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野依良治の視点

(2)教育研究を経営する

2016年9月28日

 昨年のノーベル生理学・医学賞受賞者である大村智博士が「研究の経営」の大切さを指摘されたことが、強く印象に残る。自らの微生物化学研究をもとに、科学の発展のみならず人類社会に大きな貢献をされ、さらに北里研究所の財政を再建された。大学人ながら文部(科学)省からの研究支援は極めて少なく、しかし国内外の社会の共感を引き寄せながら、自らの研究哲学を実践された。温厚なお人柄ゆえに、控えめに発言されるが、わが国の行政と国立大学への目は非常に厳しい。自らの経験を踏まえて、社会の様々な局面を片手間ではなく猛勉強しなければ、通常の大学研究者に責任ある経営は難し過ぎるとされる。

 日本の教育研究の不振の原因が問われて久しい。大学教員や研究者がこれほど勤勉に働くにもかかわらず、成果が思わしくない。日本経済における最大の問題点である労働生産性の低さと軌を一にしないか。先進7カ国の中で最低で、労働者一人当たりの付加価値が、米国の7割以下に過ぎないのは、多くが真面目な勤労者の能力が原因ではなく、経済界全体、企業経営の仕組み自体に問題があるとされる。

 大学の経営は営利目的ではなく社会的責任の遂行を原動力とするので、時代に適応できる経営なくして存立し得ないことは当然である。私はまず、経営を司る理事長職と学務に責任をもつ学長職の機能分離が不可欠と考える。わが国には、個々には優れた研究者、教育者はいても、残念ながら求められる指導者が欠如、leadership crisisの事態にある。組織全体も財政構造が脆弱であり、国際関係を含め機能的にも不全である。今回、国立大学は機能別に3類型化(※)されたが、社会の負託に応えて生き続けるには、それぞれに異なる格別の経営的技量、経験が必要である。当然、旧来の内向きの教育研究者の統括能力を超えることが多い。特に大学院経営には、様々な社会の要請との整合が求められる。

 一方、学長は組織の経営基盤と状況を理解しつつも一定の距離感を保ち、学問的、教育的観点から一貫性ある理念を具現すべく大学の学務を指揮することになる。一般に、国立大学に比べ、私立大学において優れた経営がなされているようにみえる。共産党一党支配の中国では、大学の経営政策を握るのは党から派遣された書記で、学長は教育研究運営に専念する。少なくとも自然科学系については、今のところ不具合は見当たらず、着実に発展を遂げている。

 学長は、外部招聘を原則とすべきだと考える。広範な調査を経て、最適の人を任命することが望ましい。安易に学内選挙あるいはそれに準じる方法で選出しているようでは、世界に伍して生きていくことはできない。現在、ほとんどの選出者が学内出身であることを見れば、制度的に国内外を広い視野で把握し、最適者を選んでいるとは、到底思えない。

 諸外国では、国境を超えて激しい指導者争奪戦が繰り広げられる。国により一定の境界条件はあるものの、文化的に近い米英間のみならず、諸国の国立大学でも外国人を登用するところは多い。シンガポールの南洋理工大学(NTU)学長はスウェーデン人、サウジアラビアのアブドラ王立科学技術大学(KAUST)は、初代学長をシンガポール国立大学から、ついでカリフォルニア工科大学から招いて成功している。

 わが国の学長は聡明であっても、しがらみに囚われて総じて内向きで慎重、迅速な決断力を欠く傾向にある。より広い視野と経験が必要であろう。中国では中国科学院傘下の研究所長および重点大学の学長の約7割は留学経験者であるとされ、しかも40歳代から50歳代が多く活力に満ちている。翻って日本の状況を省みれば、日本でも早急に専門職業的な学長候補者の育成と、少なくとも最適者任命に向けた国内の流動化が求められる。


(※)「(1)国立大学は国有大学ではない」を参照


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