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野依良治の視点

はじめに

2016年9月6日

 CRDSは大海を行く科学技術立国「日本丸」の信頼されるナビゲーターでありたいと願っている。しかし、昨今の外海、近海の状態はともに大時化で航行の危険度は予期した以上に大きい。深刻な地球環境の変化、各国の内向き大衆化政治に伴う国際協調の不調、世界経済の先行き不透明感、さらに各地に頻発する紛争とテロなど、秩序なき喧騒の時代に遭遇している。もとより「日本丸」は航路の選択を誤ってはならないが、同時に自らの推進力を担うエンジン、科学技術イノベーションの出力の劣化も見過ごすことはできない。しかし、最新鋭のエンジンを再装備し、あえて荒波の海を乗り越えていくことなしには、生きてはいけない。消極的な出航の見合わせ、穏やかな内海だけでの航海は敗北主義、時間を失うのみである。

 私は第二次世界大戦終戦時に小学校に上り、1957年旧ソビエト連邦が世界初の人工衛星を打ちあげ、科学技術時代の到来を告げる年に大学に入った。まだ東洋の辺境ともいうべき貧しい教育研究環境の中、我流で化学研究をはじめた頃、世界との競争など思いもよらなかった。やがて奇跡の経済復興、成長とともに、科学技術界は急速に力量を増し1990年代には世界有数の地位を得るにいたった。しかし、今世紀初頭を頂点にして衰退傾向が顕著になり、これからの行方は予断を許さない。今まさに岐路に立つと言ってよい。

 科学技術研究は、国内的活動から国際化を経て、グローバル化の最中にある。昨今のわが国の存在感の低下の原因は、投資額の低迷に加えて、時代に適応できない制度疲労にある。私の知る官僚たちは極めて聡明である。では行政の仕組みは合理的で、政策は実ってきたか。私の知る大学人は十分に知的である。では大学は、国内外で確かな評価を受けているか。旧弊に囚われたシステムに問題があると言わざるをえない。

 教育研究の質の向上に向けた、骨太の基本方針が必要であり、機能不全組織の「戦略的縮小」とともに、成長分野への格段の注力が不可欠である。教育研究を閉鎖的な異形から、開放的な世界標準へと転換を図るべく、政治行政には抜本的改革を断固主導して欲しい。最大の課題は、アカデミアの意識改革である。あまりに守旧的で危機感に乏しい。敬愛する和田昭允東大名誉教授から教わった寺田寅彦の言葉がある。「科学の進歩を妨げるものは素人の無理解ではなくて、いつでも科学者自身の科学そのものの使命と本質とに対する認識の不足である。深くかえりみなければならない次第である」私自身も常々服膺しつつ自戒している。

 もとより見識が浅く、経験も乏しいことを承知の上で、最近思うところを書き記したい。前時代的な戯言と無視するのではなく、関係の方々の建設的な議論を期待する。


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