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野依良治の視点

(3)大学院こそが科学技術力の源泉 (その2)

その1からの続き)

2016年10月17日

 わが国の有力大学院における学生の囲い込みが眼に余る。私は2006年から第一次安倍内閣の教育再生会議座長を務めたおり、同一大学同一分野からの大学院進学の上限を3割と提言した。しかし、大学側は反論することもなく、平然と無視を決め込んでいる。もとより大学院は努力して国内外に広く開放されるべきであり、そのための入学試験も公平、厳正である必要がある。現在のように、大学学部で授業、卒業実験指導する教授たちが、ためらいもなく、彼らの受講生、指導下の学生が希望する大学院の入学試験にかかわることは、著しい利益相反である。かつて二度にわたり糾弾された司法試験問題漏えいを起こした法科大学院教授たちと酷似する挙動が、日常的に見られるのである。試験を第三者に委ねても解決とはならない、この囲い込み体質自体を再考すべきである。

 科学に純血主義はそぐわず、異種交配が必要である。感受性高い若き日に同じ土地に6年(修士まで)あるいは9年(博士まで)も閉じこもることは、極めて不健康、非教育的である。多くの国で学生は「異との出会い」を求めて,他大学院に進む。米国における自校出身率は10%台であるが、競争力ある大学院ほど低率で、ハーバード大学の化学科では禁止されていた。国立大学は、学生のためだけでなく、自らのためにも、外部に広く潜在的可能性の開拓を求めるべきである。さらに、科学技術が分野連携、融合を経て規模の拡大、多様性の増大を続ける中、その活動を担う人材を国内の6−3−3−4教育体制で供給することは、もとより無理である。

 残念ながら、日本の国際頭脳循環の不調は、現行体制固執の当然の成り行きといえる。理工系においては、研究者たちは、パスポートである博士号(ときに修士号も)を携えて国境を越える。そして、科学技術は世界に速やかに伝播する。知の創造者のみならず、その予備軍はもはや一国にとどまらず、最良の環境を求めて流動する時代である。わが国は留学生30万人計画をもって臨むが、大学院生の20−30%程度が優秀な外国籍学生であって欲しい。学位取得者の国内さまざまなセクターへの定着も視野に入れ、他国制度から学び、環境を整え、良質な教育を提供したい。

 一方で、外国への飛び立ちも格段に奨励しなければならないが、現実に米国大学院で博士号を取る日本人は年間わずか200名に満たない。かたや5,000名近くの中国人、2000名を超えるインド人、1000名以上の韓国人が人種のるつぼ米国で学位をとる。個々の大学院生たちは少なくとも5、6年間は、この開かれた国に滞在する。研究能力を向上させるだけでなく、多くの他国籍の知己を得るが、彼らが形成する世界人脈は巨大である。

 そして彼らは米国の大きな力になる。実際に、博士号保持者全体の36%(48.5万人)、そして工学では58%、コンピュータ・数学科学では53%が外国出生者という。彼らがシリコンバレーやボストンのハイテク企業の中核となる。同じく英国でも博士課程学生の50%は外国籍(EUから14%、その他から36%)であり、これが大学教員の多様性(EU16%、他地域12%)につながる。このグローバルな「頭脳循環」時代に、わが国の次世代はいかなる戦略で対抗するのか。世界的な大きな潮流に立ちすくみ、傍観するだけでは、孤立を深めるだけである。この積年の影響が、すでにわが国の産官学の社会全体の衰退に及びつつあることに気づいて欲しい。

 学問の進展を図るには、現況の定型的かつ細分化された教育組織の壁を打破し、文理連携を含む分野横断的プログラムに再編する必要がある。さらに科学技術イノベーションへの貢献に向けては、ダイナミックな産官学の社会連携が不可欠である。この活動展開は世界最高の研究と技術の集積なくして成立しない。知識の静的な蓄積にとどまらず、研究組織にとって「運動量(質量×速度)」ともいうべき、課題の科学的、社会的重要性とともに一体感あるダイナミズムが求められる。環境変化への迅速な対応も必要で、石橋を叩いて渡る悠長な段階的活動では、もはや競争力をもち得ない。

 果たして、現在の閉鎖的、縦割り構造の大学院が、環境エネルギー、情報通信技術や人工知能のような、その本質がすでに融合的な領域の研究先導者、人材育成機関たり得るであろうか。近未来を担わざるを得ない若者たちにとって、まことに気の毒である。わが国にとって、もはや時間的猶予はなく、行政の指導、そして学長先導による実効性ある戦略的構造改革は待ったなしである。

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