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野依良治の視点

(19)わが研究人生のつじつま合わせ

2017年10月10日

 「少年老い易く学成り難し」の心境にあるが、近年は大学人も職業研究者としての生き方が問われ、日頃の振る舞いさえ詮索されて困惑する状況にある。それぞれの研究人生に物語があり、それは決して後日他人に披露するためにつづったものではない。長い軌跡の意味は第三者による客観は困難であり、むしろ当人にとっての主観的な質、生き甲斐が大切ではないかと考えてきた。長い軌跡のつじつまがおおよそ合えば上出来ではないかと思っているが、もはやそれでは無責任であろうか。

 学術研究者といえども、様々な社会とのつながりがある。科学分野の消長や研究方向も現実社会から独立してはありえないことも承知している。少なくとも、研究資金供給が、公的であれ私的であれ量的に限りあるため、国内の政治行政、経済、さらに世界の潮流に影響を受けざるを得ないことになる。いかに生きればいいのか。

73億人の世界における科学者の存在

 現代の科学社会には、個人を中心とする知識の創造、組織による技術開発、社会イノベーション、国家的な安全保障に加えて、地球規模の問題の解決まで要請されるに至っている。過剰な人間活動による深刻な気候変動、環境劣化、資源枯渇、世界の絶望的な経済格差などにいかに対応すべきか。そして、一昨年9月の国連総会で、2030年までの世界を変えるための、Sustainable Development Goals (SDGs)が採択された。貧困や飢餓からの脱却、健康、安全な水の確保など、17の目標は人類の存続にとってまさに当然のことばかりであり、対応は不可避である。

 わが国の政治行政はいったい、ここに如何なるグランドデザインを描き、日本丸の科学技術の舵をどのようにとろうとしているのか。科学界にも相応の貢献が求められるが、個々の研究者たちはあまりの巨大な問題の前に、ただ茫然と立ち尽くすばかりであろう。もう半世紀前に、国破れし悲惨な状況から身を起こした私自身も、この点に責任を問われれば、内心じくじたるものがあり答えに窮することになる。

 迷える若い研究者、学生諸君には、広い視野をもちながらも、ひるむことなく、信念をもって新たな科学の開拓にまい進することを願っている。大学にあっても旧来の基礎科学にこだわることはなく、「出口を見据えた」科学技術にむかうこともまた必要だ。大切なことはいつの日の出口か。若い世代が目指すべきは、諸君が指導する2030年以降の各方面への出口であろう。この実現には、国全体で若者たちが希望をもてる明日の社会を設計し、教育研究体制を整備・支援することが必須であろう。私がこの機会にできる唯一のことは、すべての科学知識が、たとえ小さくとも細い糸で人類社会と繋がっていることを伝えることだけである。

 私は若き日に、SDGsなどの壮大な目標など思いも寄らずに、ただ有機合成化学の魅力に惹かれ研究を始めた。その後歩んだ道を振り返れば、まったく意図したわけではないが、ほんのささやかながら「すべての人の健康と福祉を(第3目標)」「質の高い教育をみんなに(第4目標)」「産業と技術革新の基盤をつくろう(第9目標)」に関わったかもしれないと、無理やりにつじつま合わせをしてみている。

 私は幸運にも、2001年に米国の2人の研究者とともに「不斉合成触媒」の研究でノーベル化学賞をいただいた。研究の成功の鍵は、ロジウムやルテニウム金属原子に左右識別能力の高いBINAPを結合した「分子触媒」の発明である。この触媒上で様々な有機化合物の水素化が、何万回も何百万回も繰り返し起こり、ここで右手形、左手形だけを選択しながら目的物質が大量にできる。長年懸案であった化学上の問題を解決して有機合成化学の方向の転換を促した。さらに高砂香料工業を中心に世界に先駆けた勇気ある事業展開があり、医農薬や香料関連の精密化学工業へもわずかなりとも貢献することができた。授賞理由には「化学のみならず材料化学、生物学、医学の研究の急速な進歩に貢献するものであり、さらにアルフレッド・ノーベルの精神にもまさに合致する。3名の業績の人類への有意義な貢献はすでに多大なものがあるが、分野後継者の研究によってさらに増幅されるであろう」と将来の可能性も含めて大仰な記述があるが、これはスウェーデン王立科学アカデミーの選考委員会の主観である。

科学が時代を超えて世界をつなぐ

 自由を尊ぶ学術の価値は、専門家たちの評価を受け入れつつも、研究者自身の主観により異なるはずである。科学技術は数多の事実の集積により必ず進歩するので、研究成果の水準は時代を経て新しいものが常に高いことになる。現代の若者たちの創造性が、たとえアインシュタインやワトソン、クリックたちに及ばなくとも、彼らの研究の「客観的水準」はこれらの天才たちを上回ることは確かである。この点には自信をもってほしい。かくして時の流れは退役研究者にとって冷酷であるが、かつての仕事への「思い入れ」は折々の科学水準とはまた別であることを強調しておきたい。

 上記の不斉水素化研究は、名古屋で1974年に始めた30年にわたる長丁場の仕事で、もちろん満足はしている。しかし、さらに思い出深いのは、1966年、後に一大分野に発展する「キラル有機金属分子触媒による不斉合成」の原理を発見したことである。私は当時京都大学の野崎一先生(日本学士院会員)の助手で、27歳の学位も取得していない研究室サブグループのリーダーであった。恩師による「新しい有機化学をしろ」だけの寛容な指導下に、科研費も受けない研究であったが、学生たちとの好奇心に導かれ生まれた結果に、独りよがりの幼稚な学徒の心は踊った。しかし、この「不斉カルベン反応」による生成物は当時としては一般的でない三角形状化合物であり、左右選択性も55:45と実用性は皆無であった。新規性の主張が弱く、作法も未熟な、当時の東洋の辺境からの論文の評価は当然低い。恥じ入るばかりの仕事を親身に祝福してくれたのは京阪地区の研究仲間だけであった。後年のノーベル賞選考委員会も対象とはしなかった。しかし、広い化学の世界に小さくとも新しい石を置いたことだけは間違いない。

 時を経て今世紀に入り、予期せぬ事業展開が起った。人類の持続性の実現、つまりSDGsを早くから企業理念に取り入れてきた住友化学が、この不斉合成の原理に基づき「オリセット®ネット技術」を完成させたのである。ピレスロイド農薬で名を馳せる同社は、特別な三角形構造をもつ防虫剤ペルメトリンを開発し、高密度ポリエチレンに練り込んで蚊帳をつくり、アフリカ・タンザニアで実施するWHOマラリア防止作戦の基盤をつくることとなった。主としてサハラ以南のアフリカで、毎年2億人以上がハマダラカの媒介により「貧困の病」マラリアにかかり、40万人以上、とくに子供たちが亡くなる。経済損失は1兆2千億円にのぼるが、この技術提供によって七千人の雇用が生まれ、社会の基盤である学校支援もできるようになった。現在タンザニアにおける蚊帳の生産能力は年間3,000万張で、国連児童基金(UNICEF)などを通して、80カ国以上に供給されているという。

 もとよりここに私自身の貢献は皆無である。早くから「不斉カルベン反応」の工業プロセスの可能性を予見し実現したのは、住友化学に入社した京都大学野崎教授門下の英才であり、その後の展開も同社の研究者、技術者の努力、そして経営者の決断の結果であった。しかし、これを機に若い世代には科学と人類社会の関係について、是非考えてほしい。「少年に学ばざれば老後に知らず」で、経験に乏しくとも、真摯に生きる若者の好奇心にこそ無限の可能性が宿る。果して51年前、まだ貧しかった大学でささやかな不斉触媒化学が生まれた時、いったい誰がその知見による人類貢献を見通すことができただろうか。科学はそれだけの潜在的可能性を秘めている。SDGsにとどまらず長期的目標の達成は、各省縦割り、また経済合理主義の政策だけではとても無理ではないだろうか。

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