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野依良治の視点

(3)大学院こそが科学技術力の源泉 (その1)

2016年10月17日

 科学技術を社会の中核とするこの知識資本時代に、若い創造的人材の育成、確保こそが国力維持の本質的な課題である。わが国の教育制度は6−3−3−4−Xであり、大学院Xの充実こそが科学技術立国の浮沈の鍵を握る。6と3が異なる組織であるように、Xは4の延長付随物ではなく、連携はとりつつも、それ自身で独立した教育研究主体である。X組織は、おおむね国内的要素を勘案した6−3−3−4制教育界と、より多様でダイナミックな現実社会をつなぐ重要な役割を担う。4である学部は、主として教養教育と文法経理工農薬医など分野別の基礎教育を行うべく編成されているが、Xにおける研究科にはそれとは全く独立に、さまざまな分野連携、融合型の教育が求められる。世界の学術や科学技術の動向を踏まえた高度な研究を行い、さらに院生に対して現実の中核人材として、アカデミアのみならず、社会の多様なセクターにおいて最大の雇用機会を与えるべきである。国が特に定める政策遂行も、志ある有為の人材なくしてありえない。早急に旧来の4と決別して適切に組織されなければならない。

 公的財政支出の不足が改革を阻むものではない。資金的に余裕のあった時代から、大学院の本質をいかに捉え、どこまで真剣に政策検討がなされてきたのか、ことの重要性の認識の問題である。私自身も、行政に対して折々に意見具申をしてきたが、全く無力で虚しく、最近では後継世代への申し訳ない思いが募るばかりである。近く起こるかもしれない優秀な学生の海外大量流出が始まってからの改革では、もはや遅すぎるではないか。

 教育行政も大学も、何故にかくも守旧的で、社会の動向と乖離するのか。最優秀な若者がこぞって集積する大学院制度の構築は、伝統的な学問のみならず、経済発展、社会保障、国際協調、安全確保を含め国家存亡に関わる重大事であることは明白である。専門職大学院の格段の充実が求められるが、研究科の特性に応じて修了年限、学生と教員の属性、国際、産業界連携のあり方などは最大限に柔軟であるべきである。現在の文部行政の学部中心の高等教育の枠組みを超えるものあり、他省庁にも必要な大学院の設置、運営を今以上に任せるのが有効ではなかろうか。文科省による前時代的な、全分野囲い込み状況は必然的に、自らの教育財政負担の増大を招く。断じて機能破綻は回避しなければならない。さらに積極的な民間セクターとの連携もあれば、文科省をはじめ各府省にとっても、費用負担の緩和にも資するはずである。

 制度整備がアジアにおいても大きく遅れをとる。世界的に存在感を増す韓国のKAIST(韓国科学技術院)は教育省所管ではなく、特別法に基づき未来創造科学省のもとにある。制度設計と歴代米国での指導経験ある学長の起用が功を奏し、いまや起業件数も非常に多く、卒業生は産業界で大活躍するという。中国の大学は現在国務院教育部の傘下にあるが、かつては交通部所管の「交通大学」など、他の中央省庁が自ら求める人材育成のために大学を設置、運営していた。現在もその良い影響は残る。また、中国科学院は直系の強力な大学院大学をもつ。シンガポールや香港の動きは、さらに柔軟かつ速い。米国産業界は、大型航空機エンジン製造や深海資源掘削など大規模工学を中心に、設備不足の大学院教育に苛立ちを覚えているという。一方で、大学の研究基盤の貧困を理由に、すべてを事業性重視の企業に任せるならば、国家的な人材養成の持続性は保障されない。例えば、原子力技術の有為な人材をいかに育てていくのか。求められる人材は多様で、大学院の設計が画一的で良いはずがない。

 創造的な若者なくして日本の明日はなく、彼らをたくましく育てなければならない。大学院が学生個人の利益のみならず、社会の中核を担う公共的人財育成の機関であることは、諸外国における共通認識である。彼らこそが、5−10年後に確実に社会の力になる。しかし、わが国の行政、大学運営の配慮は、おおむね教員側の利便を満たす方向でなされ、授業料無償化、給付制奨学金の充実、研究や教育協力への給与支給、十分な実験教育費の提供などの学生への支援は軽視されてきた。長年の教育行政の無為無策と責任回避、大学人の呆れるほどの危機意識の欠如が、わが国の大学院教育を悲惨な状況に陥らせている。現在の高等教育公財政支出がOECD加盟国最低水準(対GDP比0.8%)であることを、国民は十分に知らされていない。各国平均(1.4%)まで回復するには、実に年間3兆円の増額を要するが、なぜここまで放置してきたのか。明快なグランドデザインを示し、国民の支持を得て、教育目的税を導入する以外に解決の道はないだろう。 

その2へ続く


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