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野依良治の視点

(14)研究経費の非効率性の脱却を

2017年6月5日

 わが国の科学研究は高価格体質をもつ。様々な非合理的要素の累積によるが、一つの大きな理由は、機器や消耗品費などの直接研究費の過大さにあり、主として外国製品の席巻の結果である。大学においてこの非効率性を相殺するのが労務費の低さ、つまり前述(コラム4)の大学院学生の無償ないし超低賃金による知的労働奉仕である。しかし、これでは不都合の重複と言わざるをえない。

 このいびつな状況で、例えば100億円の経費をかけての論文生産力など、研究成果の国際比較を問うことは、まったく意味をなさない。また文科省の予算獲得努力も水泡に帰し、状況の抜本的改善なくして、研究振興政策も持続性を失うことは明らかである。日本学術振興会などの研究資金配分機、諸分野の学協会はこの状況をいかに把握しているであろうか。

研究の海外製品依存

 例えば、有機合成化学で用いる3万種以上にのぼる化学薬品、多様な触媒や酵素類は特定の外国企業の寡占状態にあり、商品カタログを比較すると数十%から2倍の価格の違いがある。ビーカーさえ2倍の値段である。この状況は少なくとも20数年来変わっていない。

 より深刻なのは、世界全体で年間5兆円、国内で5,000億円規模とされる実験用分析機器の市場である。電子顕微鏡、核磁気共鳴装置、表面分析装置などの汎用分析機器の開発力については、欧米勢が優位にたつものの、わが国企業も健闘し、現在でも9%程度の世界シェアを保つ。一方、生命科学関係の新鋭機器開発については、1990年代から分野の急速な勃興、潮流をいち早く読んだ海外、とくに米国ベンチャー企業が覇権を握る。わが国の存在感は極めて乏しく、世界シェアは1%以下に過ぎない。全科学分野では日本製と外国製が拮抗するが、生命科学分野では外国製が大勢を占める。

 分析機器市場は、機器販売(50%)、消耗品販売などのアフターマーケット(37%)、保守サービス(13%)の3事業からなる。購入価格はほぼ輸入代理企業の言いなりであり、たとえばDNA解析装置では、付随して必要な高額の試薬の購入も同時に強いられる。さらに、パッケージ化された機器は、購入後も自ら保守、内部検査、故障修繕することも許されない。技術の高度化とともに研究費の高騰が続く中、彼我の差は開く一方である。

 海外製品依存のわが国の生命科学研究は、個人的に聞いた話では、米国に比べて3倍程度は費用がかかるという。さらに研究の競争激化と商業化の流れが、研究費格差拡大の連鎖を招く結果となり、今や少し大掛かりな生物医学系の研究は、もはや特定の重装備研究室でなければできないとも聞く。

 かつて、ドイツや英国でも米国製品の輸入価格が問題になっていたが、わが国も根本的な工夫なくしては、まったく戦えない。代理店経由の外国製物品購入、保守管理の仕組みなどに関わる不具合は、産業界の奮起とともに政治行政の積極関与なくして、もはや解決はありえない。実態を精査の上、徹底した方策を立ててほしい。

 この風潮は医療経済についても言える。国内市場9.5兆円の医薬品が1.4兆円以上の輸入超過、さらに国内市場2.8兆円の医療機器も8千億円の輸入超過である。現在、高齢化著しいわが国は世界に冠たるMRI、CT大国でもある。しかし、現在41.5兆円の国民医療費を必要とし、今後も毎年1兆円ずつ増大する。財政破綻を阻止する科学技術を含む手立てが必要である。

研究社会の認識の欠如

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)などの海外経験のあるPIたちは、価格の内外格差の理不尽を着任後に直ちに認識するものの、外国情勢に疎い一般の大学人には、危機意識がほとんどない。そして最高性能の機器を購入し続ける結果、多大の科研費が海外垂れ流し状態になっている。ときには国内経済活性化に充てられるべき政府補正予算さえ、外国製品購入に使われるという。

 研究界への社会教育が不十分である。この無邪気さ加減は、ひとえに豊かになった日本の大学研究者の「売っているものはすべて買うのが当然」とする価値観にある。加えて、短期的成果を求めての競争偏重傾向、これを是として全面的に公的負担してきた政策にも起因する。

 もとより科学研究には独自性が求められる。しかし、国際的に論文誌審査員が機器、材料、消耗品を問わず、もはや泥臭い手作りは認めず、特定の規格市販品の使用を求めるという。しかし、データ信頼性のためとするこのような動きは、画一化した後追い研究を促す結果になりはしないか。

 昨今、国内の研究環境が著しく疲弊する中で、大型研究費を得た一部の大学研究室の贅は、いささか行き過ぎと感じる。額に汗をして自らが市場から得た資金で働く企業研究者たちは、はるかに謙虚で経済感覚も厳しい。高価な機器購入は社内で容易には許可されない。アカデミアにおける資金は、しょせんは配分機関の書類、面接審査を経て他から得たものに過ぎない。自己本位、傲慢なwinner-takes-allの風潮のまん延は許し難い。研究者に保証されるのは、あくまで「研究の自由」であって、公的研究資金の恣意的な乱費であるわけがない。

 企業研究所におけるように、大学でも個々の研究者ではなく、一定規模の専門家組織による合理的な機種選択、経理、管理運営への移行が、国民の期待への責任を果たす道ではないか。これで研究費不正の温床も無くなるはずである。

先端機器の独自開発力の強化

 独創にかける美術、工芸、音楽家たち、また料理の達人も既成の装置や道具に満足せず、自ら細部まで工夫する。科学では計測が「発見の母」であるが、なぜに「匠の技」を誇るわが国の科学者たちは独自技術を追求しないのか。基礎科学者と技術者共同による試行錯誤が新たな領域を開拓し、同時に先端機器開発を実現する。既製の市販品への全面依存体質が、創造性の低下を招くことは明白である。

 現状の外国製品依存は科学技術立国日本としては、甚だ不面目である。もとより、最高の機器を輸入し、効果的に活用することは至極当然である。決して国産機器にこだわることはない。しかし、それに見合う世界に誇る最高度の製品を自ら創り出し、輸出して均衡を保つことが絶対的な前提である。真に先導的な計測機器の発明は、様々な研究分野、さらに社会に大きく貢献する。成長率の高い産業ゆえ、敗北主義は無用である。

 基礎科学のみならず、諸技術の高度化、連携、総合化を通して、独自性ある機器開発力の抜本的強化を図らねばならない。行政やJSTの先端計測分析技術・機器開発プログラムも後押ししてきたが、とくに産業界には先見性ある技術開発のみならず、ビジネスモデルの構築に格段の奮起を促したい。技術開発ではデファクト・スタンダードの獲得が必要である。

 近年、タンパク質構造解析で脚光を浴びるクライオ透過型電子顕微鏡も、わが国に先端的基礎研究成果がありながら、欧米に開発の流れの先行を許したことは、残念である。一方で、物理学分野では、理化学研究所の113番元素ニホニウムの合成に代表されるように、自らの機器開発による独自の成果創出の風土が残っている。あらゆる科学技術を戦略的に結集して、失地回復しなければ明日はない。


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