立されている。どのキャンパスにも共通するのは、既存の産業インフラを活用し、地方政府や銀行からの支援や融資がある点である。オープンイノベーション・キャンパスの場所を示したのが図表5-1である。

図表5-1 オープンイノベーション・キャンパスの所在地

図表5-1 オープンイノベーション・キャンパスの所在地

出典:各種資料を元に筆者作成

5.2.1 ハイテクキャンパス

 ハイテクキャンパスには現在約150社が進出し、約1万人の人間(研究者、開発者、起業家)が働いている。ここはもともとフィリップスの研究開発施設があったエリアであるが、フィリップスの本社がアムステルダムに移転しても、アイントホーフェンのフィリップスで働いていた研究者や技術者はそのまま残留し現在に至っている。トップ・セクター施策の一つにハイテクが掲げられたことにより、このフィリップスの研究開発施設を再利用するかたちでハイテクキャンパスを設立する動きに向けて弾みがついた。試行錯誤を重ねてようやく設立したハイテクキャンパスは、その後に続くキャンパスのフォーマットにもなっている。中心となる研究開発の3分野は、健康、エネルギー、スマートな環境である。
 アイントホーフェンは、ロンドン、パリ、ベルリンを結ぶいわゆる「黄金の三角形」の中に位置し、最もスマートな地域の一つとしてハイテク産業の集積地とみなされている(図表5-2)。その主な理由は、オランダ全体のOEMの約80%がアイントホーフェンに集まっており、1次仕入先が全体の約70%(14社)、2次および3次仕入先が全体の約35%(140社)が集中している点にあるだろう。

図表5-2 「黄金の三角形」とアイントホーフェン

図表5-2 「黄金の三角形」とアイントホーフェン

出典:ハイテクキャンパス側提供資料

 アイントホーフェンやヘルモントを含む地域はブレインポートとして、ハイテクキャンパスや自動車キャンパスを中心に発展しようとしている。この発展には州政府の支援が不可欠である。このブレインポートには、太陽電池研究開発施設であるSolliance、フレキシブルな太陽光発電パネルやセンサー等を行っているHolst Centre13、TNO、アイントホーフェン工科大学(TU/e)、国立ポリマー研究所などの国内有数の研究開発機関が10以上も所在している。ハイテクキャンパスへの日本企業や韓国企業の誘致は特に関心が高い。日本企業の一例としては、2017年1月下旬に㈱シマノが同キャンパスでオープンセレモニーを開いた。同社は流通部門をアムステルダムに残し、本社機能をアイントホーフェンに移転した。
 ハイテクキャンパスでは、オープンイノベーション推進の立場から、知識、リソースの共有、ビジネスネットワークへの自由なアクセスを保証している。このような共有や自由なアクセスにより、市場への参入がより迅速に行われ、しかも研究開発に伴うリスクやコストを軽減できるメリットも生まれる。
 最近は、ハイテクエコシステムの醸成に向けて、スタートアップ企業の取り込みにも注力している。彼らの持つ独創的なアイデアや発想はイノベーションを興すキーファクターとなっている。
 企業の大小に関わらず、職員全員が気軽に交流できるよう、共有の食堂(レストラン)やカフェテリア、スポーツや娯楽に関連した催しも設けられている。キャンパスには約80もの国籍を持つ人間がおり、この最大限の多様性は特徴の一つといえる。

ハイテクキャンパス

ハイテクキャンパス ©津田

  • (1)Solliance
    •  Solliance(Solar+Alliance)は、オランダ、ベルギー、ドイツから計8つの研究機関(オランダ:ECN、TNO、Holst Centre、TU/e、TU Delft、ベルギー:imec、ハッセルト大学、ドイツ:FZ Jülich)が参加する薄膜太陽電池に関する共同研究開発の枠組みである。DSMやパナソニックなどの大手も参画企業として名を連ねている。
       Solliance内にはパイロット生産ラインを備えており、企業や研究機関、大学からの研究者の共同・連携を実現している。当然同じハイテクキャンパス内に施設があるHolst CentreはSollianceの装置等を利用している。
       Sollianceでは、太陽電池の効率性を上げるべく、PVの技術開発で近年最も注目されているペロブスカイトとCIGS(銅インジウムカリウムセレン)の強化に注力している。PV薄膜に関しては、半透明と不透明、フレキシブルと剛性さの2軸を基本として技術開発を行っている。
       現在走っている主なものとして、注力するペロブスカイト太陽電池開発に関するPSCプログラム、CIGSプログラム、および統合型モジュール開発に関連したプログラムがある。
    •  

      Sollianceの建物

      Sollianceの建物 ©津田


  • (2)Holst Centre
    •  Holst Centreは2006年にオランダTNOとベルギーimecが合弁で設立した研究開発機関である。今年で10周年を迎える。現在、日本以外のアジア諸国では中国、韓国、台湾に代表オフィスを有している。その活動は極めて国際的で、プリンタブル&フレキシブルなエレクトロニクス分野における新しい技術や新しい市場、および新しいサプライチェーンの構築を重視している。
       Holst Centreの職員は210人であるが、その国籍は多様で、28もの国の出身者から成る。約50の企業がパートナーとして参画し、うち40はHolst Centreのレジデントとなっている。Holst Centreを通じた研究開発資金の半分以上は企業が出している。資金の出し方は様々で、ある部分は共同プログラムへの出資だったり、またある部分はバイで実施するプロジェクト向けだったりする。プロジェクトのスポンサーがアイントホーフェン市である場合やブラバント州の投資部門のときもある。Horizon 2020などの競争的資金による研究開発も行われている。
       国内外の大学から35人の学生も受け入れている。Holst Centreはオープンイノベーションを推進する組織であり、その基本は、研究成果を共有することにある。重要なのは、プレコンペティティブなところでの研究成果のシェアと、機密扱いの部分を明確に分けることである。オープンにすることで、リスクも軽減され、結果的に得るものは大きいという考えである。
    • Holst Centre入り口

      Holst Centre入り口 ©津田

      建物外観

      建物外観 ©津田

    •  研究開発の特徴として、Holst Centreではプリンタブル&フレキシブルなエレクトロニクスを次世代デバイスの強力な牽引役とし、薄膜の太陽光パネルやセンサー等の研究開発を行っている。薄膜太陽電池についてはSollianceの装置を利用しつつペロブスカイトで材料開発を行っているものの、Holst Cenre独自の研究開発の方針もあり、完全にオーバーラップしているわけではない。3Dの薄膜構造を有する高容量バッテリーの開発等も行っているが、特にデバイス表面の水分バリアフィルムの作製技術にも力を入れている。
       プロジェクトのトピックについてはHolst Centre側から提案したり、企業やスポンサーのニーズに基づいて決定されたりする。Holst Centreの強みは、企業とは違う独自の目線で研究開発の可能性を展望できる点にある。

5.2.2 自動車キャンパス

 自動車キャンパスは、オープンイノベーションを推進する拠点としてヘルモントに設立され、自動運転技術や電気自動車の研究開発を主に実施している。TASSという自動車の研究開発機関があり、ハイテクキャンパスにおけるHolst Centreのような役割を担っている。
 TNOの自動車部門も同キャンパスにある。先に紹介したとおり、TNOは優先領域として、産業、健康な生活、防衛・安全性・安全保障、都市化、エネルギーの5つを定めているが、サブトピックに「モビリティ・ロジスティクス」を含む都市化の領域と自動車部門の研究開発は特に親和性が強い。
 この自動車部門は、”Powertrains”と”Integrated Vehicle Safety(IVS)”の2つの研究グループに分かれ、それぞれ50人と20人の研究者を有している。PowertrainsではEV(自動車やバス)だけでなく、乗物に用いるバッテリーやセンサーの開発も行う一方、IVSでは乗り物による負傷・死亡事故をゼロにすることを目指して、安全で最適な自動運転技術の開発を行っている。

 同キャンパスには研究開発機関や企業が入っているだけでなく、その一部はアイントホーフェン工科大学(TU/e)の学生のための開発現場として提供されている。
 学生のための開発現場の一つでは、ルマン24時間レースカーのバイオ燃料エンジンおよび電気自動車の開発が行われている。また別の現場では、Team Firstと称する次世代自動車研究グループがギ酸を用いた水素燃料を使用している。いずれもTU/eの学生が自らの好奇心や探究心を基に自由な環境の中で開発に携わっている。

キャンパス内の建物外観

キャンパス内の建物外観 ©津田

>TU/eの学生によるルマン24時間レースカーのバイオ燃料エンジン等の開発現場

TU/eの学生によるルマン
24時間レースカーのバイオ燃料エンジン等の開発現場 ©津田

5.2.3 ケメロットキャンパス

 ブライトランド・ケメロットキャンパス(Brightlands Chemelot Campus)は、オランダ南のリンブルフ州にあるブライトランド「Brightlands」構想の一環として設立したケミカル材料の研究開発を担うキャンパスである。
 ケメロットキャンパスは2000年以降、DSM、および、石油化学や製鉄、肥料などを統括する中東最大の素材企業であるサウジアラビア基礎産業公社(SABIC)が、母体となる施設の提供や資金援助を行って設立された。とくにDSMの進出とケメロットの発展は非常に深い関係にある。
 同キャンパスの強みは、第一に、産(DSM)・学(マーストリヒト大学)・官(リンブルフ州政府)の連携がうまく図られていること、第二に、バイオベースのケミカル材料、パフォーマンスマテリアルズ、バイオメディカル材料・生合成間の分野横断的な材料開発が実施されている点にある。

キャンパス1階の展示スペース

キャンパス1階の展示スペース ©津田

 2016年11月時点で、約2,000人の職員を擁し、650人の学生、企業80社を受け入れているが、2023年までに、職員数を約3,000人に、学生数を約1,000人まで増やし、企業数も100社を超えることを目指している。
 同キャンパスでは、企業が進出する場合のサポートシステムが非常に充実している。また、食事、娯楽、スポーツの点からも施設を設けており、職員同士、職員と学生が気軽に付き合える環境が構築されている。
 北ブラバント州がブレインポートとしてハイテクキャンパスや自動車キャンパスが建設されたのに対し、リンブルフ州ではブライトランド「Brightlands」という新たなコンセプトを考案し、研究とビジネスを繋ぐ4分野(健康、材料、食品、スマートサービス)にフォーカスしたキャンパスが設立されている。現在、以下の4つのキャンパスがある。この中で、ケメロットキャンパスは、DSMの研究開発部門の跡地を利用してケミカル材料の拠点として生まれ変わろうとしている。

  • 健康: Brightlands Maastricht Health Campus(マーストリヒト)
  • 食品: Brightlands Campus Greenport Venlo(フェンロー)
  • 材料: Brightlands Chemelot Campus(シッタートへレン)
  • スマートサービス: Brightlands Smart Services Campus(ヘールレン)現在建設中。

5.3その他の施策

 オランダは、起業や海外からの進出および投資を促す有利な税制を整えている。欧州の近隣諸国と比べて相対的に低い法人税をはじめ、企業の研究開発を促進する税控除の制度が充実している。以下では研究開発に関連した優遇税制を紹介する14

5.3.1 低い法人税率

 オランダでは、収益が0 ~20万ユーロである場合は20%、20万ユーロ以上に対しては25%の法人税率がかけられる。図表5-3を見ると、オランダは、欧州諸国の中で法人税率が低い国の一つに入っていることが分かる。

図表5-3 欧州諸国の法人税率の比較

図表5-32 欧州諸国の法人税率の比較

出典:各種資料を元に筆者作成

5.3.2 WBSO(研究開発費のための奨励制度)

 WBSO(研究開発費のための奨励制度)とは、研究開発(技術的・科学的研究、新技術を用いた製品または生産プロセスの開発、新技術を用いたソフトウェアの開発など)を行う企業に対する奨励制度である。賃金税および社会保険料の控除というかたちをとる。原則として、研究開発要員に関する1暦年当たりの賃金源泉徴収税企業納付総額のうち、最初の25万ユーロまでは35%、それを超える部分は14%を控除する。各年度における最大控除額は1企業あたり1,400万ユーロとされている。

5.3.3 RDA(研究開発コストの税額控除プログラム)

 RDA(研究開発コストの税額控除プログラム)は、企業にとって研究開発運営コストや研究開発資産投資の負担を減ずることを目的とした一般税制である。研究開発関連賃金、或いは、外注や委託による研究開発費用は適用外となる。
 適格な費用項目に直接関わる研究開発支出に属する場合、かかった費用全額に対するパーセンテージで税額控除が受けられる。RDAは年度の課税基礎(利益)から控除するかたちをとる。適用の法人税率(最高税率25%)により、純控除額が変わる。
 RDAは、全産業分野の、オランダ在住のすべての法人納税者に対し適用可能で、各年度に関して限度額は設けられていない。RDAは前述のWBSOに連動する制度であり、WBSOとRDAの申請は同時に行うことができる。2015年度のRDA税額控除は60%であった。

5.3.4 Innovation BOX

 この支援枠組みでは、研究開発による収益にかかる税が5%(通常の税率は25%)になる。つまり、企業が独自に開発し、特許を取得した無形資産、或いは特許を取得していなくても、独自に開発しWBSO認定を受けた無形資産から得られた利益については、実効税率5%で課税するという優遇措置を得ることができる。
 他社によって開発された無形資産でも、オランダに納税している企業の責任負担のもとに開発されたものであれば同支援枠組みの対象になる。

5.3.5 Innovation Credit

 この支援枠組みは技術的に新しいプロダクトの開発段階向けのもので、臨床研究を要する医療プロダクトの開発等が同枠組みでサポートされる。最大で1,000万ユーロまでのプロジェクト費用のうち、小企業は45%、中企業は35%、大企業は25%が政府からの支援対象(最大で4年間)となる。

5.4まとめ

 本章では、研究開発・イノベーションにかかる施策・プログラムとして、「知」の集積地としてのフードバレー財団およびワーヘニンゲンURの取組を紹介するとともに、オープンイノベーションを推進する場として建設された6つのキャンパスが、ハイテク、自動車、ケミカル材料、健康、食品、スマートサービスの各分野のクラスターを形成している点についても言及した。いずれの取組も既存の研究インフラを活用し、国家戦略との連携をとりながら、地方政府や地元のアカデミアの後押しを得ている。
 また、研究開発の推進を間接的にする優遇税制を取り上げ、オランダでは単に企業を誘致するために法人税が低く設定されているだけでなく、研究開発推進に向けた支援組みや奨励制度が充実している点についても確認した。
 このようにオランダでは、中央政府と地方、政策と実践、企業と大学など、様々なレベルのステークホルダーが一体となって研究開発・イノベーション推進に向けて取組んでいることが分かる。

6. オランダの科学技術・イノベーションの現状

 本章では、研究開発費、研究者数、科学論文、ノーベル賞、大学ランキング、イノベーション力、特許などの指標を取り上げ、オランダの科学技術・イノベーション活動を客観的に把握する。

6.1科学技術・イノベーションへのインプット

 まず、研究開発費とその対GDP比、セクター別の負担・使用割合、また、研究者数といった科学技術のインプット指標を用いて、オランダの現状を確認したい。

6.1.1 研究開発費

 図表6-1が示すとおり、オランダの2014年度の官民合わせた研究開発費は約163億ドルである。1990年度の約55億ドルから順調にその金額を伸ばし、今では約3倍になっている。研究開発費の対GDP比を見てみると、2014年は2.00%で、過去25年で最高値となった。対GDP比は1990年以降漸減傾向にあったが、2008年を転機として上昇に転じている。

図表6-1 オランダの研究開発費とその対GDP比の推移

図表6-1 オランダの研究開発費とその対GDP比の推移

出典:OECD, Main Science and Technology Indicatorsを元に筆者作成

 主要国における研究開発費を比較したのが図表6-2である。オランダの研究開発費は増加傾向にあるとはいえ、金額自体はそれほど大きいわけではなく、米国の28分の1、日本の10分の1程度で、ドイツの6分の1強にすぎない。またオランダは、EU28か国の研究開発費約3,658億ドルの約22分の1を占めている。

図表6-2 主要国の研究開発費の比較(2013年)

図表6-2 主要国の研究開発費の比較(2013年)

出典:OECD, Main Science and Technology Indicatorsを元に筆者作成
※スイスは2012年のデータを使用

 図表6-3は、主要国における研究開発費の対GDP比を示したものである。研究開発費の増加と比例して対GDP比も増加傾向にあるが、諸外国と比較して見てみると、オランダの値は、日本(3.58%)やドイツ(2.84%)に引き離されているばかりでなく、OECD平均(2.37%)にも届いていないことが分かる。かろうじてEU28か国平均(1.94%)を超える程度で、韓国の約半分という水準である。

図表6-3 主要国における研究開発費の対GDP比の比較(2013年)

図表6-3 主要国における研究開発費の対GDP比の比較(2013年)

出典:OECD, Main Science and Technology Indicatorsを元に筆者作成
※スイスは2012年のデータを使用

6.1.2 研究開発費の流れ

 研究開発投資の負担割合を主要国と比較したのが図表6-4である。これで見ると、オランダは政府の比率(約33%)に関して他の主要国と大差なく、企業の比率(約51%)についてもフランスより若干低い程度である。オランダのセクター別負担割合はここ何年も大きな変化はなく、大雑把に分けると、政府:企業:海外(その他を含む)=3.5:5:1.5というバランスになっている。これは、EU28か国平均と比較すると、企業の負担割合が若干小さく、海外負担の割合が若干大きい程度で、大きな違いはない。

図表6-4 主要国における研究開発費のセクター別負担割合(2014年)

図表6-4 主要国における研究開発費のセクター別負担割合(2014年)

出典:OECD, Main Science and Technology Indicatorsを元に筆者作成
※フランス、米国、およびEU28か国平均は2013年のデータ

 研究開発費のセクター別使用割合を交えて作成したのが図表6-5である。オランダでは、高等教育機関の使用割合(32%)がEU28か国平均(23%)より高いのに対して、企業の使用割合(56%)はEU平均(63%)より低い。オランダではより多くの研究開発費が高等教育機関に流れていることが分かる。

図表6-5 オランダの研究資金フロー(2014年)

図表6-5 オランダの研究資金フロー(2014年)

出典:OECD, Main Science and Technology Indicatorsを元に筆者作成

6.1.3 研究者数

 図表6-6は、2000年以降のオランダにおける研究者数の推移を示している。オランダの研究者数は、2009年まではほぼ横ばい状態であったが、2009年以降現在に至るまで順調に数が伸びている。2014年度は約7万6,000人である。前年度に比べて僅かに減ったものの、それでも2000年度の2倍弱の値である。

図表6-6 研究者数の推移(FTE換算)

図表6-6 研究者数の推移(FTE換算)

出典:OECD, Main Science and Technology Indicatorsを元に筆者作成

 オランダの研究者数は決して多いわけではない。約7万6,000人という値は、米国の約16分の1、日本の約9分の1、そして英国の約4分の1である。
 2000年以降のオランダにおける労働力人口1,000人当たりの研究者数の推移を示したのが図表6-7である。2000年以降はほぼ横ばい状態であったが、2009年から現在に至るまで増加傾向にある。2014年度の労働力人口1,000人当たりの研究者数は8.5人で、これは同年の英国の値(8.4人)とほぼ同じであり、EU28か国平均(7.2人)を超えている。
 研究者のセクター別所属割合を見てみると、オランダでは約6割の研究者が企業に所属しており、高等教育機関が約3割と続く。EU28か国平均では5割弱の研究者が企業に、4割弱の研究者が高等教育機関に所属しているのと比べると、オランダでは研究者の所属割合が比較的企業に集中しているのが分かる。

図表6-7 労働力人口1,000人当たりの研究者数の推移(FTE換算)

図表6-7 労働力人口1,000人当たりの研究者数の推移(FTE換算)

出典:OECD, Main Science and Technology Indicatorsを元に筆者作成

6.2科学技術・イノベーションのアウトプット

 ここでは、オランダの科学技術・イノベーションに関するパフォーマンスについて、幾つかの指標により確認したい。オランダは、EUの主要国であるドイツや英国には及ばないものの、質の高い研究開発のレベルを誇り、また、イノベーション力に関する調査でもその評価は高い。

6.2.1 科学論文の生産

 まず、基礎科学の指標である科学論文数を見てみたい。米国のトムソン・ロイター社(現、Clarivate Analytics社)のデータをもとに、文部科学省の科学技術施策研究所が集計した科学論文の世界シェアを示したのが図表6-8である。オランダは1990年代以降、順位を若干落としつつも、世界シェアは2.3%から2.5%へと微増している。直近の結果(2011~2013年)で見ると、世界的には14位だが、EU28か国の中では、ドイツ、英国、フランス、イタリア、スペインに次いで、第6位となっている。

図表6-8 科学論文数の世界シェア(整数カウント)

図表6-8 科学論文数の世界シェア(整数カウント)

出典:科学研究のベンチマーキング2015を元に筆者作成

 図表6-9では、全体(全分野)および分野ごとのトップ1%論文の推移を比較している。全体のトップ1%シェアであれば、オランダは1990年以降10位内を維持し続けている。10位圏内に入っている臨床医学や基礎生命科学などのライフサイエンスや環境・地球科学が特に気を吐いており、日本よりも上位に位置している(2011~2013年の日本の順位はそれぞれ15位、10位および11位)。
 他方、化学、材料科学、物理学および工学の4分野は、かつては10位圏内に入っていたが、直近の結果(2011~2013年)では、それぞれ15位、13位、11位および21位と順位を落としている。工学系のトップ1%論文数が他の分野よりも大きく順位を下げている理由として、例えばオランダの工科大学では近年、大学の知見や研究成果を産業界につなげようとする産学連携が活発に推進されているため、論文生産や特許の申請・取得などよりも、産業界への技術移転や市場および技術の動向により敏感に対応しているという点が考えられうる。

図表6-9 オランダのトップ1%論文数の推移(整数カウント)

図表6-9 オランダのトップ1%論文数の推移(整数カウント)

出典:科学研究のベンチマーキング2015を元に筆者作成

 次に、医学・科学技術関係を中心とする国際的な出版社であるエルゼビア社(オランダ・アムステルダムが本拠地)が提供する情報分析ツールSciValを通じて、オランダの論文状況を示す。SciValは、エルゼビア社の抄録・引用文献データベースScopusをデータソースとした分析ツールで、世界中の約4,600の研究機関および約220の国・地域の研究パフォーマンスに関する客観的データが利用できる。
 図表6-10は、2013~2015年の3年間に亘るオランダの論文生産の分野別内訳を示している。

図表6-10 オランダの分野別論文生産(2013~2015年)

図表6-10 オランダの分野別論文生産(2013~2015年)

出典:SciValのデータを元に筆者作成

 オランダでは2013~2015年の3年間で合計16万8,153件の論文数が登録されている。うち最大の割合は医学で、全体の約4分の1(26.1%)を占める。次いで生化学・遺伝子学・分子生物学(8.5%)が多いが、興味深いのは社会科学(6.2%)が論文数で第3位に入っている点である。その後、工学(6.3%)、物理学・天文学(5.2%)、コンピュータ・サイエンス(5.2%)と続いている。この論文登録数を見ても、オランダではライフサイエンス系が比較的強いことがうかがえる。

6.2.2 ノーベル賞

 オランダの自然科学系(生理学・医学、化学、物理学)のノーベル賞受賞者は14人だが、このうちオランダ生まれでかつオランダ国籍を有する受賞者は12人である。残りの2人は外国人出身者(ドイツとロシア)である。14人の内訳は、物理学賞が9人、化学賞が3人、生理学・医学賞が2人である。
 オランダで最初のノーベル賞受賞者は、1901年に化学賞を受賞したヤコブス・ヘンリクス・ファント・ホッフである。以降、1939年に第二次世界大戦が勃発するまでの間に8人の受賞者を輩出し、戦後(1945年以降)は6人となっている。

6.2.3 世界大学ランキング

 以下では、高等教育評価を行っている英国の民間情報会社のクアクアレリ・シモンズ(QS)社が作成する「QS世界大学ランキング」、および、高等教育専門誌『タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)』が作成する「THE世界大学ランキング」のデータを用いて、オランダの大学の科学研究のレベルを見てみたい。
 QS社が発表した2015年度の世界大学ランキングにおいて、100位以内に入ったオランダの大学を示したのが図表6-11である。100位以内に5校が入っている。

図表6-11 QS世界大学ランキング(2015年度)のトップ100位以内のオランダの大学

図表6-11 QS世界大学ランキング(2015年度)のトップ100位以内のオランダの大学

出典:QS World University Rankings 2015/16のデータを元に筆者作成

 英国のタイムズ社が毎年発行している高等教育専門誌THEでは、2004年から世界大学ランキングを公表している。2015年度の世界大学ランキング「World University Rankings 2015-2016」において、100位内に入ったオランダの大学を示したのが図表6-12である。100位以内に8校の大学が入っている。

図表6-12 THE世界大学ランキング(2015年度)のトップ100位以内のオランダの大学

図表6-12 THE世界大学ランキング(2015年度)のトップ100位以内のオランダの大学

出典:THE World University Rankings 2015/16のデータを元に筆者作成

6.2.4 イノベーション力

 図表6-13は、2016年7月に欧州委員会が発表した欧州イノベーション・スコアボード(European Innovation Scoreboard。以前の名称は「Innovation Union Scoreboard」)2016の結果をまとめたものである。
 オランダは欧州の中で最もイノベーション力が高い第1集団の「イノベーション・リーダー(Innovation Leaders)」に位置づけられており、EU28か国中第5位である。昨年発表されたInnovation Union Scoreboard2015では、オランダは同じく第5位であったが、第2集団のイノベーション・フォロワーに位置づけられていた。今回の調査においてイノベーション・リーダーに格上げされたことは、オランダのイノベーション力が高く評価されていることの証左である。
 なお、イノベーション・リーダーとは、イノベーション能力がEUの平均を大きく上回るレベル(120%以上)であることを意味し、他方、イノベーション・フォロワーとは、イノベーション能力がEUの平均程度かそれを少し上回るレベル(90~120%)であることを意味する。
 評価の詳細を見ると、オランダは、海外からのライセンスおよび特許収入、科学論文の国際共著の割合、および官民協力による共著の割合において、相対的に高い実績を示している。また、前回調査より伸びが見られた主な項目として、科学論文の国際共著の割合(前回比7.9%増)、社会的課題に対するPCT特許申請(5.9%増)、および新規の博士課程学生数(5.7%増)がある。
 逆に、実績が相対的に低いのは、研究開発以外のイノベーション投資とコミュニティ設計である。前回調査より低下が見られた主な項目として、研究開発以外のイノベーション投資(前回比6.6%減)とベンチャーキャピタル投資(3.1%減)が挙げられる。

図表6-13 EU加盟国のイノベーション力

図表6-13 EU加盟国のイノベーション力

出典:European Innovation Scoreboard 2016のデータを元に筆者作成

 次に、オランダのイノベーションのレベルを測る指標として、世界のイノベーション力をランク付けするグローバル・イノベーション・インデックス(Global Innovation Index: GII)の調査結果を紹介したい。直近の2016年度版の結果によれば、オランダは、スイス、英国、スウェーデンに次いで、世界第4位である。2015年度版のGII調査結果では第5位であったことから、一つ順位を上げたことになる。オランダは「創造的アウトプット」の分野での業績が目立っており、特にインターネットを活用した「オンラインによる創造性」に強いと評価されている。

6.2.5 特許

 最後に、世界知的所有権機関(WIPO)の国別統計データ(Statistical Country Profiles)に基づき、2000~2014年における主要国の特許出願件数の推移を見てみる。主要国それぞれについて、自国および他国に出願した件数を合計したものが図表6-14である。全体として近年、中国の出願数が急激に増加していることが特徴的であり、米国・日本の後に、韓国・ドイツが続いている。
 2014年のオランダの特許出願数(国内+海外)は3万7,738件であり、中国、米国、日本、などと比べるとかなり小さいことが分かる。規模にして、中国の約22分の1、米国の約15分の1、そして日本の約12分の1である。

図表6-14 主要国の特許出願件数の推移(2000~2014年)

図表6-14 主要国の特許出願件数の推移(2000~2014年)

出典:WIPO/Statistical Country Profiles

6.3まとめ

 本章では、オランダの科学技術・イノベーションのインプットおよびアウトプットについて、基本的な指標と思われる研究開発投資、研究者数、科学論文数、大学ランキング等によって説明してきた。
 客観的な指標から言えるのは、オランダでは研究開発投資額や研究者数などの科学技術のインプットは決して大きいわけではない。日本と比べると、研究開発投資額は約10分の1、研究者数は約9分の1である。にもかかわらず、例えば科学論文数(全分野)のトップ1%の世界シェアを見た場合、整数カウントの結果ではオランダ(9位)は日本(12位)より上位に位置している。これは、オランダが比較的生産性の高い科学技術のレベルにあることを意味している。
 また、イノベーション能力に関しても、オランダは相対的に高い実績を示していることが分かる。特に科学論文の国際共著の割合や海外からのライセンスおよび特許収入に関してオランダの評価は高い。
 このように、科学技術の指標を見るかぎり、オランダの科学技術力は世界レベルで見ても一定の存在感を有しているように思われる。

7. 科学技術上のトピックス

 本章では、オランダの科学技術上のトピックスについて言及する。まず、トップ・セクターの一つに位置づけられている農業・食品分野に関連して、高効率・高付加価値の農業とスマートアグリを取り上げる。その後、印象記として2つのトピックを取り上げる。一つは、オランダが世界で生き残るための知恵としてのオープンイノベーションについて、もう一つは、オランダの教育制度と労働体制についてである。

7.1高効率・高付加価値の農業とスマートアグリ

 農業・食品に関連したアグリビジネスはオランダ経済の原動力の一つである。オランダでは環境面での不利な点を克服すべく応用研究に多額の資金を投じ、高い収量を実現し、農業を工業化している。事実、オランダでは農業省が経済省(EZ)に統合され、EZが、経済・農業・イノベーションを所管することになり、農業は産業の一つとして取り扱われている。
 オランダ農業が誇る高い効率性はコスト削減と土地の集約化を断行したためであり、狭い国土を有効に活用した高度な施設園芸や、加工貿易や中継貿易も盛んである。オランダで開発された「フェンロー型温室15」 のおかげで、生産性の効率の高さが確保されているといっても過言ではない。例えばトマトを見ると、年間土地あたりの収穫量は4~5倍、粗収益は4割以上高くなっている。加工貿易に関しては、原料をオランダに輸入し、それを付加価値のある商品に可能し販売している。また、中継貿易では、例えばアフリカ等で栽培したオランダ品種の切り花を輸入し、オランダを販売経路として欧州諸国に売っている。
 選択と集中に基づき、特定品目に農業予算を重点配分し、大学の基礎研究と民間企業の技術・サービスを一貫させる政策を行っていることも、市場ニーズを汲み取り、技術・サービスをマッチングさせるフードバレー財団や農業コンサルティング企業が活躍できる下地を醸成していることにつながっている。
 ワーヘニンゲンURを中核とした食品研究開発拠点であるフードバレーについては先述のとおりだが、ここが、食品農業分野の研究開発のプラットフォームの構築、橋渡しのサポート、そしてニーズに関する情報提供などを行う、いわば「知」の集積地となっている。フードバレーが功を奏したのは、企業ニーズにあった研究開発をコーディネーター役であるフードバレー財団がニーズ主導の産学官連携の推進を大学に説いていったからだといわれており、現在は大学側も市場や企業のニーズをよく把握している状況が生まれている。
 オランダの農業の高効率性を示すために、図表7-1および図表7-2では、日本とオランダの農地状況の比較を行った。これで見ると、オランダの農用地は日本の半分以下であるにもかかわらず、ほとんどの主要農作物の生産高は日本よりオランダの方が高い。

図表7-1 日・オランダの農地の状況比較(2013年)(単位:万ha、%)

図表7-1 日・オランダの農地の状況比較(2013年)(単位:万ha、%)

出典:農林水産省ウェブサイトより筆者作成

図表7-2 日・オランダの主要農作物の生産状況の比較(2013年)(単位:万トン)

図表7-2 日・オランダの主要農作物の生産状況の比較(2013年)(単位:万トン)

出典:農林水産省ウェブサイトより筆者作成

 オランダは伝統的に農業が強いといわれることが多いが、ずっと順調であったわけではない。EUの前身であるEC発足後には、農業大国であるスペイン、ポルトガルからオランダに安い農産物が大量に押し寄せ、オランダの農業は大きなダメージを受けた。海外に負けない競争力を身につける過程で、オランダではスマートアグリという農業革命が農家主導で展開され、自由競争市場主義による競争力が培われていった。園芸作物とICTを組み合わせたのは欧州ではオランダが一番早かったといわれている。ICTを通じて水や温度を制御する会社もオランダ国内に多く存在する。
 こうしてIT技術の農業への応用が図られたことで、オランダでは現在、IT技術で栽培の環境が制御されている。ただIT化の波に乗れなかった多くの農家が淘汰されたのも事実である。
 オランダは上記のような競争力を持ったスマートアグリ生産システムを海外へ輸出することで、農産物だけでなく技術輸出にも貢献している。例えば、韓国ではオランダの生産システムを輸入することで、パプリカ栽培においては輸出に転じている。生産システムを輸出した世界各国での栽培データをオランダに戻すことで、どのような環境においてどのような栽培が理想的なのかを最適化する研究開発が進められている。オランダでは農食品産業を成長の原動力としているが、その要因として以下の取組が見てとれる。

  • 先端研究開発と技術教育
  • ロジスティクス競争力とマーケティング
  • 鉄道・港湾・空港など効率的な農産物物流のインフラ構築。

7.2小国が生き残る知恵としてのオープンイノベーション【印象記I】

 オランダのような小国が世界で生き残っていくためには、国内に固執せずに積極的かつオープンなかたちで世界と繋がることが重視されている。その際、オープンイノベーションという考え方に意義が見い出されている。その基本は成果や知識を共有することだが、すべてをオープンにするわけではない。重要なのは、プレコンペティティブなところでの研究のシェアと、機密扱いの部分を明確に分けることにある。シェアできるところは最大限オープンに共有することで、研究開発に伴うリスクの軽減、市場への迅速な参入が可能となり、結果的に得るものが大きいと考えられている。
 ただし、オランダがどの程度オープンイノベーションであるのかについて、例えば人間の出入り等を数字やデータで示すのは難しい。オランダは現在EUの中でも先進的な福祉主義国家と称されるほど、社会的に成熟した時期を迎えているが、そうした社会では、「競争」ではなく「共存」による発展が模索されている。世界との連携が重視されるなか、英語教育はそのための手段の一つとして必須条件であり、マルチリンガルであることも珍しくない。オランダの科学技術・イノベーションの動向を探る過程で、このような積極性やオープンさが所与のものとして、アカデミア、産業界、そして公的機関にも根付いていることを実感した。
 第5章で取り上げたオープンイノベーション・キャンパス設立の根底にあるのは、このようなオープンな考え方であると思われる。そこでのキーワードは「スピード」であるということを認識するのも重要である。キャンパスではどこでも研究開発におけるスピード感があった。良いものがあれば迅速にその先につなげ、新たな市場を開拓できる機会を見逃さないアプローチが取られている。例えば、クライオ電顕が市場に広がり始めたのは、アイントホーフェンにあるオランダのFEI社という会社からである。FEI社はフィリップス電子光学に買収された後、2006年にTitanをリリースした。その後Titan ETEMやTitan Kriosなどを販売し、同分野の世界市場を席巻しつつある。しかしそもそもクライオ電顕の開発は京都大学の藤吉好則先生の貢献によるところが大きい。このクライオ電顕の話は、日本製はハイエンドであるが市場に普及するのが遅い、或いは、普及しにくい環境にあることを示す事例の一つといえるだろう。この日・オランダの差の理由を考えたとき、研究をビジネスにする「スピード」というものが答えになりうるかもしれない。
 もう一つのキーワードは「皆で協力」である。ここでいう「皆」とは、産学官の3者を指す。オープンイノベーション・キャンパスは大企業の研究開発インフラを利用するかたちで作られているが、これには、地元の州政府の積極的な協力、また、レベルの高い大学の存在なくしては成り立たない。
 こうして産学官が一体となって、キャンパスの企業誘致を推進できれば、オランダに落ちてくる研究開発投資も徐々に増えていくのではないだろうか。

7.3教育制度と労働体制【印象記II】

 オランダのマーストリヒトに16年在住の柳井正史氏(名古屋大学 未来社会創造機構)の話によれば、オランダの科学技術・イノベーション力の高さを支える要因の一つに、教育制度や労働制度が影響しているかもしれない。以下、柳井氏へのヒアリング内容の概要を示す。
 オランダの教育制度の特徴は、非常に早い時期から将来の職業や方向性が決まってしまう点にある。日本と同様にオランダでも、初等、中等、高等に分かれるが、初等(小学校)後の12歳の時点で大きな試験があり、大学準備コース、上級一般コース、職業訓練コースに振り分けられる。上のランクに移りたい場合、途中の編入はできず、コースを修業した後の編入のみ認められている。早期に子どもの将来を決めてしまうことには良い面と悪い面の両方があると考えられるが、子どもの好奇心や探究心を最大限伸ばそうとするオランダのこのような教育制度は他の国と比べて相対的に高い評価を受けているのは事実である。
 日本では、会社や組織に入ってから専門性を鍛えることが一般的であり、その意味で学生は「就職」ではなく「就社」活動をしているにすぎない。博士課程を卒業した大学院生ですら企業ではすぐには使いものにならないと批判されることが少なくない。逆にオランダのような教育制度では、大学の卒業と同時にデプロム(資格)が付与され、その資格があるために転職も比較的容易である。
 オランダにおけるこのような人材育成のあり方が、企業の即戦力になる人材の育成、企業のニーズに合った専門性の高い人材の供給を可能にしている。これがオランダのイノベーション力を支える原因の一つである可能性はある。
 教育制度に関連した最近の動向として、ユナイテッド・ワールド・カレッジ(United World Colleges:UWC)16のマーストリヒト校開校に絡む動きも注目に値する。オランダは国の規模からすればインターナショナルスクールが比較的多くある国で、これは駐在企業の子息らの教育に対応するための施策の一環である。最近、UWCがマーストリヒトに学校を新たにオープンにしたが、以前であればインターナショナルスクールにオランダ人の生徒は入学することができなかった。しかし、このUWCマーストリヒト校ではそれが可能になっている。つまり、UWCマーストリヒト校には世界の選抜試験を通過した学生のみならず、オランダ国内で選抜された優秀な学生も入学できることになっている。UWC卒業後は世界トップクラスの有名大学に進学することも可能である。これは、オランダ政府の戦略的に長けているところで、単にインターナショナルスクールを誘致しただけでなく、それを利用して、オランダの教育の国際化も目指そうとしている。ちなみに、UWCマーストリヒト校はゼロから新設されたものではなく、既存のインターナショナルスクールを格上げするかたちでUWC分校となった。
 就職後の労働体制を見てみると、日本は大卒の技術者が会社に採用されても、死に絶えてしまうシステムである。というのも、日本では技術者は昇進とともに幹部育成のためマネジメントに携わることになるが、オランダやドイツなどの国々では、技術者は技術者、マネジメント人材は専門の教育を受けた人をあてがっており、職の分業が進んでいる 。17

8. EUの政策との関係

 オランダは欧州共同体(EC)の原加盟国の一つであり、欧州統合の主たる推進役でもある。欧州連合(EU)の発足を定めたマーストリヒト条約の締結に際しては、条約調印のホスト国として重要な役割を担った。
 オランダの貿易輸出の約72%がEU向けで、輸入先の約53%がEUからであることからも分かるように、オランダ貿易収支に占めるEUの依存度は高い。
 経済的なメリットのみならず、オランダは科学技術の分野でもEUの一員であることに多くの恩恵を受けている。オランダは、EUの欧州枠組みプログラム(Horizon 2020)から相対的に多くの予算を受けており、加えて、他の様々な共同研究枠組みやパートナーシップなどにおいてEU諸国との間で特定の分野にフォーカスした研究開発を推進している。
 本章では、オランダとEU間の科学技術・イノベーション分野の協力状況について説明するとともに、人材の観点からの交流や連携について言及したい。

8.1欧州研究圏(ERA)構築に向けての貢献

 欧州では、欧州研究圏の構築を謳った2000年のリスボン宣言を踏まえ、2002年には研究開発費の対GDP比を3%にするというバルセロナ目標を掲げた。
 しかし、1990年以降、オランダの官民合わせた研究開発投資は総じて低調で、ようやく2014年に過去25年で最高値となる2%に達したが、目標値の3%にはまだ届いていない。オランダは現行のイノベーション政策において、2020年までにオランダの研究開発費の対GDP比を2.5%まで引き上げるとの目標を掲げている。

8.2FP7およびHorizon2020への参画状況

 科学技術予算に関して、オランダのEUからの恩恵度は高い。以下では、FP7(2007~2013年)とHorizon 2020(2014~2020年)それぞれにおけるオランダの参加状況を示す。

8.2.1 FP7への参加状況

 最競争的資金であるFP7の全配分額は454億ユーロであり、そのうち約7%(33億1,300万ユーロ)をオランダは受け取っている。これは、ドイツ、英国、フランス、イタリアに次いで5番目に多い額である。研究者一人当たりの研究費の使用額で見てみると、オランダは第1位となっている。

8.2.2 Horizon 2020への参加状況

 FP7の後継枠組みプログラムであるHorizon 2020が現在進行中であるが、2016年11月に欧州委員会のウェブサイトに各国の中間状況に関するデータが公表された。図表8-1ではその概要を示す。

図表8-1 Horizon 2020におけるオランダの参画状況

図表8-1 Horizon 2020におけるオランダの参画状況

出典:欧州委員会ウェブサイトの情報を元に筆者作成

 現時点でオランダは、Horizon 2020を通じて13億2,918万ユーロを受け取っており、のべ2,628機関が参加している。オランダの採択率は16.1%で、EU平均(13.3%)より高い。
 参加機関、獲得資金額ともに、オランダは第6位となっている。

8.2.3 国内のサポート体制

 Horizon 2020への参加を支援するオランダ国内の体制を見てみたい。
 OCWによるEUプロジェクトへの参加を支援するやり方は、直接的なものと間接的なものと2つある。直接的なサポートとしては、ナショナル・コンタクトポイントの設置支援である。現在は、このコンタクト・ポイントは、EZの部局であるオランダ企業局(RVO)の中に置かれている。間接的なサポートとして、関連するあらゆるステークホルダー(省庁、ファンディング機関、研究所、高等教育機関、企業、シンクタンク)に声をかけ、月に1度の割合でEUプロジェクトの研究プライオリティ等に関する会議を設けている。OCWが調整役となって、関係者の取りまとめを行い、EUプロジェクトに関する正確な情報を周知・共有している。
 申請する側の大学や研究機関にも、申請を手助けする部署が設けられたりしている。先述のとおり、アムステルダム大学(UvA)ではGrant Support Teamを設け、様々な競争的資金を獲得できるよう申請に関するアドバイス等を行っている。
 図表8-2は、Horizon 2020で受け取っている資金が多いオランダの参加機関トップ10を示したものである。これで見ると、研究開発機関は7 位のTNOと10位の農業研究機構(DLO)のみで、残り8校は高等教育関連機関である。8校のうち工科大学が2校 - デルフト工科大学(TU Delft)(1位)、アイントホーフェン工科大学(TU/e)(6位) - 含まれている。

図表8-2 Horizon 2020を通じた資金額が多いオランダの参加機関トップ10

図表8-2 Horizon 2020を通じた資金額が多いオランダの参加機関トップ10

出典:欧州委員会ウェブサイトの情報を元に筆者作成

8.3人材の交流

 EU内人材の交流は様々なレベルで多様なかたちで行われているため、実態を把握するのは難しい。一般的に言われているのは、オランダはそもそも人材の流動性がある社会だが、ここ15~20年の顕著な傾向として、転職の回数がより頻繁になっていることが指摘されている。一人の人間が同じ職場や機関に10年以上勤務している状況は稀である。
 研究者はどこでも英語で通じるため、昇進するごとに異なる機関の異なるポストに就くことが一般的で、異動先は国内外問わない。

9. 海外との関係

 本章では、オランダと海外との協力関係について取り上げる。日本との連携については、政府間、JSTおよびJSPS、その他に分けて言及する。諸外国との協力状況についてはEU以外の諸国との関係で特筆すべきもののみ対象として取り上げたい。

9.1日本との関係

 オランダは日本にとって400年以上の深い交流のある国であるが、現在の両国の関係はそれほど身近な存在ではない。例えば貿易動向を見てみても、オランダの日本への輸出割合は全体の0.8%で、日本はオランダの貿易相手国としてほとんど比重がない。輸入に関しては、日本はアジア諸国の中では中国に次ぐ輸入先となっているが、それでも全体に占める割合はたった2.2%である。
 科学技術分野の協力に関しても、日本とオランダの関係は活発にあるとはいえない。個々の研究者レベルでは意見交換や研究交流が恒常的に行われている可能性はあるが、組織間の協力は相対的に不活発であるように思われる。
 以下では、日本とオランダの間でどのような科学技術協力が構築されているのかについて言及する。

9.1.1 政府間協力

 日本外務省ウェブサイトによれば、日本とオランダの両政府の間では、従来、原子物理、金属材料、農業、建築、医薬品、エレクトロニクス等の分野で協力が進められてきたが、こうした協力を一層発展させるため日・オランダ科学技術協力協定が締結され、1997年に発効した。
 同協定に基づく日・オランダ科学技術協力合同委員会は、1998年にデン・ハーグで第一回会合が開催され、2016年12月時点で計6回行われている。直近の第6回会合は、2015年11月に日本で開催された。この会合では、最近の科学技術政上の重要な動きについて両国で意見交換を行うとともに、量子技術とサイバーセキュリティを中心とするICT・スマート産業、農業、再生可能エネルギー/核融合、ファンディングや研究交流といったテーマで報告が行われた。

9.1.2 JSTとの協力

 現在JSTとオランダの間では協力のプロジェクトやプログラムは実施されていない。

9.1.3 9JSPSとの協力

 JSPSは、オランダのNWO等との間で、研究者交流、共同研究・セミナー、国際共同研究事業などを行っている。
 二国間交流事業のもと、海外の学術振興機関(対応機関)と学術の国際協力に関する合意に基づく共同研究セミナー(対応機関との合意に基づく共同研究・セミナー)を行っており、個々の研究者交流を発展させた二国間の研究チームの持続的ネットワーク形成を目指し、日本の大学等の優れた研究者が相手国の研究者と協力して行う共同研究・セミナーの実施に要する経費を支援している。オランダのNWOは、海外の対応機関の一つになっている。
 また、国際共同研究事業のもと、「欧州との社会科学分野における国際共同研究プログラム(ORAプログラム)」があり、欧州4か国の主要な機関と共同で社会科学分野における多国間の研究者からなるコンソーシアムを通じた優れた国際共同研究を支援する事業が実施されている。この4か国の主要機関の一つにオランダのNWOが含まれている。

9.1.4 その他

 その他、エネルギー、宇宙、海洋といった分野で日本とオランダ間の協力事例が見られる。
 エネルギー関連では、産総研が中心である。産総研の福島再生可能エネルギー研究所(FREA)は、オランダエネルギー研究センター(ECN)との間で、2014年10月に国際共同研究や研究者の相互交流を実現させることを目指して合意文書に調印した。FREAとECNは再生可能エネルギー分野で類似する研究テーマに戦略的に取り組んでおり、グローバル展開も重視している。この合意文書に基づき、今後は、人材交流を通じた研究課題への取り組みや共同プロジェクトの実施により、両機関の知識・技術移転が促進することが期待されている。
 宇宙については、2010年4月に宇宙航空研究開発機構(JAXA)とオランダ宇宙局(NSO)の間で「平和目的の宇宙協力のための宇宙航空研究開発機構とオランダ宇宙局との間の協定」が締結された。これに基づき両機関にとってポテンシャルのある協力分野が特定され、協力が促進されている。
 また同協定に先立ち、2009年10月にはJAXAとオランダ宇宙研究機関(SRON)の間で、X線天文衛星ASTRO-Hをはじめとする宇宙科学分野についての協力協定が締結された。両協力は並行して推進されている。
 海洋の分野では2002年11月に、海洋技術安全研究所18とオランダ海事研究所(MARIN)との間で研究協力に関する包括的な協定が結ばれ、研究資源の有効利用、成果の相互活用等が図られるとともに、新しい研究テーマの創造、研究成果の普及等にも繋げていくことが期待された。同研究所とMARIN間では、研究者の交流や国際ワークショップの共催が実現されている。後者に関しては例えば、2010年6月にワーヘニンゲンにおいて海事技術に関する国際ワークショップが共同で開催された。

9.2諸外国との協力

 ここでは、EU圏以外の主要な協力相手先として米国と中国を取り上げる。

9.2.1 米国

 米国はオランダにとって非EU圏の中で最大の輸出先であることから経済的結びつきは比較的強い。科学技術分野では二国間の協力を進めており、例えばサイバーセキュリティの分野では米国国立科学財団(NSF)と国際共同公募を実施している。これは、双方のファンディング機関が自国の研究機関および研究者に対し支援を行うやり方で進められている。
 NWOは2016年6月、NWOとNSFがサイバースペースにおけるプライバシー研究(PRICE)に関して実施した共同公募で5件を採択した旨発表した。この共同公募では、オランダに拠点を置く研究者と米国に拠点を置く研究者の協力関係を強化し、プライバシーおよびインターネット・セキュリティに関する研究の国際的な相乗効果を生み出すことを目的としている。
 PRICEの募集はNWOが関与する3度目の国際研究プログラムであるが、NWOは今回のPRICEにおいて、オランダ側の研究者に研究資金として125万ユーロを、NSFは米国側の研究者に対して125万ドルを助成することになっている。

9.2.2 中国

 中国はオランダにとっては、非EU圏の中で最大の輸入先であることから経済的結びつきは強い。
 科学技術分野ではNWOとの協力が顕著である。NWOは2009年以降、中国と包括的な協力プログラムを実施してきている。図表9-1で一連のプログラムを示す。

図表9-1 NWOと中国との協力プログラムの一覧

図表9-1 NWOと中国との協力プログラムの一覧

出典:NWOの資料を元に筆者作成

 NWOおよびKNAWは2012年に、オランダと中国間の科学協力に関して両国の主要な研究者16名に行ったインタビューを取りまとめた書籍『Based on Science, Built on Trust』も発表している。

10. おわりに

 本調査では、オランダが生き残るための知恵として科学技術・イノベーションをどのように活用し、また科学技術・イノベーション力を推進するために何にどのように注力しているのかについて、文献調査およびフィールドワークで得た情報・エビデンス・知見をもとに考察を行った。
 オランダは小国であるため「皆で助け合わないと沈んでしまう」という認識で成り立っているのに対し、日本は横の連携が円滑でない社会であるという点で大きく異なっている。とりわけ農業分野では、日本は保護的な立場をとって他との連携や交流を必要としない場合も少なくない。これは、例えば日本の優良品種が盗まれ勝手に栽培されるといった事例があり(りんご「ふじ」やいちご「章姫」など)、品種の管理について閉鎖的な対応を取らざるを得ないという背景もある。その点、オランダは成果を共有できるところは最大限共有してリスクをできるだけ減らし、双方にとってwin-winな関係を築こうとの立場に立つ。
 また、大学の仕組み、つまり、経営体質が違う点も大きい。オランダの大学は特許収入などが追加の収入として大学の利益に貢献しているが、日本では、大学が儲かると国からの運営費交付金が減らされることになる。結果的に、資金が減らされるのであれば、逆に儲からない基礎のようなところにいってしまうため、産学連携のインセンティブが働かない。
 2016年、農林水産省はオランダのフードバレーの取組からヒントを得て、『「知」の集積と活用の場』というプログラムを開始した。2016年12月の時点で、農業機械、育種、食品といった分野のプラットフォームが約47あり、シーズとシーズを繋ぎ、効果的な情報発信や会員間の交流が図られている。オランダの農業の強みは、研究、市場、消費者の3者をよく把握している点にあるが、市場を理解しているからこそ、どのような研究が必要で、それを誰にどのように提供できるかといった一連の工程をデザインすることが可能となる。日本ではこれまで生産者重視のアプローチであったことを鑑みると大きな違いである。しかし『「知」の集積と活用の場』が始まったことは、従来とは違う新しい農業のモデルを構築していこうとする意欲の表れであり、大きな前進である。
 オランダと日本は深い交流があるとはいえ、歴史、文化、社会と、すべてにおいて大きく異なり、オランダでうまく機能しているものをそのまま日本の社会に当てはめることはできない。ただこの先、持続可能な社会をどう構築していくのか模索する際、日本がどう生き延びていくかを見習うのはオランダのような国かもしれない。

11. 参考資料

  • 1 2017年2月20日時点の日本銀行の為替レートによると、1ユーロ≒122円となっている。
  • 2 https://www.government.nl/topics/science/contents/encouraging-science
  • 3 https://qutech.nl/wp-content/uploads/2016/11/161103_qutech_annualreport_2015_v6_online_lo-res.pdf
  • 4 ワーヘニンゲンURに関する記述は、CRDS調査報告書【CRDS-FY2015-RR-08】「(調査報告書)グリーンバイオ分野における研究開発の重要課題と統合的推進 ~イノベーション創出と持続可能な社会の形成へ向けて~」(2015年度)におけるpp.56-57の「3-6-1 オランダ(オランダ・フードバレー)」に拠るところが大きい。
  • 5 『農業と環境 No.170 (2014年6月1日)』。報告書のウェブサイトは次のとおり。http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/170/mgzn17003.html
  • 6 オランダ語・オランダ文化研究を担う機関。
  • 7 http://www.tudelft.nl/fileadmin/Files/tudelft/over/Feiten_en_cijfers/jaarverslagen/facts___figures_2015_digi.pdf
  • 8 CWTS B.V.は、CWTSの研究開発と知財に基づいた商品・サービスの販売事業会社として2002年に設立された会社である。B.V.はオランダの企業形態のひとつで、有限責任会社に相当する。
  • 9 https://www.rathenau.nl/en/file/530/download?token=EdD_8EWh
  • 10 http://www.wetenschapsagenda.nl/?lang=en
  • 11 DSMは1902年に「Dutch State Mines」として出発したオランダの炭鉱会社。後に化学事業に進出し、現在ではライフサイエンス分野まで手掛ける総合化学メーカーへと転身した。「2015年EU産業研究開発投資スコアボード」によれば、2014年の研究開発投資額は、3億3,800万ユーロで、オランダの企業の中では第10位であった。
  • 12 ワーヘニンゲンURに関する記述は、CRDS調査報告書【CRDS-FY2015-RR-08】「(調査報告書)グリーンバイオ分野における研究開発の重要課題と統合的推進 ~イノベーション創出と持続可能な社会の形成へ向けて~」(2015年度)におけるpp.56-57の「3-6-1 オランダ(オランダ・フードバレー)」に拠るところが大きい。
  • 13 SollianceとHolst Centreはハイテクキャンパスの中に所在している。
  • 14 法人税率、WBSO、RDA、Innovation BOX、Innovation Creditに関する記述は、オランダ経済省 企業誘致局が発行している報告書 “WHY INVEST IN HOLLAND?” に拠るところが大きい。報告書のウェブサイトは次のとおり。http://www.nfia-japan.com/files/pdf/WHY_INVEST_HOLLAND2015.pdf
  • 15 通常の大屋根型温室と比べ、経済性、換気効率、光線透過量の面で優れた特性を有する軒高の高い温室。
  • 16 UWCは、本部をロンドンに置くインターナショナルスクールで、選抜試験を通じて選ばれた高校生に奨学金を提供して、世界17か国と地域(カナダ、インド、イタリア、ノルウェー、シンガポール、スイス、米国、英国、ドイツ、アルメニア、コスタリカ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、タイ、中国、香港、日本、オランダ)にあるUWC校に2年間派遣している。
  • 17 オランダは職の分業と同時に、ワークシェアリングが進んだ国でもある。1980年前半に、個人の働く時間を短くする一方で雇用の創出を図るという「ワッセナー合意」が雇用者団体と労働組合と政府の間で結ばれた後、1996年に均等待遇法(労働法改正)が制定され、パートタイムで働く比率が格段に上がった。現在では労働人口の半分がパートタイム労働といわれている。これは出産や育児で労働時間を制限しなければならない女性にとって特に有利な制度であり、結果的に、①パートタイムがフルタイムと同じ待遇で働いている、②女性の進出が進む、③トップ(上層部)に就く女性の比率が高くなり、オランダでは概して男女両方にとって働きやすい環境が形成されている。
  • 18 海洋技術安全研究所は2016年4月、港湾空港技術研究所および電子航法研究所と統合して国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所の一部となった。